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- 2017年10月20日 13:25
アディーレ法律事務所に対する2ヶ月の業務停止処分がやっかみというのは当たらない
アディーレ法律事務所が東京弁護士会より業務停止2ヶ月の処分を受けたことで、多くの依頼者を抱えていることから、その影響力は非常に大きなものになっています。
しかし、この処分をアディーレ法律事務所に対するやっかみだとかアディーレ憎しでやったものという論調には明らかに違和感があります。
「「アディーレ法律事務所」が大ピンチ 業務停止処分は妥当なのか?」(文春オンライン)
関係者の発言として紹介していますが、匿名です。
上記の発言者の中に「顧客に損害を与えるようなものではなかった」と言う発言がありますが、これが違うということです。
私の経験でも依頼者は担当弁護士に取り次いでもらえていませんでした。すべて事務員対応です。相談して聞きたいことがあると言ってもダメです。
札幌では、東京価格になってしまっているので割高です。なのに、弁護士と話ができないのです。要は、アディーレにとって効率が悪くなるからです。
こうしたやり方は、アディーレのやり方からは必然になります。広告によって大量に受任して、後は事務員が大量に定型的に処理していくというやり方で利益を上げる方法だからです。担当弁護士は最初の短い時間の面談だけです。そのために大量に新人弁護士が登録されているようなものです。全ての事務処理は東京です。辞任した依頼者の書類の返還を求めると東京から送られてきます。
担当弁護士に用件があって、札幌事務所に掛けても不在で、とにかく担当弁護士から連絡をさせるように言うと、折り返し掛かってきても「03」の番号から掛かってきます。どうも札幌に在中と言いながら札幌にはいないようです。これでは札幌の依頼者が担当弁護士に会いたいと言っても無理でしょうね。電話で話もできないのです。
「弁護士法人アディーレ法律事務所に対する業務停止処分 司法「改革」がもたらした営利至上主義」
消費者庁ホームページより

広告によって大量に顧客を釣り、そして定型処理で大儲けするというやり方をしてきたわけですから、どうみても顧客にとっての不利益の上にしか成り立たない収益方法です。
業務停止ということでなければ、こういったアディーレのやり方を追認し、やったもん勝ちということになってしまいます。
その意味では重すぎるという批判は当たらないと言えます。
しかし、この処分をアディーレ法律事務所に対するやっかみだとかアディーレ憎しでやったものという論調には明らかに違和感があります。
「「アディーレ法律事務所」が大ピンチ 業務停止処分は妥当なのか?」(文春オンライン)
関係者の発言として紹介していますが、匿名です。
「宣伝手法に問題があったのは事実ですが、顧客に損害を与えるようなものではなかった。処分が出ても、せいぜい一番軽い“戒告”だとみられていました。業務停止が科されたのは驚きです」アディーレ法律事務所のやり方に嫌悪感を抱いていた会員が多いだろうなとは思っています。しかし、その嫌悪感としてはビジネスとして「成功」したというやっかみではありません。
「業界になじまず、派手に稼いできたアディーレへの“やっかみ”が処分の背後にあると勘ぐる向きもある」
上記の発言者の中に「顧客に損害を与えるようなものではなかった」と言う発言がありますが、これが違うということです。
私の経験でも依頼者は担当弁護士に取り次いでもらえていませんでした。すべて事務員対応です。相談して聞きたいことがあると言ってもダメです。
札幌では、東京価格になってしまっているので割高です。なのに、弁護士と話ができないのです。要は、アディーレにとって効率が悪くなるからです。
こうしたやり方は、アディーレのやり方からは必然になります。広告によって大量に受任して、後は事務員が大量に定型的に処理していくというやり方で利益を上げる方法だからです。担当弁護士は最初の短い時間の面談だけです。そのために大量に新人弁護士が登録されているようなものです。全ての事務処理は東京です。辞任した依頼者の書類の返還を求めると東京から送られてきます。
担当弁護士に用件があって、札幌事務所に掛けても不在で、とにかく担当弁護士から連絡をさせるように言うと、折り返し掛かってきても「03」の番号から掛かってきます。どうも札幌に在中と言いながら札幌にはいないようです。これでは札幌の依頼者が担当弁護士に会いたいと言っても無理でしょうね。電話で話もできないのです。
「弁護士法人アディーレ法律事務所に対する業務停止処分 司法「改革」がもたらした営利至上主義」
消費者庁ホームページより

広告によって大量に顧客を釣り、そして定型処理で大儲けするというやり方をしてきたわけですから、どうみても顧客にとっての不利益の上にしか成り立たない収益方法です。
業務停止ということでなければ、こういったアディーレのやり方を追認し、やったもん勝ちということになってしまいます。
その意味では重すぎるという批判は当たらないと言えます。



