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- 2011年11月24日 01:11
野田政権が財界政治を強行できるワケ(菅内閣不信任劇を振り返って):その1(原発推進)
はじめに(原発推進勢力による菅おろしの成功)
(1)自民党と小沢一郎氏らのグループなどが画策した菅内閣不信任案騒動があったのは、今年6月初めだった。
(2)自民党の政権復帰等の思惑は必ずしも成功しなかったようだが、菅首相は8月下旬に首相辞任を正式表明し、自民党・小沢氏らの原発推進勢力の思惑は成功し、民主党代表選では、原発推進派の候補者同士で代表選が戦われた。
(3)民主党代表選挙では、財界が最も期待した野田佳彦氏が選出され、首相に指名・任命され、9月初めには、小沢グループも取り込んで野田政権がスタートした。
(4)その後、野田政権は、自公政権に勝るとも劣らないくらいの勢いで、財界政治を推進中である。
この投稿では、「その1」として、原発政策に絞って、その点を確認しよう。
民主党内では、なかには本気で「脱原発」を主張している議員がいるのかもしれない。
しかし、そのような議員がいたとしても、現状を見れば、当該議員は党内では影響力がないようだ。
(5)小沢一郎氏がまるで脱原発派であるかのようなデマが流れたときもある。
だが、小沢氏は原発推進派議員の一人だ。
(6)それゆえ、野田政権は、小沢グループを引き込んだから、「脱原発依存」を装いながら、原発が推進できているのである。
まず、この点について、マスコミ報道で確認しておこう。
1.野田政権は「長期的な脱原発依存」を言い原発推進へ
(1)九州電力が玄海原発4号機を再稼働へ!
(2)野田政権でも原発輸出は止まらない
2.小沢一郎氏は原発推進議員!
(1)先の民主党代表選の時、小沢一郎氏が原発推進の海江田万里氏を推したことに対し、小沢チルドレンの女性議員らが異論(?)を言いに小沢氏のところに出向いたとき、小沢氏は同議員らに「(海江田氏を)俺だと思って応援して欲しい」旨、話したそうだ。
ある記者から、その話を聞いたとき私は笑ってしまった。
(2)それにしても、小沢チルドレンの女性議員らは、小沢氏が党代表のときに、民主党が原発政策において、より積極的的な方向に舵をきったのを知らないのだろうか!?
(3)小沢氏自身が原発推進なのは有名だと思っていたが、小沢一郎支持者のなかには意図的にデマを流しているものもあるようなので、あえて書いておこう。、
①東京電力会長、経団連会長をしていた平岩外四氏(故人)は、自民党時代に小沢一郎の後援会長になっていた。
②1993年総選挙で政権交代が実現し、細川政権が誕生した。
このとき、経団連は、財界政治を実現するために「政治改革」の断行を求めたわけであるが、それを後押しするために、「企業献金に関する考え方」(1993年9月2日、経団連会長・副会長会議)を発表し、従来行われていた自民党側への政治献金斡旋を翌年から中止した。
その時の会長は、奇遇にも(!?)平岩外四氏であった。
③小沢一郎氏は、1990年に「ジョン万次郎の会」をつくり、その2年後には「財団法人ジョン万次郎ホイットフィールド記念国際草の根交流センター」を設立していることを公表し、自慢しているようだ。
小沢氏のHPは、以下のように説明している。
同財団ののホームページには、役員名簿が公表されている。
それを見ると、今年4月現在であるが、会長は小沢一郎氏であり、顧問の一人が東京電力会長・勝俣恒久氏であることが明記されている。
なお、小沢氏と囲碁仲間の与謝野馨氏は副会長。与謝野氏は、大学卒業後、「中曽根さんの推薦する日本原子力発電に入社」している。
また、同財団のホームページを見ると、「寄附協賛企業」に東京電力などの電力会社も含まれている。
つまり、小沢一郎氏が「反原発」「脱原発」「脱原発依存」であるはずがないのである。
むしろ、原発推進議員の有力な一人である。
(4)ちなみに、同財団のホームページを見ると、野田佳彦首相は「推薦の言葉」を寄せている(もう一人はルース在日米国大使である)。
(5)小沢一郎氏は、東京電力の福島原発の事故処理では勇ましい発言をしているようだが、東京電力の責任を追及する発言を見聞きしたことはない。
むしろ、東京電力の責任追及を否定する発言なら、読んだことがある。
福島原発の事故は、これまでの自民党政権にも責任があるだろうが、当然、東京電力の責任である。
それなのに「東電に責任を転嫁しても意味がない」というのは、全く不可解な発言である。
多分、小沢一郎氏の本心は「東京電力には責任がない」と思っているのだろう。
そうでなければ、このような発言は出てこない。
(6)小沢氏は、先日(11月19日)評論家の田原総一郎氏と対談している。
その中で、小沢氏は、原発について、以下のような発言している。
これを読んで、小沢氏の支持者は、小沢氏が「脱原発」あるいは「脱原発依存」だったと思い込むのかもしれないが、私はそうではない。
小沢氏のプロフィールをみると、科学技術政務次官を務めていたのは、今から35年前の1975年(昭和50年)12月 〜 1976年(昭和51年)9月のようだ。
35年から原発問題があることを自覚していた、というのであれば、なぜ、その時、あるいはまたその後自民党の役職や官房副長官を務めていながら、「脱原発」「脱原発依存」の言動をしてこなかったのか???
