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マニアがバカにする「っぽい映画」の価値

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■それは「誠実な契約履行」と呼ばれる

観客の身になってみれば、観た後にどういう感情に浸れるかがわからないような大穴馬券に大金を張るのは、得策ではありません。配当金がわずかであっても、「損しない馬券」に張るのが、お金を無駄にしない頭のいいやり方です。その意味で、観客は1800円を文字通り「賭け」ているのです。

別のたとえをしましょう。特に観光地でもない街にはじめて訪れた人は、個人経営の食堂よりも、ファストフード店やファミレスといったチェーン店に足を運びがちです。この理屈はわかりますよね。

いつも食べているチェーン店ならば、どんな味、どの程度の満足度が食後に訪れるかを、食べる前から正確に予想できますし、なんなら摂取カロリーまで把握できます。多くの観客に選ばれる「観る前から展開や結末の想像がつく映画」とは、「食べる前から味の予想が立つ料理を出す店」と同じ。それは「予想通りでつまらない」のではなく、「誠実な契約履行」と呼ばれます。

■監督と脚本は『リーガル・ハイ』のコンビ

予告編でストーリーの大半を開示するのは多くの映画宣伝で行われている手法ですが、『ミックス。』はそれに加え、主演のガッキーこと新垣結衣を最大限活用することで、観客にこれから口に入る料理の「味」を正確に予想させました。

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『ミックス。』の宣伝ポスター

『ミックス。』の予告編からは次のようなことがわかります。ガッキーが演じるのは不器用で不運な非モテの女性であること。ガッキーのコメディエンヌ演技が全開であること。ガッキーがデート服からジャージまでコスプレ並みに衣装を着替えること。そして彼女の努力する姿が観客の涙を誘うらしいこと。

実は、以上はすべて彼女の近年の当たり役である『リーガル・ハイ』(2012、2013、2014年)の黛真知子、および『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)の森山みくりの役どころと、完全に一致します(そもそも、本作の監督・石川淳一と脚本・古沢良太は『リーガル・ハイ』のコンビです)。2本とも、大ヒットの部類に入るTVドラマシリーズです。

 

■観客の「見たいガッキー」に応えた作品

『リーガル・ハイ』は2012年に放送された第1シーズンの好評を受け、シーズン2と2本のスペシャル版が制作されました。2013年に放映されたシーズン2の平均視聴率は18.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。特に第1回は21.2%の高視聴率でした。

『逃げ恥』も回を追うごとに視聴率を上げ、最終回は20.8%。いずれも掛け値なしの大ヒットドラマです。そこで準主役および主役を演じたガッキーのお茶目なコメディエンヌぶり、不器用だけど頑張り屋のキャラクターには、多くの視聴者が魅了されました。

要は『ミックス。』のガッキーとは、近年の視聴者が一番「見たい」と思っている“『リーガルハイ』と『逃げ恥』のガッキー”であり、そのことが予告編や宣伝で余すところなく伝えられていました。これは、個人経営の食堂が店の前に張り紙を出して、「吉野家の牛丼の味に似ています」「ポテトはマクドナルドの食感にそっくり」とうたうのと同じ。通りすがりの一見客に対する安心感の保証、これこそ本作が公開1週目に好調を喫した最大の理由です。

この安心感は、観客が本編を観てはじめて確認できたところで意味はなく、観る前に与えられるものでなくてはなりません。個人経営の食堂にたとえるなら、客は店構えや店頭に掲げたメニューを一瞥した時点で「きっとおいしいに違いない」と感じなければ、のれんをくぐってはくれないということです。

■いつもの味が必ず食べられる安心感

人気シリーズの続編や人気マンガ原作の映像化の場合、食べる前からある程度「味」が想像できるので、個人経営の食堂よりは、もう少し有利です。しかし『ミックス。』のようなオリジナル作品は、観光地でもない田舎町の個人経営の食堂が、通りすがりの旅行者に食事させるのと同じくらい、集客が簡単ではありません。

そんな時に効果的な宣伝とは、つらつらと難しい形容詞を重ねて作品の良さをアピールすることではありません。「『◯◯(ヒットした作品名)』っぽい」と言い切ってしまうことです。『ミックス。』はそれを予告編で見事に達成しました。「『リーガル・ハイ』と『逃げ恥』のガッキーっぽいガッキーが見られますよ」と言外にメッセージしていたからです。

映画作品をファストフード店やファミレスにたとえるのは失礼だという声もあるでしょう。では、「行きつけのバー」や「懇意にしている飲み屋」ならどうでしょうか。いつも行く店、変わりばえのしないメニュー、安心の味。そこに行けば、いつもの味が必ず食べられる。そんな「誠実な契約履行」を求めて、人は同じ店に通うのではないでしょうか。

■日本人は「年1.4本」しか映画を観ない

「お金を払ってまで、大切な食事を失敗したくない」。持てる時間にも財布にも限度がある一般庶民にとっては、ごく自然な考え方です。世の多くの人は、食事をおざなりにしたくないのと同じく、映画を「ジャケ買い」はしません。映画を観ることなんぞで危険な「賭け」などしたくないのです。……ということをなかなか理解しないのが、「予想外の展開、想像を超える結末、聞いたこともない価値観の提示」を求めて高レートの賭場に通い詰める、一部の映画ファンなのかもしれません。

一部の映画ファンが大ヒット作を――時に観もしないで――ボロクソにこき下ろす一方、一般の観客がそれに喜々として満足し、作品選定に関して超保守化している国内興業界の状況は、こんなすれ違いに端を発しています。この閉じた二極分化傾向、ある種のタコツボ化は、日本人一人あたりが1年間に映画館で映画を観る平均本数をたった1.4本程度に押しとどめている原因のひとつではないでしょうか。他の国を見ると、韓国では年間4.2本、米国では年間4.1本、フランスでは年間3.2本と大きく水を開けられています(「キネマ旬報」2017年3月下旬号ほか、各国の人口データから算出/いずれも2016年度)。

日本の映画ファンが「いつもの味」を求める価値観にもっと寛容になり、一般の観客が「新しい店を開拓する醍醐味」に目覚めれば、両者ともに「いつもは観ない映画」に足を運ぶようになり、日本の映画市場はもっと活性化するでしょう。習慣のまるで異なる海外の観光客にも優しくできる我々日本人ですから、自国内の異文化理解程度はきっとお手の物――と期待したいところです。

(編集者/ライター 稲田 豊史)

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