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長谷部恭男教授の「立憲主義」は、集団的自衛権の違憲性を説明しない

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 これらの疑問が、長谷部教授に対して、次々と湧いて出てくる。しかし長谷部教授は、淡々と、最後には、堂々と、「法律家共同体」の至高性を主張するのである。憲法が法律である以上、「解釈適用が専門家の手に委ねられることには、充分な根拠がある」(同書174頁)、という言葉で、解釈をめぐる様々な論争は、憲法学会/内閣法制局への一任、という形で解決されなければいけないものとする。

 繰り返そう。この長谷部教授の議論は、少なくとも「公」と「私」の区分による長谷部教授自身の「立憲主義」とは、全く関係がない。

 集団的自衛権違憲論は、長谷部教授の立憲主義からは導き出されない。あるいは、長谷部教授は、立憲主義について二つの異なる観念を持っている。一つは、「公」と「私」の区分という一般的原理にもとづく「立憲主義」である。もう一つは、(内閣法制局と憲法学者からなる)「法律家共同体」が決めたことは「法的安定性」のために変更してはならない、という「権威主義」と言いかえるべき「立憲主義のようなもの」である。

 なぜ長谷部教授はこのようなダブル・スタンダードに陥ったのか。一つには、伝統の問題があるだろう。すでに長谷部教授の師である芦部信喜の『憲法』に、集団的自衛権は違憲だ、と書いてある。長谷部教授は、憲法学界の同僚に、「保持する実力組織にはおのずと限界がなければならない」(同書161頁)と付け加えておく必要性にかられた。「限界」があるから、自衛隊は合憲でもいいではないか、と説明できる。本来であれば、「限界」は国際法に従う、ということだけで十分だった。しかし、憲法学者が仕切ることこそが、「自己拘束」の根拠となる。そこで長谷部教授は、とりあえず、師匠の憲法学者の見解にしたがった「限界」の線引き方法を踏襲した、ということなのかもしれない。

 理論的に着目すべきは、長谷部教授の徹底した相対主義である。長谷部教授は、憲法典からは、個別的自衛権合憲、集団的自衛権違憲、という「線引き」がなされえないことを知っている。「合理的な自己拘束という観点からすれば、ともかくどこかに線が引かれていることが重要」(同書163頁)であり、「なぜそこに線が引かれているかにはさしたる合理的理由がないとしても、いったん引かれた線を守ることには、合理的理由がある」(同書164頁)。

つまり長谷部教授によれば、憲法典から、個別的自衛権合憲・集団的自衛権違憲、という結論を合理的に引き出すことはできない。しかし芦部信喜先生を中心とする憲法学者や内閣法制局の高級官僚たちが「違憲だ」と決めたことを、「違憲だ」と決め続けておくことには、合理性がある。合理的なのは内容の妥当性ではなく、決定した「法律家共同体」の威信を守ることなのである。

 私はこうした立場を、団塊の世代中心主義、と呼んでいる。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53213?page=3 集団的自衛権は違憲だという見解を内閣法制局が正式に表明したのは、1972年である。団塊の世代が学生運動を起こし、成人した時期の直後だ。団塊の世代の弟のような1956年生まれの長谷部教授が属する世代からすれば、10代後半からずっと、集団的自衛権は違憲だった、ということになる。しかし、ただ、それだけのことだ。団塊の世代を中心に法律概念を組み立てることには、「さしたる合理的理由がない」。むしろ冷戦体制が終焉すれば、見直しが必至となるのが、当然ではないか。

 さらに言えば、結局、憲法学において最も重要なのは、アメリカに対する不信である。アメリカを信用しないからこそ、長谷部教授は、最後の最後には、他の護憲派の人々と大同団結できる。「自国の安全が脅かされているとさしたる根拠もないのに言い張る外国の後を犬のようについて行って、とんでもない事態に巻き込まれないように、あらかじめ集団的自衛権を憲法で否定しておくというのは、合理的自己拘束」(同書162頁)だ、という説明は、集団的自衛権の法理が予定しているわけではない状況を、日本が常に直面する状況であると言い替えてしまう説明である。

