- 2017年10月29日 11:15
"排除の論理"を批判する東京新聞のセコさ
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10月24日、立憲民主党の両院議員総会であいさつする枝野幸男代表(手前左)。東京・永田町の参院議員会館。(写真=時事通信フォト)
■大騒ぎをした野党の責任は大きい
「だれが勝ったのかよく分からない」「これほどメチャクチャになった選挙も珍しい」「これまでの大騒ぎは何だったのだろう」――。今回の衆院総選挙に対して、大方の見方はこんなところではないか。
まず安倍晋三首相が衆院解散を表明し、対抗して都知事の小池百合子氏が間髪入れずに新党を立ち上げた。これが事実上、選挙戦のスタートだった。そしてここまでは実に面白かった。だが、小池新党と民進党との間でゴタゴタやっているうちに小池人気が衰え出し、代わって小池氏に追い出された枝野幸男氏の立憲民主党に人気が集まっていった。
結局、勝利を収めたのは自民党だった。それでも自民の面々の顔色はさえない。漁夫の利で勝っただけで、自民党が高い信任を得たとは言い切れないからである。とにかく野党がだらしなかった。それが証拠に安倍首相をはじめとする自民幹部らは「謙虚」という言葉をやたらと繰り返している。
今回の衆院選は一体、何だったのだろうか。大騒ぎをした野党の責任は大きい。民進党代表の前原誠司氏と希望の党代表の小池氏に焦点を絞って論じてみたい。
■民進党は「議員生命」にしか関心がないのか
前原氏は10月25日、都内で講演した。その講演の中で、希望の党が思うように票を獲得できなかったことを考え、希望の党との合流自体を見直す方向性を示し、「民進党の新たな方向性を定めたい」と述べた。
当初、前原氏は民進党をすべて希望の党に合流させることを主張していた。民進党は新しい方向性を求め、27日に両院議員総会を開き、30日には全国幹事長会議も開くという。
選挙が終わっても、ゴタゴタの好きな民進党の体質は変わらないようだ。「自分たちの議員生命さえ維持できればいい」と考えるからだろう。この際、民進党にはだれのための国会議員であるかをしっかり意識してもらいたい。国民の信任が得られてこその政治家であり、政党である。
■希望の党との合流「あまりにも奇策」
さて選挙関連の社説の中で、目立って面白かったのが、10月23日付の日経新聞の1本社説だ。
冒頭部分では「いちばんの責任は民進党の前原誠司代表にある」と指摘している。そのうえで「いくら党の支持率が低迷していたとはいえ、衆院解散の当日という土壇場になって、野党第1党ができたてほやほやの新党『希望の党』に合流を決めたのは、あまりにも奇策だった」と酷評する。
さらに「有権者に『選挙目当て』とすぐに見透かされ、7月の都議選に続くブームを当て込んで希望の党になだれ込んだ候補者はいずれも苦戦を余儀なくされた」とも書く。
当然の結末である。この日経社説を民進党の議員や関係者はどう読んだのだろうか。
■日経も「野党の自滅」と指摘
さらに日経社説は「この選挙をひとことで総括すれば『野党の自滅』である」と指摘し、「自民党と公明党を合わせて、定数の過半数を大幅に上回り、選挙前と同水準の議席を獲得したとはいえ、野党候補の乱立に救われた選挙区も多い。両党が『与党の勝利』『安倍政権への全面承認』と受け止めているとしたら、大いなる勘違いである」と書く。
そのうえで「有権者は自公の連立政権に軍配を上げたが、野党よりはややましという消極的な支持にすぎない。自民党に取って代われる受け皿さえあれば、簡単に見限る程度の支持であることは、都議選で身に染みたはずだ」と言及する。その通りである。
■小池氏「私自身にもおごりや慢心があった」
一方、24日付の東京新聞の社説は、「希望の党敗北」とのタイトルで「都知事の仕事に専念を」との見出しを付けている。
社説のリードには「東京都民を置き去りにしたような振る舞いが不興を買ったのだろう。小池百合子知事が率いる希望の党の敗北。知事としての求心力の低下は避けられまい。都民のための都政に専念することを望む」とある。