なぜ、小沢氏は新エネルギー開発を進める言動をしてこなかったのか??
なぜ、小沢氏は、民主党代表の時(2007年)、民主党の政策をより推進の方向へと舵をきったのか???
なぜ、原発に少しブレーキをかけただけの菅氏を首相から引きずりおろしたのだろうか???
なぜ、民主党代表選で原発推進の海江田氏を推したのだろうか???
なぜ、原発推進の野田首相を引きずりおろさないのだろうか???
小沢氏のこれまでの言動を考えると、小沢氏の対談での発言は、私には全く矛盾している発言であるとしか思えない。
得意の口から出まかせではなかろうか。
「私は最初から「原発は過渡的なエネルギーだ」と言ってきたんです」というのは、「過渡的」期間を何年であると説明しなければ、全く意味のない発言だ。
田原氏はこの点を突っ込んで質問していない。
(小沢一郎氏と対談・インタビューした評論家やフリーのジャーナリストは、小沢氏やその秘書に厳しい質問をしない。
だから、小沢氏らは厳しい質問がなされる記者会見を避け、そちらに出演するのだろう。)
(7)なお、「小沢一郎と東京電力「蜜月21年」」(週刊文春2011年6月9日号)では、私が書いたこと以外のことも書かれているようだ(インターネットで検索すると紹介しているものがある。ほかに、東京新聞の記事もあるようだ。)が、私は実際の紙面を見ていない。
(続く)
(1)自民党と小沢一郎氏らのグループなどが画策した菅内閣不信任案騒動があったのは、今年6月初めだった。
(2)自民党の政権復帰等の思惑は必ずしも成功しなかったようだが、菅首相は8月下旬に首相辞任を正式表明し、自民党・小沢氏らの原発推進勢力の思惑は成功し、民主党代表選では、原発推進派の候補者同士で代表選が戦われた。
(3)民主党代表選挙では、財界が最も期待した野田佳彦氏が選出され、首相に指名・任命され、9月初めには、小沢グループも取り込んで野田政権がスタートした。
(4)その後、野田政権は、自公政権に勝るとも劣らないくらいの勢いで、財界政治を推進中である。
この投稿では、「その1」として、原発政策に絞って、その点を確認しよう。
民主党内では、なかには本気で「脱原発」を主張している議員がいるのかもしれない。
しかし、そのような議員がいたとしても、現状を見れば、当該議員は党内では影響力がないようだ。
(5)小沢一郎氏がまるで脱原発派であるかのようなデマが流れたときもある。
だが、小沢氏は原発推進派議員の一人だ。
(6)それゆえ、野田政権は、小沢グループを引き込んだから、「脱原発依存」を装いながら、原発が推進できているのである。
まず、この点について、マスコミ報道で確認しておこう。
1.野田政権は「長期的な脱原発依存」を言い原発推進へ
(1)九州電力が玄海原発4号機を再稼働へ!
