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戦後日本の立憲主義の理解への疑問~水島朝穂教授の私への攻撃を見て~

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『現代ビジネス』http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53213『シノドス』https://synodos.jp/politics/20615 『プレジデント・オンライン』http://president.jp/articles/-/23388 などに、記事を掲載して頂いた。いずれも憲法問題で書いてくれ、という依頼であった。それにしても昨今の政治情勢を見て痛感するのは、「立憲主義」の理解である。

 日本の憲法学では、立憲主義は、「権力を制限すること」だと定義される。そこから思い切って「主権者である国民は制限されない」と言ってしまう人すらいる。こうした立憲主義の理解を、私は、戦後日本憲法学特有の時代がかった「ガラパゴス立憲主義」だと批判してきた。政府だけでなく、主権者も根本規範に服するのでなければ、「法の支配」としての「立憲主義」にはならない。私は、そもそも立憲主義を、国家を構成する根本価値を信じる態度、として考えている。

 この戦後日本憲法学の時代がかった「ガラパゴス立憲主義」について、水島朝穂先生(憲法学)が出している、篠田を攻撃するブログ記事を見て、あらためて考えさせられた。http://www.asaho.com/jpn/bkno/2017/1016.html 全編にわたって品のない言葉が並ぶ長文の四回連載である。

・・・「篠田氏の論稿は、憲法改正の当否という価値対価値のコンクールに到達するまでに、法律論として失格であり、訴訟法でいえば、訴え却下の門前払いに相当し、請求棄却判決にすら到達しえない内容である。」、「ヒステリックな物言い」、「頭の中の妄想」、「日陰者意識をもつエリート」・・・

 なぜ水島先生は私を攻撃するのか。私が、憲法学者に「一方的な論難、むしろ難癖」をつけているからだという。そして水島先生は、篠田は「蓑田胸喜」だと書いている。

 水島先生によれば、「篠田氏の手法は蓑田の足元にも及ばないが、ネット時代に助けられて、その伝播力という点では蓑田の影の手前くらいにまでは達しているだろう」だという。さしずめ篠田は「三流の蓑田」だということである。

 蓑田胸喜とは、「天皇機関説事件」で美濃部達吉・東京帝国大学教授を失職に追い込んだ右翼の大物である。「お前は三流蓑田だ」、というのは、一般の人にとってはチンプンカンプンな「ガラパゴス」語でしかないだろうが、憲法学者の方々には、お馴染みの侮蔑語だ。

 憲法学者が蓑田にこだわる事情は、実は、すでに私自身が、拙著『ほんとうの憲法』第3章で説明しているとおりである。

 外部からの批判に対して、「お前は蓑田胸喜だ」、といった類の対応をするのが一つのパターンになったのは、「戦前がまた近づいている」、という物語を、数十年にわたって「護憲派」が繰り返してきたからである。「安倍『壊憲』内閣が暴走する施行70年は、『新たな戦前』の様相を呈している」(水島先生ブログ2017年5月1日)といった物語の中で、存在価値をアピールしてきた。

 戦後日本憲法学の言説空間では、憲法学者に「論難」を与える者とは、常に必ず「天皇機関説事件」で「蓑田」とともに美濃部達吉を迫害した者になってしまう。なぜか。定義上、憲法学者は国粋的軍国主義者に迫害される受難者だということが先に決まっているので、それに対して批判をする者とは、定義上、自動的に、論証抜きで、「蓑田だ」、ということになるからである。

 そこで勇敢なる憲法学者が、現代の三流蓑田と対決して平和を守るために立ち上がる、という物語である。

 「お前は蓑田胸喜だ!」(「俺は美濃部達吉だ?」)症候群は、「立憲主義」の理解にも大きく影響しているように思える。「戦前が近づいている」物語にそった「立憲主義」によれば、美濃部は立憲/蓑田は反立憲、護憲派は立憲/改憲派は反立憲、個別的自衛権は立憲/集団的自衛権は反立憲、憲法学者は立憲/国際政治学者は反立憲・・・といった感じで、全てが二者択一の一問一答問題集のようになる。

 こうなると、立憲主義はいつも、立憲主義者と制限される権力者との政治的関係において、定義されることになる。権力者は立憲主義者になれない。しかし権力者を批判したり、批判者を「お前は三流蓑田だ」と言ったりさえすれば、立憲主義者になれる。