政策的分析・判断で対応すべき状況を、集団的自衛権の違憲性それ自体の根拠として主張してしまう議論である。自衛隊を合憲とし、相対主義的法律観を徹底しながら、それでも長谷部教授が、集団的自衛権はそれ自体として違憲だ、と断定できるのは、同盟国アメリカが日本を騙す悪い国だということが不変の判断基準として確立されているからなのである。もし、アメリカがそれほど悪い国ではなかったら、万が一、ほんの時折でも、アメリカが合法的で正当な国である可能性があったら、長谷部教授の集団的自衛権違憲論は、説得力を失う。

 私に言わせれば、このような長谷部教授の議論は、アメリカを中心とする第二次世界大戦戦勝国=国連加盟国=平和愛好国を「信頼」して、自国の「安全と生存を保持」する「決意」を表明した日本国憲法の精神の対極に位置するものだ。少なくとも反憲法典的であり、言葉の素直な意味で、立憲主義的でない。

 しかも、この長谷部教授の議論は、長谷部教授自身の「立憲主義」とも、全く関係がない。

 私自身は、長谷部教授の最初の立憲主義の理解が、非常に立憲主義らしい立憲主義であると認める。しかし、二番目の権威主義というべき立憲主義かもしれないもの、つまり「法律家共同体」が「法的安定性」の守護神であることが至高の合理性を持っており、「法律家共同体」は絶対に否定されてはならない、という見解は、立憲主義というよりもむしろ、単なる権威主義に近い立場だと考えている。そして重要なことに、この権威主義は、アメリカへの嫌悪、あるいは日本国憲法が信頼するように呼びかけている「平和を愛する国民」にアメリカだけは含まれないと確信する思想、によって支えられている。

 自衛権というのは、個別的であろうと集団的であろうと、それ自体が「公」の行為である。万が一にも、社会を構成する自然人の「私」の領域の問題などではない。したがって政府による自衛権行使を律するのは、「公」と「私」の区別とは関係がない。「私」の領域を守るために「公」を制限するのが「立憲主義」であるとすれば、公の自衛権を公の「自己拘束」などを理由にして制限しようとするのは、全く立憲主義的ではない。

個別的自衛権の行使が主張されていても、満州事変のような侵略的な事例であれば、「私」の領域を守る効果は期待できない。他方、集団的自衛権の行使が必要とされる事例でも、他国が破壊されてしまえば自国の社会構成員の「私」を守ることが不可能になるような場合には、集団的自衛権を行使することが、社会構成員の「私」の領域を守る行為となる。

 「憲法学者が内閣支持率を下げるのに役立ちそうなので利用しよう」、といった近視眼的な考え方では、崩壊の憂き目にあう。政治家の方々は、そのことを、2017年衆議院選挙で思い知っただろう。「この学者は政府寄りだ」云々といった失礼な態度を取るだけでは、政治家としても底の浅さを露呈する。しっかりと長谷部教授のような一流の憲法学者の著書を熟読し、自分のものとしていく態度をとってこそ、立憲主義的な政治家としての活路も開けてくる。

 長谷部教授の「立憲主義」を素直に適用すれば、集団的自衛権が違憲だ、とは言えない。長谷部教授の言っていることを皮相なレベルだけで捉え、字面を追って模倣する者だけが、集団的自衛権は違憲だ、と言うことができる。

 立憲主義者の長谷部教授と、権威主義者の長谷部教授が、一つの著作の中にも混在しているのは、ややこしい事態ではある。しかし、それが実際に起こったことなのである。政治家の方々も、日本国民全員も、キャリアを犠牲にする間違いを避けたいのであれば、淡々と冷静に、「合理的」視点で、長谷部教授の著作を読んだほうがいい。

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