(2011/09/02-20:21)
「脱原発依存」を継承=安全確保前提に再稼働−野田首相
野田佳彦首相は2日夕の記者会見で、今後のエネルギー政策について「脱原発依存という基本的な流れの中で、丁寧にエネルギーの基本計画をつくらないといけない」と述べ、菅直人前首相が掲げた「脱原発依存」を基本的に継承していく考えを示した。
定期点検中の原発に関しては「安全性をしっかり確保し、地元の理解を前提に再稼働する」と指摘。新たな原発建設は「現実的には困難だ」とし、「寿命が来たものを更新することはない。廃炉にしていきたい」と語った。
日経新聞2011/9/2 21:45
首相、地元理解前提に原発再稼働の意向 老朽化なら廃炉
野田佳彦首相は2日の記者会見で、安全性に不安のある老朽化した原子力発電所について、順次廃炉を進める考えを表明した。原発建設に関して「新たに造るのは現実的に困難だ」とも指摘した。運転停止中の原発の再稼働には前向きな考えを強調。「安全性をチェックしたうえで、しっかりと地元に説明をしながら、再稼働をしたい」との意向を示した。
再稼働については来年の電力需給が逼迫する恐れがあることを理由に挙げたうえで、電力不足が国内経済の足かせにならないよう配慮する考えを示した。今後のエネルギー計画では「国民の不安を取り除く形のエネルギーのベストミックスを構築する」と強調した。
一連の首相発言は原発依存度を段階的に引き下げる菅内閣の方針を継承しつつ、現実路線への微修正を図っている。エネルギー計画の見直しでは「新エネルギーの開発、自然エネルギーの代替的普及、省エネ社会を着実に推進する流れの中で、丁寧にエネルギーの基本計画を作り上げないといけない」と述べた。
(2011年9月3日01時40分 読売新聞)
長期的に「脱原発依存」社会目指す…野田首相
野田首相は2日の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所事故への対応に最優先で取り組む方針を示すとともに、外交面では「日米同盟重視」を打ち出し、菅政権の方針を基本的に継承する考えを表明した。
一方、円高やデフレ対策の必要性を指摘し、中小企業の資金繰り対策にも意欲を示した。
首相は会見の冒頭、東日本大震災からの復旧・復興と原発事故対応が「何よりも最優先だ」と繰り返した。菅内閣の震災と原発事故へのずさんな対応に与党内からも批判が強まり、政権運営が行き詰まったことを教訓に、これを「最優先課題」と位置づけ、全力を尽くす決意を示した。
原発周辺住民の早期帰宅に必要となる、放射性物質の除染を官邸主導で実施すると強調したのも、「政府の対応が遅い」との地元の不満に配慮したものだ。
定期検査で停止した全国の原発の再稼働についても、着実に進める方針を強調し、当面の電力不足に対する国民の不安払拭や経済の混乱の回避を図った。その一方、国民の原発不信を念頭に、長期的に「脱原発依存」の社会を目指す姿勢も強調した。
international business times 2011年9月3日 06時54分 更新
野田新首相、原発を徐々に廃止、「脱原発依存」へ
野田新首相は正式就任後初の記者会見で、原子力発電所を徐々に廃止していく方針を掲げた。
野田首相は原発を「新たに作るということは、現実的に困難だと思う」と述べ、各原子炉の寿命が来たら「廃炉にしていきたい」と語った。
一方、当面のエネルギー需給問題を解決するため、原発への依存度をすぐにゼロにすることは不可能だと述べ、ストレステストなどを経て安全性を確認した原発については、地元の理解を得た上で、再稼動することも必要だとした。
2011年10月21日 21:34 =2011/10/21 西日本新聞=
玄海原発停止は管理上の不手際 九電が発表
九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)4号機が復水器の異常で今月4日に自動停止した問題で、九電は21日、運転中の補修作業を想定しない不適切な手順書を基に作業したことが原因だったと発表した。直接的な作業ミスではなかったが、管理上の不手際といえる。九電は手順書の見直しを含めた再発防止策を同日、経済産業省原子力安全・保安院に提出した。