 「付録」で後述するが、この物語にそっていくと、相手を議論で論破した、と主張する際の方法も、ワンパターンになる。「お前は芦部先生と違う、芦部先生は偉大だ、したがってお前は間違っている」、といったパターンに持ちこもうとする話法である。ほとんど人間関係のグループ分けで、立憲主義者の認定も行われる。

 しかし、私が理解する「立憲主義」とは、そのようなものではない。

 立憲主義とは、異なる意見を持つ相手を、「蓑田だ」「ヒステリックだ」「日陰者だ」と侮蔑するための許可証のことではない。

 むしろ立憲主義とは、「私はあなたの意見に同調しない、しかしあなたの人格はどこまでも尊重する」、と言い切る態度のことだ。
 立憲主義とは、特定の職業集団の倫理的・知性的卓越性を主張し、相手の倫理的・知性的に貶めるための証明証のことではない。

 むしろ立憲主義とは、「私はこのことを正しいと考えて主張する、しかしあなたが違うことを正しいと考えて主張することをどこまでも尊重する」、と言い切る態度のことだ。

 イギリスの議会に行くと、「The honorable member/gentlemen/lady(尊敬すべき議員よ)」などと対立党議員に呼びかけたうえで、激しく辛辣な批判を加えたりする。

 アメリカの議会に行くと、「I respectfully disagree(尊敬心を持って同意しない)」と切り出して、相手の議論を徹底にやりこめる。

 日本の国会に行くと、「アベ政治は許さない」と書かれたプラカードを掲げ、演説を妨害する者たちが、「権力を制限するわれわれこそが立憲主義者だ」、などといったことを主張する。
 どんな相手であっても、相手をどこまでも人間として尊重することが、立憲主義だ。相手を人間として尊重するからこそ、議論のレベルの精度を上げて、相手に立ち向かおうとすることができる。

 The honorable gentlemen, I respectfully disagree with your understanding of constitutionalism. 

 親愛なる皆さん、尊敬心を持って、言いたい。あなた方の立憲主義の理解は、おかしい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

              「付録」
(水島先生の文章は、不要な修飾語が多いレトリカルな表現が羅列されたもので、冗長なところが多く、反駁していくと、どうしてもブログ記事が冗長になる。そこで末尾に「付録」としてまとめた。ご関心ある方は、この「付録」部分を、ご参照いただきたい。)

 これまでこのブログでも日本の憲法学に関することを何度か書いてきた。それなりに意味のある検討と批判をしたいと思って書いてきた。その過程で、水島教授のことは言及したことはなかった。水島教授のお仕事を知らないわけではない。ただ、私は、必ず「攻撃」しか返してこないだろう相手を批判することは、通常やらない。これからも、あまりやるつもりはない。

 今回の水島教授のブログにおける私への「攻撃」を見ると、思ったとおりの様子である。したがって、反応するのはあまり気乗りしない。ただし水島教授が私を攻撃しているのは、私が便宜的に「憲法学者」と一般的な言い方をして、議論を進めている場合があるからなのは確かだ。そのため、私もその責任内のことはやっておかなければならないだろうとは思い、以下の文章を書く。 

<9条3項>
 水島教授は、9条3項が入ると2項によって自衛隊が違憲であったことが証明されることになるので、篠田の議論は破たんすると書いている。観念論だ。私は2項解釈確定のために3項を入れるべきだと言っている。2項の解釈を逆転させるために3項が挿入された、と考えなければならない必然性はない。それを否定するのであれば、抽象的な言い方ではなく、なぜ絶対に解釈確定のための3項を入れることが不可能なのかを、もっと具体的な論拠を示して、論証するべきだ。

 また、水島教授は、「『戦力』と自衛隊は『同じ事項』ではない」というのが篠田の議論のはずだ云々と言っているが、私の3項案には「自衛隊」の文字はない。何か別の話と混同しているのではないか。

 さらに、「但し書き」「特別法」というのは本来こういうふうに使うべき概念だとかと水島教授は書き連ねているが、まずもって本論から外れた無関係な話である。考え方の筋道を示した際に使った言葉の揚げ足取りだ。9条3項が特別法になるとか、そういうことを言ったわけではない。

 それにしても、3項を入れると、2項があっても自衛隊が合憲だという篠田の議論は破たんする、という断定は、どこかで聞いたことがあるような抽象理論だ。安保法案が可決されると、政府による自衛隊が合憲であるという論拠は崩れる、と、水島教授は主張していた。

 水島教授によれば、2015年に「安倍首相は『7.1閣議決定』により、自衛隊「合憲」の憲法的正当化根拠を、根底から覆してしまった」。(水島教授ブログ2015年6月1日)

 それでは、水島教授は、「安保法制が成立によって自衛隊が合憲であるという政府見解が崩れて二年です」、という宣言をマメに行っているのだろうか?

