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- 2011年11月28日 10:50
大阪の覚醒は始まったか? 橋下劇場化したW選挙
近畿日本鉄道南大阪線の高鷲駅は、駅前から閑静な住宅街が広がる普通電車しか停車しない小さな駅だ。北口にはバスロータリーが整備されているが、私が駅を降りると目的地は南口であることがすぐにわかった。なぜなら、まったく人影がない駅前に黒いスーツを着込み無線のイヤホンを耳の挟んだSPが多数立哨していたからだ。予定時刻の15時になっても周囲を見渡しても私以外に人はいなかった。選挙情勢を執拗に追いかけているはずの新聞記者やテレビカメラクルーも皆無だった。(写真・文:小川裕夫)
いまにも雨が降り出しそうな空模様の11月11日、2人の男が高鷲駅前に姿を見せた。予定時刻より15分ほど遅れて始まった街頭演説は、開始直前になって近隣住民30名ほどが集まった。街宣カーの上に立ったふたりのうち、一人は前日に告示された大阪府知事選に立候補した松井一郎候補。もう一人は、松井候補が所属する地域政党・大阪維新の会(以下、維新)の代表を務める橋下徹氏だった。
報道陣は片手で数えられるぐらいしかいなかった、人もまばらな高鷲駅前での市長選告示前の街頭演説
この時点で、市長選はまだ告示されていない。そのため橋下氏は松井候補の応援演説という形でマイクを握った。約30分の演説をする間にギャラリーは増えたが、それでも100人は集まらなかった。市長選の告示前、そして各駅停車しか停まらない小さな駅という条件だったとはいえ、つい先日までは府知事を務め世間の耳目を集める政治家・橋下徹に対して反応のにぶさは際立っていた。
私は今年4月に東京都知事選をずっと取材をしている。取材した内容はBLOGOSで発表させていただいたが、選挙期間中は毎日、立候補者の行動をチェックし、こまめに街頭演説や個人演説会に足を運んだ。今年の都知事選は東日本大震災の影響で選挙カーを走らせて名前を連呼したり、大々的な街頭演説は控える傾向にあった。それでも、街頭演説にはたくさんのギャラリーが集まり、候補者を取り囲むことは珍しくなかった。
だから、人気絶頂の政治家・橋下徹が街頭演説をすれば、そうとうなギャラリーが詰めかけると思いこんでいた。ところがそうではなかった。高鷲駅前が特別だったわけではない。市長選告示日となった13日、橋下徹候補は市役所前で第一声をしている。しかし、ギャラリーはほとんど報道陣だった。直後のなんば駅前での街頭演説も大阪ミナミを代表する繁華街とは思えないほどギャラリーは少なかった。東京では、「大阪はW選挙で盛り上がっている」と思われていた。先入観があっただけに、こうした光景を目の当たりにした私は「大阪人は政治に関心がないのではないか?」と思わざるをえなかった。
これは橋下候補にかぎった話ではない。14日の夕方に平松邦夫候補は大阪環状線の大正駅前で街頭演説をおこなっているが、そこに集まったギャラリーは多く見積もっても100人程度だった。しかも、その大半はスーツを着込み、「WITH」のマークが入ったバッチをつけていた。「WITH」は平松候補が市長1期目に推進してきた協働を意味するキャッチフレーズだ。つまり、大正駅前に集まった聴衆は平松候補の支援者だったのである。

日曜日の早朝ということもあり、
市役所前での橋下徹候補の第一声に集まったのは
報道陣が多数を占めた
盛り上がりに欠けると思えた大阪W選挙は、投開票日の27日が近づくにつれて変化のきざしも見えてきた。選挙戦最終日の26日には、平松邦夫候補・橋下徹候補両陣営ともに全国的に知名度のある応援弁士を呼び、繁華街は聴衆で埋め尽くされた。選挙戦序盤とは明らかに温度が変わった。
結果、市長選が60.92%、知事選が52.88%と高い投票率となった。これまで、どんなことが起きても低い投票率で、政治を見限っているとしか思えなかった大阪人は、橋下さんに触発されて覚醒したのかもしれない。
「大学生が4年間みっちり勉強しても、きちんと理解することは難しい」現職市長の平松邦夫候補と大阪府知事を辞して出馬した橋下徹候補が、文字通り一騎打ちで戦う大阪市長選。その最大の争点は“大阪都構想”だと報道されている。橋下氏は公開討論会などで大阪都構想を何度も披歴しているが、その説明は要領を得ない。なにより、大学生がみっちり4年間勉強しても理解できない“大阪都構想”を、一般市民が理解できるはずがない。