九電によると、タービンを回転させた蒸気を水に戻す復水器につながる蒸気弁の開閉スイッチを交換する際、手順書に沿って感電防止のため弁の制御ケーブルを引き抜いたところ、蒸気が停止。復水器の異常信号が出て、原子炉が自動停止したという。
スイッチは安全上重要度が低い一般機器。定期検査中に原子炉を止めて交換した前例を踏まえ作業に入ったが、制御ケーブルを引き抜いた場合の関連機器への影響を確認していなかった。九電は、手順書に運転中の作業による影響を確認する規定がなかった点に問題があったと判断。今後、すべての補修作業の手順書に、関連機器への影響の有無を調べる規定を追加する。
玄海原発4号機は12月中旬に定期検査する予定。九電は同保安院に再稼働の判断を仰ぎ、地元の理解を得た上で定検前に再開したい意向だが、福岡市で会見した豊嶋直幸・原子力発電本部部長は「何をもって地元理解とするかは非常に難しい」と話し、具体的な再開時期の明言を避けた。
佐賀新聞2011年11月01日 01時13分
玄海4号機、数日で再稼働へ / 九電「準備でき次第、通常運転」
九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)4号機が人為的ミスによるトラブルで自動停止した問題で、九電は10月31日、「準備ができ次第、通常運転に復帰し、(当初予定通り)12月に定期検査に入る」とするコメントを発表し、数日中にも再稼働させることを明らかにした。九電関係者によると、同日夜、再開準備の作業に入った。
原発の安全性をめぐる議論が続く中、地元理解を得ることなく再稼働を表明したことに批判が集まることは確実。玄海原発をめぐるやらせメール問題も決着しておらず、社内からも疑問の声が出ている。
2011年11月5日 01:56=2011/11/05付 西日本新聞朝刊=
玄海原発4号機 通常運転に復帰
九州電力は4日、復水器トラブルによる自動停止から再稼働した玄海原発4号機(佐賀県玄海町、出力118万キロワット)が、同日午後4時20分、100%出力による通常運転に復帰したと発表した。九電は「今後も安全確保に万全を期し、慎重な運転を続けていく」とのコメントを出した。
12月中旬に予定する定期検査まで約1カ月半の運転となる。九電によると、玄海4号機の再稼働20+ 件によって火力発電用燃料を石油換算で約30万キロリットル節約でき、燃料費負担は1日3億−4億円減少、運転期間中に百数十億円減らせる計算という。
玄海4号機は1日、原子炉を再起動し、2日に送電線に電力を流す発電を再開。出力を徐々に上げて運転していた。
(2)野田政権でも原発輸出は止まらない
毎日新聞 2011年10月19日 東京朝刊
IEA閣僚理事会:開幕 枝野経産相、原発輸出継続を表明
【パリ宮川裕章】世界の主要な石油消費国で構成する国際エネルギー機関(IEA)の閣僚理事会が18日、パリで2日間の日程で開幕した。東京電力福島第1原発事故や中東の政情混乱を受け、世界のエネルギーの安全保障体制の構築に向けて、緊急時の石油の備蓄や放出体制の拡充などを議論する。
日本から出席した枝野幸男経済産業相は福島原発事故を踏まえ、「原子力の安全性を世界最高水準まで高めるとともに、事故の経験と教訓を世界と共有し、国際的な原子力の安全向上に貢献する」と述べ、原発輸出を継続する姿勢を表明。日本のエネルギー政策については「ゼロベースで見直しを進める」と再生可能エネルギーの拡充などを図る方針を説明した。閣僚理事会は2年ごとに開催、今回は日米欧など加盟28カ国に加え、中国、インド、ロシアなど新興8カ国も参加した。
日経新聞2011/10/29
日・インド原子力協定交渉、年内に再開へ
政府、原発輸出の環境整備
野田政権が東京電力福島第1原子力発電所事故以来、停滞していた原発輸出に向け、各国との交渉を進めだした。インドとの間では、日本からの輸出に必要な原子力協定の交渉を年内にも再開する。ヨルダンやトルコでの原発受注をにらんだ準備にも入った。原発事故の収束を最優先にしながら、輸出への環境を整備していく考えだ。
玄葉光一郎外相は29日、インドのクリシュナ外相と都内で戦略対話を開き、日印原子力協定の交渉継続を確認する。交渉は東日本大震災の影響で2010年11月を最後に中断していたが、年内にも4回目の交渉を再開し、12年中の署名を目指す。