 とすると、現在、「政府が合憲と言ってきたので、改憲は必要ない」という立場を共同でとっている現在の憲法学界の主要な面々に対して、「そんな前提は安保法制の成立から崩れている」、と、学者の良心にもとづいて、きちんと反論しているのだろうか?

 もしやっていないとしたら、どういうことなのか。あるいは「あの時は口が滑って言いすぎました」ということはないだろう。それでは「まあ憲法学者の方々は仲間ですから」とか、「理論はどうでもいいアベ政治を許さないで大同団結だ」とかといった政治的計算があるということなのだろうか?しかし水島教授が、そういう政治的計算の必要性の説明をしているという話も聞かない。どういうことなのか?

 3項を入れると2項が自衛隊違憲論になるぞ、などと嫌がらせのようなことを、抽象的な言い方で繰り返しても、説得力がない。解釈確定のための追加条項を入れる事は絶対に不可能だ、という「論拠」を示すのでなければ、無責任である。

<国民主権論>
 水島教授は、私が、憲法学者の言説を重ね合わせると、主権者である国民が政府を制限することが立憲主義だということになる、ということを、「難癖」だと言う。確かに、表現をまとめているのは、私である。しかし水島教授は、南野森・内山奈月『憲法主義』など、本屋に並んでいる本を見たほうがいいのではないか。一般向けの啓蒙書で、国民は憲法によって制限されないとするならば、同じことではないか。また、憲法学者の主権論へのこだわりについては、芦部信喜、樋口陽一、といった名前を参照しながら、『集団的自衛権の思想』でも論じている。

 水島教授は、政府が憲法によって制限されるとする文献を延々と羅列する。しかし私は、立憲主義は政府を制限しないなどとは言っていない。私の議論とまったく矛盾しない。

 それは書きながら水島教授も気づいたのだろう。「なお、篠田氏が憲法は国民も制限するというアメリカの文献をいまさら探し出してきてももう遅い」、などと言っている。

 しかし、私は、文献情報を含んだ学術書を参照している。「遅い」どころか、先に文献を示した専門書を公刊しているのだ。その上で注を減らしたブログや新書を書いている。水島教授は私のブログだけはマメに読まれているようだが、きちんと専門書のほうにもあたっていただきたい。

 そもそも私は、政府だけではなく国民を制限するのが立憲主義の本質だ、とは言っていない。誤読である。国の構成原理となっている根本的価値規範を信じることが、立憲主義の本質だ、と私は言っている。Constitutionに対するIsmが、立憲主義だ。その源流として、ロックから合衆国憲法に至る思想の系譜を、拙著『「国家主権」という思想』で書いている。まず私が書いていることを素直に読んでほしい。批判はそれからだろう。

 拙著『集団的自衛権の思想史』を書いたときには、『ほんとうの憲法』ほどの整理をした表現を使わなかったのは確かである。『集団的自衛権の思想史』は、引用で固めた。だがその過程で明らかになったのは、憲法学者が「立憲主義にもとづいて権力を制限しているのは誰なのか」という問題について、あえて直接的な引用をされるような形を避けて、逃げている、ということだった。徹底的に国民主権論を神格化し、立憲主義は権力を制限することだ、ということを強調しながら、両者の結びつきを引用されてしまう事態を避けている。直接的な引用をされると、恐れることがあるから、逃げているのではないか。

 水島教授は、いったい「権力を制限する」のは誰なのか、はっきりと自分自身で表明するべきだ。繰り返し引用されても構わないように、はっきりと宣言するべきだ。「主権者国民」でもなく「法律家共同体」でもなければ、誰が権力を制限しているというのか。

 そのあたりを曖昧にして逃げ続けたまま、「引用がない」、といった言いがかりだけをつけるのは、やめていただきたい。私は「逃げ」を明白にするために、あえてやっているのだ。読んだら分かるはずだ。

 私の立憲主義の理解では、社会構成員が自分自身を制限し、政府を制限する。それが社会契約論の系譜に連なる立憲主義の思想伝統である。

 主権者国民が政府を制限しているわけではないと主張するのであれば、いったい誰が制限しているのか、水島教授には、もっと真摯な明確化のための努力をしていただきたい。

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