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「角を矯めて牛を殺す」~日本の医療をどうしたいのか

つくば市 坂根Mクリニック   
坂根みち子
2011年11月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


病院の収益改善、開業医の年収アップ の報道後、診療報酬を下げる議論が始まったという報道が出てきた。その前には、開業医は「医師優遇税制」を受けていると誤解されかねない報道もあった。 またかと思っている医師は多いだろう。

まず、開業医の年収が2755万というのは、何のことだろう。一般に開業医と言われれば、一個人でやっている無床の診療所だと思う。 ところがどうもこの統計の開業医とは、医療法人の開設者のことらしい。小中規模病院の院長だったり、数人でやっている診療所の院長などが対象か。それは世間の感覚では、開業医とは言わない。また、開業医はもともと勤務医である。勤務医をやってそれから開業している。したがって、平均年齢も10歳ほど上である。これもまた年齢もマッチングさせないで恣意的に発表している。

結論から言うと、一人でやっている開業医の年収は、この発表からはよくわからない。2755万というのは多くの一人開業医の実感からは解離している。筆者の実感も同じである。IT化で、開業時に大きな借り入れが必要となっている。ところが、公定価格(診療報酬)にはこれが反映されていない。加えて消費税はもともと損税である。これもこのままいくと、これも10%に上げられてしまう。病院の収益改善といっても、報酬を払わずに時間外に勤務医を酷使したうえで、しかも、公的病院では一般会計からの繰り入れや補助金を入れて、ようやくの黒字化である。久々の黒字化で今までの借金が帳消しになっているわけでもない。
各地で、勤務医のみならず、開業医も悲鳴を上げている。真面目に誠実に医療をしていると、新規開業は倒産する診療報酬である。

こういった恣意的な発表をもとに診療報酬増額は国民の理解が得られないとのキャンペーンが始まっているが、本当にそうだろうか?医療が崩壊してしまったら一番困るのは国民である。このような報道は、明らかに世論を間違った方向に誘導する。

もう一度言う、この国の医療をどうしたいのか。マスコミは、恣意的な発表をせず、もっと勉強して正確に伝えてほしい。国民皆保険の医療は、国の根幹をなす大事な分野である。いざという時のセーフティネットは、年金より医療である。財務省主導で目の前のお金の配分を決めれば済む話ではない。

中長期的なビジョンを述べるのは、政治家の仕事である。もういい加減に内輪揉めは止めて前に進めて欲しい。先延ばしと小手先の改悪も遠慮する。国民の理解が得られないではなく、国民の理解が得られるように話してほしい。

大多数の医師は真面目に必死に医療をしている。一部の不届きものをあげつらって、医療全体を潰すのは止めてほしい。もう取り返しのつかないところまで来ていることがどうしてわからないのか。今回の大震災でも、政府の危機管理能力の欠如と対照的に、医療の分野では専門家集団が見事な役割を演じていた。医療者は仕事上普段からいざという時の危機管理能力に長けているのである。

もっと声を上げたくとも勤務医は日々の診療に追われてそのエネルギーはない。また声を上げる手だてもない。日本に勤務医集団はなく、各学会は長らく自分たちの置かれている環境に興味を持たなかった。日医は、開業医の利益代表とされ、現場で働く医師たちも、勤務医VS開業医と対立の構図に分断させられ、今もって足を引っ張り合っている。医療界も情けない。これでは今の政治と同じである。

医師の外来診察技術料が70点(700円)という赤字必須の診療報酬からさらに減額させられるとどうなるかご存じだろうか。診療所では、無駄な検査と余分な治療が増えていく。頻回な受診が求められる。開業当初は、純粋な気持ちで向かい合っていても、借金を背負って背に腹は代えられなくなっていく。気持ちも荒んでいく。周囲を見渡せばこんな開業医がたくさんいる。今でさえギリギリである。

民間病院でも結局同じである。患者を断るな、何でも診ろ。救急で来たら入院させよ。有形無形のプレッシャーがかけられる。貧困ビジネスに手を染める医療機関が後を絶たないのは何故か。病院の経営状態が持続的に改善しない限り、経営側は人の手当てはしてくれない、夜勤も当直と称して、寝ているはずの扱いをして働かせている。

一方、医師の一つのアクションに対してぶら下がっている業界はたくさんある。採血の指示で検体を扱う業界が、点滴や投薬の指示で医薬品業界が、レントゲンやCT検査の指示で画像業界が回っていく。1の投資に対して、4.3倍の経済効果が出る。この点から見ると医療はコストではなく、最も見込みのある成長産業である。ただし、最初のアクションを起こせるのは、医師のみである。医師を潰してはいけないし、これ以上医療をゆがめさせてはいけない。

病院は外来をやらずとも、救急と入院だけで十分やっていけるよう手当してほしい。病院の外来部門が、開業医に振り分けられれば、開業医側も頻回な受診や、検査をしなくなる。勤務医の負担も大幅に軽減する。そのためにはまず、病院の同日多科受診で2か所目以降の医師の技術料がただという信じられない設定を変えてほしい。これだけ変えるだけでも、患者は病院から開業医へとシフトするだろう。
ただし、1回の診察料が700円では無理である。今やろうとしていることは、さらにこれを下げようとしているのである。じっくり話を聞いて、最小限の検査で済む価格設定にしてほしい。一人の患者が同じ日に何科受診しても、医師の技術料は1回分70点のみで、調剤薬局では、ガスター処方で81点アローゼン処方で81点と、どんどん積み重ねられていくのは何故か、しかも、これらのおかしな価格設定は決して医師の目に触れられることのないようなシステムになっている。官僚は余程医者が嫌いらしい。

医師側にも改善すべきことはある。公立病院のコスト意識のなさ、湯水のように医療費を使っている。レセプトの上位1%が医療費の30%を使っているようだが、それをやっているのは何処か。その中に無駄はないのか。医療の進歩のために本当に必要な費用なのか。
終末医療にも問題が多い。高齢者が救急できた時に、CT検査から人工呼吸器の使用まで、働き盛りの人と同じ基準でやっていいのか、そこにいくら投入されているのか。胃瘻を作るのは誰のためか。本人のためになっている胃瘻がどのくらいあるのか。たたき台にするためにもデータをわかりやすく公表してほしい。
 
問題のある行為は厳しく査定して当然である。しかしながら、今の厚労省は、医療内容を評価できない、する気もないらしい。問題のある医療機関ではなく、レセプトの上位から順に指導の対象としていることからも、その能力のなさがわかる。レセプトの査定にローカルルールがあったり、医療全体について知らない「偉い」医師に査定させて、医師同士でいがみ合わせているのも品がない。ルールが複雑すぎて変更も多く、素人にはついていけない。専門官を作って書類チェックをし、医学的な判断が必要なところは、それぞれの専門家が判断するように変えるべきである。レセプトで今まで通っていたものが急に査定され、なぜかと問うと、審査委員が変わったのでしょうと答えられる。笑い話のようである。

医療経済実態調査が、恣意的に発表されている。診療報酬は減額ではなく増額が必要である。医師会も各学会もきちんと主張し、マスコミは正しく報道してほしい。角を矯めて牛を殺すことがないよう祈るのみである。

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