経済成長が続くインドでは原発への需要が大きい。原子力協定をテコに原発や関連部品の輸出につなげる狙いだ。インドは核拡散防止条約(NPT)に未加盟のまま核開発を続けており、輸出に伴って移転する核物質を平和利用に限定することも規定する。
31日には野田佳彦首相とベトナムのズン首相が都内で会談し、10年10月に日本企業の受注が決まった原発建設計画の協力を確認する。今年1月以来、中断していたトルコとの原子力協定交渉も近く再開予定だ。日本企業が原発受注を目指すヨルダンも「原子力協定を年内に国会で承認しない限り、日本企業に原発を発注しない」と水面下で日本政府に通告している。
首相は9月の国連本部での原子力安全首脳級会合演説で、原発輸出について「原子力利用を模索する国々の関心に応える」と述べ、輸出継続に意欲を示した。原発依存からの急速な転換を目指した菅直人首相からの軌道修正を進める。
ただ、政府は新規輸出の再開には、新たな安全基準など明確なルールの策定を前提とする考え。こうした検討に近く着手する案もあったが、11年度第3次補正予算案やTPP問題など難題を抱えるなかで、当面は表立った行動を控えることにした。まずは福島第1原発の事故調査・検証委員会の最終報告など、輸出再開に向けた議論の材料がそろうのを待つ方針だ。
時事通信(2011/11/04-09:19)
原発輸出へ協力確認=日・トルコ首脳会談
【カンヌ時事】野田佳彦首相は3日夜(日本時間4日未明)、フランス南部カンヌでトルコのエルドアン首相と会談した。交渉中のトルコへの原発輸出について、エルドアン首相は「日本の考え方の説明を得たい。協力のための交渉が進むことを期待する」と表明。野田首相は「(東京電力福島第1)原発事故の教訓と知見を共有しながら協力したい」と語った。
エルドアン首相が「両国関係をさらに拡大するために自由貿易協定(FTA)締結を希望する」と求め、野田首相は「あらゆるレベルでの協力促進を期待する」と述べた。
朝日新聞2011年11月5日20時28分
国内は脱原発、でも輸出は推進 枝野経産相「矛盾せぬ」
枝野幸男経済産業相は5日、東日本大震災後に停滞している原発輸出について、相手国から要請があれば輸出するべきだとの考えを明らかにした。都内の早稲田大学で行った講演で、「わが国がいま持っている技術について海外の評価にこたえるのは、むしろ国際的な責任だ」と語った。
枝野氏は、原子力にはプラス面がある一方でリスクもあると指摘。「リスクをどの程度重視するかは国によって違う。地震や津波がない国もあるが、日本は圧倒的に原子力を使うには適さない」と述べ、国内での原発の新規立地には否定的な考えを示した。
そのうえで、原発依存を減らすことと輸出推進との関係について、枝野氏は「(原発)技術を国内で使わなくなるかもしれないが、(外国が)評価するなら、それにこたえることは矛盾でない」と話した。
2.小沢一郎氏は原発推進議員!
(1)先の民主党代表選の時、小沢一郎氏が原発推進の海江田万里氏を推したことに対し、小沢チルドレンの女性議員らが異論(?)を言いに小沢氏のところに出向いたとき、小沢氏は同議員らに「(海江田氏を)俺だと思って応援して欲しい」旨、話したそうだ。
ある記者から、その話を聞いたとき私は笑ってしまった。
(2)それにしても、小沢チルドレンの女性議員らは、小沢氏が党代表のときに、民主党が原発政策において、より積極的的な方向に舵をきったのを知らないのだろうか!?
(3)小沢氏自身が原発推進なのは有名だと思っていたが、小沢一郎支持者のなかには意図的にデマを流しているものもあるようなので、あえて書いておこう。、
①東京電力会長、経団連会長をしていた平岩外四氏(故人)は、自民党時代に小沢一郎の後援会長になっていた。
②1993年総選挙で政権交代が実現し、細川政権が誕生した。
このとき、経団連は、財界政治を実現するために「政治改革」の断行を求めたわけであるが、それを後押しするために、「企業献金に関する考え方」(1993年9月2日、経団連会長・副会長会議)を発表し、従来行われていた自民党側への政治献金斡旋を翌年から中止した。
その時の会長は、奇遇にも(!?)平岩外四氏であった。
③小沢一郎氏は、1990年に「ジョン万次郎の会」をつくり、その2年後には「財団法人ジョン万次郎ホイットフィールド記念国際草の根交流センター」を設立していることを公表し、自慢しているようだ。
小沢氏のHPは、以下のように説明している。
