- 2017年10月19日 19:43
〝インチキ治療〟さえ見過ごされる日本のがん対策の現状 - 勝俣範之 (日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授)
2/3増殖スピードが極めて速いがんの代表は、血液腫瘍に代表される白血病などであり、増殖スピードが極めて遅いがんの代表は、甲状腺がんや前立腺がんなどである。検診で緊急の治療を要さないがんが見つかり、過剰に治療されてしまうこともある。日本においても検診にはメリット、デメリットがあることを理解して推進していくことが必要である。
最善の治療「標準治療」とは
がん検診に限界があるため、「標準治療」を推進し、どこに住んでいても同じレベルでそれを受けられるように均てん化することが、がん対策のもう1つの要となる。標準治療とは、現在の医学で最善の治療である。これは、英語の〝Standard therapy〟を日本語に訳したものである。英語のStandardには、〝最善の〟という意味が含まれているが、日本語で、〝標準治療〟と言われると、〝並の治療〟の意味になってしまい、患者に、もっと良い治療があるのではないか? とよく誤解される。
日本において標準治療はがんに限らず診療ガイドラインに定められている。ガイドラインは、単に個人的な意見で決められたというレベルのものではなく、世界中のあらゆる医学文献をレビューし、複数の専門家(ときには、数十名にもなる)が系統的な手法をもって厳密に作成し、第三者による評価を経て、詳細に決められたものである。現在、日本語のがんの診療ガイドラインだけでも109が作成されている。
厚生労働省が、全国どこでも質の高いがん医療を受けられるよう指定している「がん診療連携拠点病院」の指定要件にも「各学会の診療ガイドラインに準ずる標準的治療などがん患者の状態に応じた適切な治療を提供すること」とある。
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(注)調査に参加したがん診療連携拠点病院及び地域がん診療病院における2012年の標準治療実施割合の抜粋 (出所)厚生労働省「がん対策推進基本計画中間評価報告書」を基にウェッジ作成 写真を拡大
しかし、厚労省の「がん対策推進基本計画中間報告書」(15年)によると、がん診療連携拠点病院における標準治療の実施率には、大きな施設間格差がある。やや専門的だが、大腸がん手術後の化学療法49・6%、乳房切除後高リスク症例への放射線治療33・1%、肺がん手術後の化学療法45%など、9項目の標準治療のうち実施率は最低33・1%から最大90・3%まで報告されており、低い実施率にとどまる標準的治療法が存在している。(右図)
また、05年と少し古いが淀川キリスト教病院腫瘍内科副部長の金容壱氏ほかの研究では、国立がんセンター東病院に紹介された患者のうち、乳がん治療のガイドラインに従っていたのは半数以下であったという報告もある。ガイドラインは合併症や患者個人の希望などを理由に実施されないこともあるが、それでも実施率が50%をきるような状態にはかなり問題がある。
国も推奨しているガイドラインの実施率が低いことはあまり知られていない。その原因は、がん薬物療法(抗がん剤など)の著しい高度化にある。がん薬物療法を専門とする腫瘍内科医(がん薬物療法専門医)の数は、外科の専門医が全国に2万2851人いるのに対し、1192人しかいない。結果、日本の臨床現場では抗がん剤などを外科医などが処方することになるが、最新の薬の副作用まですべてをカバーするのは難しい。腫瘍内科医を増やす取り組みも必要となる。
厚労省の報告は、ガイドラインに記載されている標準治療が、どのくらい実施されているか、がん診療評価指標(Quality Indicator:QI)を使って調査されたものである。QIは、がんの標準的な治療として実施すべき項目を細かく定め、その項目が適切に行われているかを調べる手法である。この報告の問題点としては、調査に同意したがん拠点病院のみの調査であり、参加を拒否した病院を含めると実際にはもっと悪かった可能性があること、また、DPC・レセプト(病院のコスト計算に使うデータベース)データのみでの解析であり、診療内容のすべてを評価できたわけではないことである。
こうした評価指標であるQIを公開することは、患者にとってみれば、信頼できる病院がどこか、すぐにわかるというメリットがある。また、病院にとっても、QIを高めることが医療の質を高めることにもなり、自分たちのメリットにもなる。日本ではまだ、QIを公表しようという動きは少数の医療機関のみにしか見られないが、QIを公表した施設のDPCの係数を加算するなどの制度作りも必要と思われる。
科学的エビデンスのない治療に注意を
日本の現状として、がん検診、標準治療推進の他に、もっと大きな問題がある。先進国のこの日本で、科学的エビデンスのない「インチキながん医療」が蔓延(まんえん)していることだ。
8月27日、臍帯血(さいたいけつ)を、アンチエイジングやがんに効くなどと言って、患者に使用していたクリニックの医師が、無届けで臍帯血を利用したことによる再生医療等安全性確保法違反容疑で逮捕されたことが報道された。この事件における問題の本質は、ガイドラインにまったく記載のない臍帯血治療が、自由診療として、高額な治療費で患者に行われていたことである。
患者の立場からすれば、自由診療で医師が行っているもので、ホームページで何千例の投与実績があり、効果や副作用などについての情報も詳細に記載があったら〝特別な治療〟であると誤解しないだろうか。このような〝がんに効く〟とうたって自由診療を行っている例は、インターネットで検索すると、無数に出てくる。免疫細胞療法、遺伝子治療、高濃度ビタミンC療法、水素温熱療法など、きりがない。私のところにも、こうした治療に高額の費用を支払うも効果がでず、セカンドオピニオンを求めに来る患者がたくさん来院する。その都度、正しい情報が伝わっていればと悔しい思いを抱く。
がんは難病であり、まだまだ治ると言い切れる病気ではない。標準治療にも限界があり、積極的な治療が困難になった患者は、〝何か良い治療がないか〟といった藁(わら)をもすがる思いで民間療法に頼ることは多い。
日本は皆保険の国であり、優れた治療があれば、すべて国が承認し、保険適用とされる。逆に言えば、国が承認していない治療は、効果が認められていない研究的治療なのであり、実用段階ではないこうした治療を受ける際は、必ず担当医に相談してほしい。
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