大正駅前で街頭演説をした平松候補を囲んだ聴衆の大半は、WITHのバッジを胸に付けた支援者だった
“大阪都構想”は大阪府と大阪市を合併させて、東京都のような都市にすると大阪維新の会は主張する。広域行政は大阪都、基礎的自治体の特別自治区は住民サービスに徹する。さらに特別自治区の区長は公選制にする。これが維新の提唱する大阪都構想のビジョンだ。しかし、それだけで都制を語るのであれば説明不足のそしりは免れない。都制において肝心なのは都区財政調整制度だからだ。
東京を例にして説明すると、本来は市町村税である固定資産税・市町村税法人分・特別土地保有税の3税をいったん都が吸い上げ、45%を徴収する。残りの55%を特別区に分配する。この都独自のシステムを都区財政調整制度という。
大阪都構想ではこの分配率を都39:特別自治区61とし、東京都の分配率よりも特別自治区に厚く配分するとしている。このあたり、維新は基礎的自治体に配慮していることが伺える。とはいえ、もともと財政調整金の原資は市税である。大阪都に移行すれば、31%を“都”になったというだけで横取りされることになる。
財政調整制度について、大阪都構想を提唱する橋下新市長は詳しく説明をしていない。大阪青年会議所が12日に開催した公開討論会でも街頭演説でもいっさい言及しなかった。
大阪青年会議所が開催した公開討論会で「大阪の成長戦略」について力説する橋下候補
一般市民を相手に演説する街頭で、大阪都構想の細かい部分にまで踏み込んで説明することは難しい。だから、財政調整制度について説明を省くのは仕方がない。しかし、そうなると大阪市長選の争点はぼやける。結局、平松陣営は「大阪都は大阪をバラバラにする構想。大阪市民にメリットはない。橋下独裁政治を止めよう」と批判することになり、橋下陣営は「大阪都は大阪を発展させる起爆剤。人のことを独裁だと批判するが、自民・民主・共産までが一緒になって維新を潰しにくるのは戦前の大政翼賛会と同じだ」と反論する泥仕合の構図に収斂してしまう。大阪都構想などの政策的議論は置いきぼりを食らった。
そして選挙は終わった。大阪は新しいリーダーとして橋下徹・松井一郎を選んだ。高い投票率はたくさんの人が関心を示した証拠だ。それ自体は喜ばしい。しかし選挙はリーダーを選ぶだけではない。選んだリーダーがきちんと政治をするのかどうかを監視することも重要になる。今後の4年間の橋下徹市政と松井府政はどう動くのか? 大阪がよりよいまちになるために為政者をきちんと注視する。それも有権者に課せられた責務でもある。
当選を決めた橋下徹新市長と松井一郎新府知事
いまにも雨が降り出しそうな空模様の11月11日、2人の男が高鷲駅前に姿を見せた。予定時刻より15分ほど遅れて始まった街頭演説は、開始直前になって近隣住民30名ほどが集まった。街宣カーの上に立ったふたりのうち、一人は前日に告示された大阪府知事選に立候補した松井一郎候補。もう一人は、松井候補が所属する地域政党・大阪維新の会(以下、維新)の代表を務める橋下徹氏だった。
報道陣は片手で数えられるぐらいしかいなかった、人もまばらな高鷲駅前での市長選告示前の街頭演説この時点で、市長選はまだ告示されていない。そのため橋下氏は松井候補の応援演説という形でマイクを握った。約30分の演説をする間にギャラリーは増えたが、それでも100人は集まらなかった。市長選の告示前、そして各駅停車しか停まらない小さな駅という条件だったとはいえ、つい先日までは府知事を務め世間の耳目を集める政治家・橋下徹に対して反応のにぶさは際立っていた。
私は今年4月に東京都知事選をずっと取材をしている。取材した内容はBLOGOSで発表させていただいたが、選挙期間中は毎日、立候補者の行動をチェックし、こまめに街頭演説や個人演説会に足を運んだ。今年の都知事選は東日本大震災の影響で選挙カーを走らせて名前を連呼したり、大々的な街頭演説は控える傾向にあった。それでも、街頭演説にはたくさんのギャラリーが集まり、候補者を取り囲むことは珍しくなかった。