そのうえで社説本文は「小池氏は出張先のパリで『私自身にもおごりや慢心があった』と反省の弁を述べた。だが、もはや『都民ファースト』のスローガンが信用を取り戻すのは簡単ではあるまい」と書き出す。
■「民主主義が担保されていない」
東京社説は中盤で希望の党が逆風にさらされたことに言及し、その理由についてこう指摘する。
「都民ファの組織運営を巡る情報公開が不十分なこと。議員個人としての自由な意見表明や調査活動が制約されていること。つまり、党内の民主主義が担保されていないという痛烈な批判だった」
情報の公開が不十分で、議員の意見表明や調査活動が制約されていることはあるのかもしれない。
ただ希望の党はできたてのほやほやである。安倍首相の突然の解散に打って出るためにかなりの急ごしらえだった。党として安定するのはこれからだった。そこを「党内の民主主義が担保されていない」と言い切るのはいかがなものだろうか。
■「排除の論理」が立憲民主党を生んだ
さらに東京新聞は「合流組に対し、違憲の疑いが強い安全保障関連法や憲法改正を支持するよう踏み絵を迫り、排除の論理を打ち出した」とも指摘している。しかし排除の論理で考え方の違う議員を選別した結果、選挙戦自体が分かりやすくなった。だからこそ立憲民主党も生まれたのである。
その点を東京新聞はどう考えているのか。社説を担当する論説委員たちの論議が、不十分である気がしてならない。
続けて東京社説は「政治理念や政策よりも、小池人気にあやかることが結集軸のようにも見えた。多様な言論を認めない不寛容を印象付けたのも、都民ファの体質に似ているといえる」と批判する。
だが、理念と政策抜きで小池人気だけ集まってきた議員連中を選別したのが、排除の論理であることを忘れないでほしい。
■「安易な離合集散を繰り返すな」
次に26日付の読売新聞の社説を取り上げる。
タイトルは「立民と希望」で、見出しは「安易な離合集散を繰り返すな」である。
社説の中盤で「公示前勢力を下回った希望の党の両院議員懇談会で、小池代表は『排除』発言について陳謝した。今後の党運営を国会議員に委ねる考えも示した。出席者からは辞任を求める声も上がったが、小池氏は代表を続投する意向を表明した」と書く。
そのうえで読売社説は排除の論理の是非をこう論じていく。
「疑問なのは、憲法改正や安全保障関連法容認を掲げた公約を認めて、公認を得て当選しながら、なお反発する議員がいることだ」
「同じ党に所属する以上、基本理念と政策の一致は欠かせない。小池氏の発言に行き過ぎがあったとはいえ、路線や政策などでの選別自体は否定すべきではない」
■緊張感を失わせた野党の責任は大きい
この主張には大賛成である。これまで沙鴎一歩も指摘してきたが、民進党やその前身の民主党は、保守派と革新派とが同居する寄り合い所帯だった。それが最大の欠点であった。それゆえ党としての安定性に欠いていたのである。だから一度は政権を取りながら、内紛を繰り返してきた。
単純に排除の論理を否定する東京新聞の社説とは違い、読売社説は物事の是非の判断がきちんとできている。
続けて「離党や解党に言及する落選者もいる。『小池人気』にすがって入党したのに、全責任を小池氏にかぶせるのは身勝手ではないか」とも訴えている。これも納得できる。
さらに読売社説は後半で「立民、希望、無所属で当選した民進党出身者は計108人だ。衆院解散時の97人を上回った。こうした人材を活用・育成し、政策立案力を高める必要がある」と強調し、「安倍内閣の下では、政権を担える野党の不在が続く。政権選択選挙である衆院選で、緊張感を失わせた野党の責任は大きい」と野党の責任をはっきりと示している。
まったく、その通りで賛成だ。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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