私は、日米・日中の交流が不可欠なものと考えて、政治家としての公的な仕事とは別に自分自身のライフワークとして草の根レベルの国際交流活動を続けておりますが、そうした考えの下に日米交流促進の活動として1990年に「ジョン万次郎の会」を立ち上げ、皆様のご協力をいただいて1992年に財団法人ジョン万次郎ホイットフィールド記念国際草の根交流センターを設立いたしました。
同財団ののホームページには、役員名簿が公表されている。
それを見ると、今年4月現在であるが、会長は小沢一郎氏であり、顧問の一人が東京電力会長・勝俣恒久氏であることが明記されている。
なお、小沢氏と囲碁仲間の与謝野馨氏は副会長。与謝野氏は、大学卒業後、「中曽根さんの推薦する日本原子力発電に入社」している。
役員名簿
(平成23年4月現在)
会長
小沢 一郎
衆議院議員
副会長
与謝野 馨
衆議院議員
顧問
松永 信雄
元駐米大使
勝俣 恒久
東京電力株式会社 取締役会長
理事長
渡辺 泰造
元2005年日本国際博覧会日本政府代表
(元在インドネシア大使)
専務理事
貴田 昭一
株式会社ユネクス 代表取締役会長
理事
小沢 一郎
衆議院議員
平 辰
株式会社大庄 代表取締役社長
田口 俊明
トヨタ自動車株式会社
顧問
野村 吉三郎
全日本空輸株式会社 特別顧問
波多野 敬雄
学校法人学習院長・理事長
(元外務省国際連合日本政府代表部特命全権大使)
東 明彦
NTTコミュニケーションズ株式会社 理事・総務部長
槇原 稔
三菱商事株式会社 特別顧問
松尾 憲治
明治安田生命保険相互会社 取締役 代表執行役社長
三輪 信昭
衆議院議員・株式会社兼美 代表取締役 (以下、略)
また、同財団のホームページを見ると、「寄附協賛企業」に東京電力などの電力会社も含まれている。
寄附協賛企業一覧
(平成22年4月〜平成23年3月)
NTTコミュニケーションズ株式会社
キヤノン株式会社
四国電力株式会社
全日本空輸株式会社
株式会社大庄
トヨタ自動車株式会社
丸紅株式会社
三井住友海上火災保険株式会社
三菱商事株式会社
三菱食品株式会社
アイシン精機株式会社
愛知製鋼株式会社
曙ブレーキ工業株式会社
アサヒビール株式会社
イオン株式会社
株式会社関電工
キッコーマン株式会社
キリンホールディングス株式会社
住友化学株式会社
中部電力株式会社
株式会社デンソー
東京海上日動火災保険株式会社
東京電力株式会社
豊田合成株式会社
株式会社豊田自動織機
豊田通商株式会社
トヨタファイナンシャルサービス株式会社
トヨタ紡織株式会社
株式会社永谷園
株式会社ニフコ
日本郵船株式会社
日本ユニシス株式会社
パナソニック株式会社
日野自動車株式会社
株式会社ブリヂストン
明治安田生命保険相互会社
矢崎総業株式会社
つまり、小沢一郎氏が「反原発」「脱原発」「脱原発依存」であるはずがないのである。
むしろ、原発推進議員の有力な一人である。
(4)ちなみに、同財団のホームページを見ると、野田佳彦首相は「推薦の言葉」を寄せている(もう一人はルース在日米国大使である)。
野田佳彦 内閣総理大臣
日米同盟は日本外交の基軸であり,先般の東日本大震災では,米国からはトモダチ作戦から草の根活動に至るまで,様々な層から多大な支援が提供されました。こうした支援は日米関係が強固であることを特に明確に示しました。
日米間の草の根交流は日米同盟の礎を支える重要な要素の一つですが,財団法人ジョン万次郎ホイットフィールド記念国際草の根交流センターは,過去20回以上開催されてきた草の根サミット大会を通じて,両国国民間の相互理解と親善を深める重要な役割を長年にわたり果たしてきております。ここに,同センターの活発な活動に敬意を表するとともに,同センターの益々の御活躍及び御発展をお祈りいたします。
(5)小沢一郎氏は、東京電力の福島原発の事故処理では勇ましい発言をしているようだが、東京電力の責任を追及する発言を見聞きしたことはない。
むしろ、東京電力の責任追及を否定する発言なら、読んだことがある。
ウォールストリートジャーナル日本版2011年 5月 27日 12:58 JST
小沢一郎元民主党代表インタビュー:一問一答
(略)
Q:原発事故で事態をここまで悪くしないようにするために、政府がすべきであった決定や政策はどんなものがあったか。
