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- 2017年10月17日 08:48
イシグロ氏 文化勲章? 日本人は蒙昧と国際宣伝したいらしい。
朝方中央線にのっていたのですが、荻窪で乗ってきた20代と思われる女の子が、駆け込んできていきなり尻餅をつきました。ところが彼女、立ち上がる前に手にしてスマホをのぞき込んで書き込みを始めながら起き上がってきました。
恐らくはホームのエスカレーターでスマホいじっていて、列車が発車間際とわかって慌てて駆け込んできたのでしょう。これ、完全にスマホ中毒ですよね。
メンタルの面でも勿論なのですが、スマホの使いすぎは首に負担をかけるので頸椎症などの原因にもなるでしょう。また首の血流が悪くなるのであらゆる病気の原因になるかと思います。
まあそんな小言いってもウザがられるでしょうから何も言いませんでした。
しかし、列車の中はスマホいじっている人たちばかり。恐らく本もろくに読まないでしょうし、ネット情報にしてもPCの画面で見るより窮屈ですし、書き込みもしにくいので、長文の読み書き難しくなり、忍耐力も減退するかと思います。多少メンタルや健康を害するだけでなく、精神的に深刻な問題を抱える人もいるでしょう。
どこかでスマホに関する規制などを行う必要があるのではないでしょうか。
さて、本題です。
イシグロ氏が日本人であるか、否かというような議論の前に、ノーベル賞とったから文化勲章をあげましょう、というのは政府と、審議会が見識も無い、頭の悪い無能の集まりであると世界に宣伝するようなものです。
黒澤明や坂本龍一が海外で評価されると途端に「世界のクロサワ」とか「世界のサカモト」と日本のメディアもてはやす。これも同じでしょう。
美的感覚やセンスが皆無のOLがありがたがってヴィトンやエルメスのバッグやスカーフを買うのも同じです。
別にこれらのブランドのセンスや品質を理解しているわけではない。欧米で「偉い」「威張りが効く」と定評があるから、買っているだけです。本人にはファッショセンスなんか、皆無だったりします。
カネさえだせばセンスが買えると思っているわけです。
日本のアート界ではコレクターが自分の審美眼を信じて、新人の作品を買うことがすくないです。欧米で評価されたり、何かの賞をとった作家の作品を買いたがります。これが日本で新人が育たない理由の一つにもなっています。海外では新人を発掘して、人気になればその絵を売って利益を上げ、更にコレクションにつぎ込むという人も少なからずいます。
また海外ではアーティストが死ねば作品の価値や値段が上がるのが普通ですが、我が国では逆に下がったりします。それは画壇のボスに権力と権威があるから値段が上がって、死ねばそれが無くなるからです。
そんな作品に大枚はたくだけの価値があるでしょうかね?
ノーベル賞をとったから我が国でも勲章とか、●○栄誉賞とか、名誉県民にするとかいうのは、自分たちには文化を理解する能力も、感性も、センスもなく偉い白人の旦那方が褒めるものなら、牛のクソでも褒めますというようなものです。
自分たちの無能さを、そこまでして世間に宣伝する必要があるのでしょうか。
いい加減、海外で権威ある賞をとったから我が国でも表彰しようとか、勲章だそうとかいう土人根性から脱却して欲しいものです。こういうことをやっていると海外から尊敬されません。それともこういうのを「クールジャパン」というのでしょうかね。感性や品性、センスが寒すぎるという意味では確かにクールでしょうけどね。
恐らくはホームのエスカレーターでスマホいじっていて、列車が発車間際とわかって慌てて駆け込んできたのでしょう。これ、完全にスマホ中毒ですよね。
メンタルの面でも勿論なのですが、スマホの使いすぎは首に負担をかけるので頸椎症などの原因にもなるでしょう。また首の血流が悪くなるのであらゆる病気の原因になるかと思います。
まあそんな小言いってもウザがられるでしょうから何も言いませんでした。
しかし、列車の中はスマホいじっている人たちばかり。恐らく本もろくに読まないでしょうし、ネット情報にしてもPCの画面で見るより窮屈ですし、書き込みもしにくいので、長文の読み書き難しくなり、忍耐力も減退するかと思います。多少メンタルや健康を害するだけでなく、精神的に深刻な問題を抱える人もいるでしょう。
どこかでスマホに関する規制などを行う必要があるのではないでしょうか。
さて、本題です。
イシグロ氏 文化勲章? 「国家に功績」解釈分かれ日本人は自分の見識で人の能力を判断することができない。他人、特に権威ある筋が認めたものを無批判にありがたがる、という傾向があります。
https://mainichi.jp/articles/20171013/k00/00m/040/122000c
>ノーベル文学賞受賞が決まった長崎県出身の英国人作家、カズオ・イシグロさん(62)に今年度の文化勲章が贈られるかが注目されている。ノーベル賞受賞者には文化勲章が授与されるのが慣例だが、勲章の対象となる「国家に功績のある人」に、日本も舞台にした作品を英国を拠点に英語で執筆しているイシグロさんが該当するか、解釈が分かれるからだ。文部科学相の諮問機関・文化審議会で近く検討される。
イシグロ氏が日本人であるか、否かというような議論の前に、ノーベル賞とったから文化勲章をあげましょう、というのは政府と、審議会が見識も無い、頭の悪い無能の集まりであると世界に宣伝するようなものです。
黒澤明や坂本龍一が海外で評価されると途端に「世界のクロサワ」とか「世界のサカモト」と日本のメディアもてはやす。これも同じでしょう。
美的感覚やセンスが皆無のOLがありがたがってヴィトンやエルメスのバッグやスカーフを買うのも同じです。
別にこれらのブランドのセンスや品質を理解しているわけではない。欧米で「偉い」「威張りが効く」と定評があるから、買っているだけです。本人にはファッショセンスなんか、皆無だったりします。
カネさえだせばセンスが買えると思っているわけです。
日本のアート界ではコレクターが自分の審美眼を信じて、新人の作品を買うことがすくないです。欧米で評価されたり、何かの賞をとった作家の作品を買いたがります。これが日本で新人が育たない理由の一つにもなっています。海外では新人を発掘して、人気になればその絵を売って利益を上げ、更にコレクションにつぎ込むという人も少なからずいます。
また海外ではアーティストが死ねば作品の価値や値段が上がるのが普通ですが、我が国では逆に下がったりします。それは画壇のボスに権力と権威があるから値段が上がって、死ねばそれが無くなるからです。
そんな作品に大枚はたくだけの価値があるでしょうかね?
ノーベル賞をとったから我が国でも勲章とか、●○栄誉賞とか、名誉県民にするとかいうのは、自分たちには文化を理解する能力も、感性も、センスもなく偉い白人の旦那方が褒めるものなら、牛のクソでも褒めますというようなものです。
自分たちの無能さを、そこまでして世間に宣伝する必要があるのでしょうか。
いい加減、海外で権威ある賞をとったから我が国でも表彰しようとか、勲章だそうとかいう土人根性から脱却して欲しいものです。こういうことをやっていると海外から尊敬されません。それともこういうのを「クールジャパン」というのでしょうかね。感性や品性、センスが寒すぎるという意味では確かにクールでしょうけどね。