だから、人気絶頂の政治家・橋下徹が街頭演説をすれば、そうとうなギャラリーが詰めかけると思いこんでいた。ところがそうではなかった。高鷲駅前が特別だったわけではない。市長選告示日となった13日、橋下徹候補は市役所前で第一声をしている。しかし、ギャラリーはほとんど報道陣だった。直後のなんば駅前での街頭演説も大阪ミナミを代表する繁華街とは思えないほどギャラリーは少なかった。東京では、「大阪はW選挙で盛り上がっている」と思われていた。先入観があっただけに、こうした光景を目の当たりにした私は「大阪人は政治に関心がないのではないか?」と思わざるをえなかった。
これは橋下候補にかぎった話ではない。14日の夕方に平松邦夫候補は大阪環状線の大正駅前で街頭演説をおこなっているが、そこに集まったギャラリーは多く見積もっても100人程度だった。しかも、その大半はスーツを着込み、「WITH」のマークが入ったバッチをつけていた。「WITH」は平松候補が市長1期目に推進してきた協働を意味するキャッチフレーズだ。つまり、大正駅前に集まった聴衆は平松候補の支援者だったのである。

日曜日の早朝ということもあり、
市役所前での橋下徹候補の第一声に集まったのは
報道陣が多数を占めた
盛り上がりに欠けると思えた大阪W選挙は、投開票日の27日が近づくにつれて変化のきざしも見えてきた。選挙戦最終日の26日には、平松邦夫候補・橋下徹候補両陣営ともに全国的に知名度のある応援弁士を呼び、繁華街は聴衆で埋め尽くされた。選挙戦序盤とは明らかに温度が変わった。
結果、市長選が60.92%、知事選が52.88%と高い投票率となった。これまで、どんなことが起きても低い投票率で、政治を見限っているとしか思えなかった大阪人は、橋下さんに触発されて覚醒したのかもしれない。
「大学生が4年間みっちり勉強しても、きちんと理解することは難しい」現職市長の平松邦夫候補と大阪府知事を辞して出馬した橋下徹候補が、文字通り一騎打ちで戦う大阪市長選。その最大の争点は“大阪都構想”だと報道されている。橋下氏は公開討論会などで大阪都構想を何度も披歴しているが、その説明は要領を得ない。なにより、大学生がみっちり4年間勉強しても理解できない“大阪都構想”を、一般市民が理解できるはずがない。
大正駅前で街頭演説をした平松候補を囲んだ聴衆の大半は、WITHのバッジを胸に付けた支援者だった東京を例にして説明すると、本来は市町村税である固定資産税・市町村税法人分・特別土地保有税の3税をいったん都が吸い上げ、45%を徴収する。残りの55%を特別区に分配する。この都独自のシステムを都区財政調整制度という。
大阪都構想ではこの分配率を都39:特別自治区61とし、東京都の分配率よりも特別自治区に厚く配分するとしている。このあたり、維新は基礎的自治体に配慮していることが伺える。とはいえ、もともと財政調整金の原資は市税である。大阪都に移行すれば、31%を“都”になったというだけで横取りされることになる。
財政調整制度について、大阪都構想を提唱する橋下新市長は詳しく説明をしていない。大阪青年会議所が12日に開催した公開討論会でも街頭演説でもいっさい言及しなかった。
大阪青年会議所が開催した公開討論会で「大阪の成長戦略」について力説する橋下候補一般市民を相手に演説する街頭で、大阪都構想の細かい部分にまで踏み込んで説明することは難しい。だから、財政調整制度について説明を省くのは仕方がない。しかし、そうなると大阪市長選の争点はぼやける。結局、平松陣営は「大阪都は大阪をバラバラにする構想。大阪市民にメリットはない。橋下独裁政治を止めよう」と批判することになり、橋下陣営は「大阪都は大阪を発展させる起爆剤。人のことを独裁だと批判するが、自民・民主・共産までが一緒になって維新を潰しにくるのは戦前の大政翼賛会と同じだ」と反論する泥仕合の構図に収斂してしまう。大阪都構想などの政策的議論は置いきぼりを食らった。
そして選挙は終わった。大阪は新しいリーダーとして橋下徹・松井一郎を選んだ。高い投票率はたくさんの人が関心を示した証拠だ。それ自体は喜ばしい。しかし選挙はリーダーを選ぶだけではない。選んだリーダーがきちんと政治をするのかどうかを監視することも重要になる。今後の4年間の橋下徹市政と松井府政はどう動くのか? 大阪がよりよいまちになるために為政者をきちんと注視する。それも有権者に課せられた責務でもある。
当選を決めた橋下徹新市長と松井一郎新府知事