A:こういう状況になると、東京電力の責任に転嫁したって意味がない。東京電力が悪い、あいつが悪い、こいつが悪いということを言っている。どうでもいいことならそれでいいが、原発の放射能汚染の問題は、ここまで来ると、東電に責任を転嫁しても意味がない。政府が先頭に立って、政府が対応の主体とならねばいかんというのが、私の議論だ。東電はもう、現実何もできないだろう。だから、日一日と悲劇に向かっている。
(略)
福島原発の事故は、これまでの自民党政権にも責任があるだろうが、当然、東京電力の責任である。
それなのに「東電に責任を転嫁しても意味がない」というのは、全く不可解な発言である。
多分、小沢一郎氏の本心は「東京電力には責任がない」と思っているのだろう。
そうでなければ、このような発言は出てこない。
(6)小沢氏は、先日(11月19日)評論家の田原総一郎氏と対談している。
2011年11月20日19時03分
提供:ニコニコニュース
東京・六本木のニコファーレで2011年11月19日、小沢一郎元民主党代表とジャーナリスト田原総一朗氏の対談があり、ニコニコ生放送「小沢一郎×田原総一朗 徹底生討論 『日本をどうする!』in ニコファーレ」として中継された。
その中で、小沢氏は、原発について、以下のような発言している。
田原総一朗「国を変えるには小沢一郎が総理になるしかない」 小沢×田原対談全文(後)
2011年11月20日(日)19時03分配信
(略)
角谷: もう1ついきます。こちらはニコニコネーム「ポン」さんです。「小沢さんの原発についての意見を聞かせてください」というお願いが来ています。
小沢: 40年近く前ですが、ちょうど僕が科学技術政務次官をやったんですよね。原発(問題)は、その時からボチボチ始まっていたんですが、これは日本だけではないんですが、最終の高レベルの廃棄物の処理方法というのは無いんですよ。
田原: 世界中、無い。
小沢: 無いです。ですから、この処理方法が見つからない限りは、原発にずっとおんぶしていくということは不可能なんです。だから私は最初から「原発は過渡的なエネルギーだ」と言ってきたんですが、そうやっているうちに、原発の依存度がどんどん高くなった。新エネルギー開発が十分でなかったという点については反省していますが、僕はやはり処分の技術ができない限りは、原発は過渡的なエネルギーとして新しいエネルギーに変えていくべきだと思います。
(略)
これを読んで、小沢氏の支持者は、小沢氏が「脱原発」あるいは「脱原発依存」だったと思い込むのかもしれないが、私はそうではない。
小沢氏のプロフィールをみると、科学技術政務次官を務めていたのは、今から35年前の1975年(昭和50年)12月 〜 1976年(昭和51年)9月のようだ。
35年から原発問題があることを自覚していた、というのであれば、なぜ、その時、あるいはまたその後自民党の役職や官房副長官を務めていながら、「脱原発」「脱原発依存」の言動をしてこなかったのか???
なぜ、小沢氏は新エネルギー開発を進める言動をしてこなかったのか??
なぜ、小沢氏は、民主党代表の時(2007年)、民主党の政策をより推進の方向へと舵をきったのか???
なぜ、原発に少しブレーキをかけただけの菅氏を首相から引きずりおろしたのだろうか???
なぜ、民主党代表選で原発推進の海江田氏を推したのだろうか???
なぜ、原発推進の野田首相を引きずりおろさないのだろうか???
小沢氏のこれまでの言動を考えると、小沢氏の対談での発言は、私には全く矛盾している発言であるとしか思えない。
得意の口から出まかせではなかろうか。
「私は最初から「原発は過渡的なエネルギーだ」と言ってきたんです」というのは、「過渡的」期間を何年であると説明しなければ、全く意味のない発言だ。
田原氏はこの点を突っ込んで質問していない。
(小沢一郎氏と対談・インタビューした評論家やフリーのジャーナリストは、小沢氏やその秘書に厳しい質問をしない。
だから、小沢氏らは厳しい質問がなされる記者会見を避け、そちらに出演するのだろう。)
(7)なお、「小沢一郎と東京電力「蜜月21年」」(週刊文春2011年6月9日号)では、私が書いたこと以外のことも書かれているようだ(インターネットで検索すると紹介しているものがある。ほかに、東京新聞の記事もあるようだ。)が、私は実際の紙面を見ていない。
(続く)



