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多様性を棄て、同質性を求める戸籍と「日本人」――「排除」と「連帯」を生み出す制度のゆくえ - 遠藤正敬 / 政治学

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日本における戸籍のあゆみ――「日本人」の中の境界線

戸籍とは、「日本人」の身分関係、とりわけ親族関係について登録し、公証する文書である。だが、その目的とするところは時代によって一様ではない。

古代国家における戸籍は、徴兵、徴税等を円滑に行い、浮浪化を防止する目的から人民の所在を把握するために作成された。17世紀に徳川幕府によって兵農分離にもとづく封建的な身分秩序が確立されると、戸籍(人別帳)は百姓、町人を登録することでその身分を固定し、定住化を命じる役目を担った。幕府権力の公認する身分を逸脱して流亡する「無宿」は、厄介者や背徳者という烙印を押された。

明治維新を迎えると戸籍は、全国統一の「臣民簿」として再生した。1872年に編製された壬申戸籍は、日本領土に住む者に「臣民」として本籍を定めさせ、「元祖日本人」として画定した。天皇および皇族は戸籍に記載されざる存在であり、その身分関係について記録するのは皇統譜である。非皇族と婚姻した皇族が皇統譜から除かれて新たに戸籍に入ることを「臣籍降下」と呼ぶのは、戸籍の「臣民簿」たるゆえんである。

“開国”以降、外圧と内戦の動乱のなかで帰属意識の動揺する民衆に「日本人」というナショナル・アイデンティティを勃興し、同時に封建的身分秩序を解体して「一君万民」という形で「臣民」として水平化する。これが壬申戸籍による国民統合であった。

だが、政治権力は建前と本音を使い分けるものである。壬申戸籍において族称、職業、氏神神社、犯罪歴などの情報を掌握し、監視下に置いたところに権力の本音が現れていた。さらに植民地統治の時代、朝鮮、台湾といった植民地には、内地とは別の戸籍を編製して植民地出身者を管理した。かくして戸籍は婚外子、棄児、被差別部落出身、アイヌ、朝鮮人、台湾人・・・などの出自を記載し、「日本人」「外国人」のあいだのみならず、「日本人」のあいだにも境界線を設定することで、社会的な差別や格差を再生産してきた。戸籍の公開について、それが差別につながるという否定的意見の根拠はここにある。

こうした戸籍における差別の公示は国民の分断をもたらす作用がある。そこで、明治政府は後述のように、戸籍への登録を“天皇への帰一”という理念に結び付けることで、戸籍への内面的服従を促した。戸籍がもつ「臣民簿」としての道徳的意義が強調されればされるほど、帰属すべき公(おおやけ)の「籍」をもたない「無籍者」は、「まつろわぬ者」(帰順しない者)として環視の的とされた。

「無戸籍者」はなぜ生まれるか

では一体、「無戸籍」とはいかなる状態を指すのか。厳密にいえば、次の四通りに分類できる。

(1)記載されるべき戸籍に記載されていない。

(2)もともと記載されるべき戸籍がない。

(3)記載されていた戸籍から抹消された。

(4)記載されていた戸籍が消失した。

このうち(1)が無戸籍のもっとも一般的なパターンであろう。具体的には、子が親の戸籍に記載されるべきところ、子の出生届が出されなかったために、子が無戸籍となったケースが多い。 

この出生届の未提出は、民法規定のもつ現実との矛盾を一因としている。民法第772条には、夫婦の離婚成立後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定される(いわゆる嫡出推定)という規定がある。だが、離婚した女性が前夫の不行状などから、わが子を前夫の戸籍に入れることを嫌って出生届を提出しなかった結果、子は無戸籍となる。

また、戸籍法の出生届規定に起因するケースがある。事実婚の男女が子を生んだ場合、その子は母の戸籍に入ることになる。そして現行戸籍法第49条第1項にもとづき、出生届の「父母との続柄」欄に「嫡出でない子」と記載される。この「嫡出」「非嫡出」の記載は、明治民法において、家督を第一に継ぐべき「嫡出子」であるか否かを区別する必要から規定されたものであり、民法772条と並ぶ、現代法における家制度の遺物である。

しかし、わが子に「非嫡出」の区分を強要する戸籍法の規定を差別主義とみる親も当然ある。そこで出生届の当該欄を未記載にして役所に提出する。その結果、出生届は不受理となり、子は母の戸籍に記載されず無戸籍となる。

また(3)は、国策移民として「満洲国」に移住したまま、戦後帰国できずに国から「戦時死亡宣告」を受けて戸籍を抹消された「中国帰国者」のケースがそうである。(4)は、震災や空襲や沖縄の地上戦で戸籍が焼失したため、一気に大量の無戸籍者を生みだすケースである。 

戸籍を失った人々は、それを回復するために自らが「日本人」の血を引く者であることを立証せねばならず、資料や証言を集めるのにひとかたならぬ苦労を要する。とくに中国帰国者の場合、終戦から長年の時間が経過しており、肉親の捜索などで困難を強いられた。

「国民」が誰なのかを決定することは、国家権力の裁量に委ねられている。これは近代国家における冷徹な原理である。と同時に大事なことは、「国民」の谷間に置かれた者に国家はどこまで権利保障の網を広げられるか、である。【次ページにつづく】

「血」の幻想を呼び起こす戸籍

世界がグローバル化の波に覆われる現在、複数の国家の支配領域を往来する人の移動は拡大の一途である。外務省によれば、2016年10月1日現在、海外に在留する日本人は133万8,477人であり、永住者は46万8,428人にのぼる。いきおい日本人の海外での出生や国際婚姻などの越境的な身分変動も輪をかけて増加し、重国籍の子が生まれる確率も高くなる。国別在留数1位は米国で42万1,665人(全体の約32%)であるが、米国の国籍取得は出生地主義を採用しているため、日本人が同国で子を産めばその子は日米二重国籍となる。

また、厚生労働省「人口動態統計」によれば、2016年の日本における国際婚姻件数は、21,180件である。夫妻の片方の国籍をみると、1位―中国(6,316件)、2位―韓国・朝鮮(3,658件)、3位―フィリピン(3,522件)の順である。いずれも血統主義の国であり、二重国籍を禁止している中国を除けば、当該夫婦の子は二重国籍となる。だが、戸籍は外国人を記載しないため、外国籍の親と日本国籍(重国籍を含めて)の子からなる“国際世帯”は戸籍上では引き裂かれる。

近代日本では、壬申戸籍がそこに登録された者を「日本人」とすると定めたことにより、「国民」を「民族」と同一視し、「血」を「日本人」という国民共同体の絆とする風土が醸成された。

それが国籍法にも如実に反映された。日本の国籍法は1899年に成立して以来、血統主義を維持している。つまり「日本人」との親子関係にもとづいて子は日本国籍を取得するのであるから、血縁の証明となる戸籍は「日本人」の法的認定において重要な位置を占めることとなった。そして、戸籍は日本国籍者のみを登録するという大原則は、1898年制定の戸籍法において明文化され、その後は自明の不文律となっている。

だが、戸籍上に確認される血統の連続性というのは、生物学的な根拠にもとづかない、擬制を色濃くする観念である。古代では大陸からの渡来人があり、近代以降は植民地出身者や外国人も婚姻や養子縁組などを通じて日本の戸籍に入り、「日本人」として統合されてきた。戸籍に公示される「血統」なるものは、そうした積年の‟血の混交”の履歴なのである。戸籍によって証明される「日本人」なるものは、いわば‟紙の上の「日本人」”にほかならない。

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