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朝鮮半島危機シナリオと日本の役割を検討する - 村野将 / 安全保障政策

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米国による先制攻撃シナリオ

ここでモデルケースとするのは、第一次朝鮮半島核危機と呼ばれた1993年から94年にかけての一連の状況の推移である。1993年3月、北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)による同国内2カ所の施設に対する特別査察要求を拒否し、核不拡散条約(NPT)からの脱退を通告。また同時期の米韓年次合同演習に強く反発し、5月にはノドンを日本海に発射するに至った。特別査察を拒否し続ける北朝鮮に対して国連の経済制裁が検討されると、北朝鮮は同制裁を「宣戦布告」と見做して反発を強め、1994年3月には板門店で行われた南北協議において「ソウルを火の海にする」と発言。これにより情勢は一気に緊迫し、同年5月には核燃料棒の取り出しに着手した。

北朝鮮による核武装の可能性を重く見たクリントン政権は、先制的な軍事攻撃による強制武装解除を検討。1994年3月からは開戦に備えて釜山にペトリオット迎撃ミサイルを展開した。さらに、攻撃ヘリ、戦車、装甲輸送車、レーダーなどの各種システムをより高性能・重武装なものに換装し、米軍部隊の緊急展開と増員を図るための事前集積船を半島近傍に展開した。

この際、統合参謀本部はさらに3段階の増派計画、すなわち(1)防空レーダーや攻撃に必要となる情報・偵察・監視(ISR)システムの追加配備、(2)北朝鮮の防空網を無力化し、核施設やTELに対する攻撃を行うためのF-117ステルス攻撃機をはじめとする各種航空戦力、砲兵部隊、1個空母戦闘群の追加的前方展開、(3)38度線以北での本格的な地上戦に備えた陸軍・海兵隊数万人と空軍の大規模増強、を有していた。しかし、同年6月に電撃訪朝したカーター元大統領と金日成主席の間で事態の収束に向けた協議再開が約束されたため、事態は沈静化、さらなる増派が実行に移されることはなかった。

だがこのとき米国は、開戦に先立ち日本政府に対して、燃料や物資・武器・弾薬の補給、朝鮮半島周辺での機雷掃海、情報収集、米艦防護、船舶検査、NEOといった、1900項目におよぶ支援を要請していたと言われている。しかし、当時の日本は55年体制の終焉時期と重なったことも相まって、最も情勢が緊迫していた1年間に細川内閣(1993年6月)、羽田内閣(1994年4月)、村山内閣(同年6月)と3度もの組閣と退陣を繰り返すなど内政的に混乱していた。さらに、要請された内容のほとんどが集団的自衛権に抵触することからも十分な回答が出来ず、その結果として1997年の日米ガイドライン改定と、1999年の周辺事態法の制定に繋がった経緯がある。

では、この状況を限定的な集団的自衛権の行使が可能となった、2015年以降の安保法制と日米新ガイドラインの下で当てはめてみるとどうだろう。

まず米国による先制攻撃シナリオには、北朝鮮からの恫喝シナリオと大きく異なる点がある。自衛隊の活動の幅を定める事態認定に際して、政府に一定の主観的裁量の余地がある点だ。北朝鮮からの武力攻撃とそれに伴う個別的自衛権の発動は、攻撃の被害が日本に及ぶという客観的な判断基準が存在する。だが日本が直接被害を受けていない段階で、米(韓)への支援を行ったり、限定的な集団的自衛権を行使する場合、時の政府がどのような事態認定を行うかによって自衛隊に認められる活動が大きく異なってくる。

「存立危機事態」は、「密接な他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態において、自衛隊の防衛出動を認め、武力行使を認める状況を指す。他方「重要影響事態」は、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃のおそれのある事態等」とされる。これは認定に至る裁量範囲がより広くとられている一方で、自衛隊に許可される活動は後方支援や捜索救難、船舶検査などに限られ、武力行使に該当する活動は認められていない。わかりやすく言えば、存立危機事態と重要影響事態の最も大きな違いは、密接な他国に対する武力攻撃の有無と、それによって自衛隊の武力行使が可能となるか否かという点にある。

この法的整理を米国による先制攻撃シナリオに当てはめてみると、米国あるいは韓国に対してすら、直接的な武力攻撃が発生していない段階において、存立危機事態を認定することは難しい。他方で、北朝鮮がミサイル発射を繰り返し、「ソウルを火の海にする」といった発言や「グアムへの包囲射撃」を示唆している状況をもって、重要影響事態を認定することは十分に考えられるだろう。これは重要影響事態が、第一次朝鮮半島核危機の教訓から生まれた周辺事態概念の延長線上にあることを鑑みても自然と言える。

重要影響事態が認定されると、自衛隊は平時から可能なISRやミサイル防衛にかかる情報協力、米艦防護に加えて、NEOや海洋安全保障、避難民対応、捜索救難、施設・区域の警護、発進準備中の米軍機への給油に代表される後方支援などが可能となる。これにより、1994年に米国から要請のあった協力事項の多くには応じることができるはずだ。こうした措置を通じて、朝鮮半島有事における日米のシームレスな対応が可能となったことは、多くの政治的資源を費やし、安保法制と新ガイドラインを成立・策定したことの大きな成果と言えよう。

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