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QWERTY理論からみたカタルーニャ分離独立問題:システム変更への「期待」とその功罪

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 10月1日、スペインのカタルーニャ自治州で分離独立の是非を問う住民投票が行われ、自治政府によると約90パーセントの賛成票が集まりました。これを受けて、10日にカタルーニャのプチデモン自治州首相がスペインからの独立を宣言するとも報じられていますが、スペイン政府はこれを認めない立場です。さらに、住民投票の投票率が約40パーセントと低調だったことが「独立支持」の結果につながったともみられ、8日にはバルセロナで分離独立反対のデモが行われるなど、カタルーニャでも意見は割れています。

 カタルーニャ以外にも、9月25日にはイラクのクルド人自治区が独立の賛否を問う住民投票を行い、世界的にほとんど注目されないものの10月1日には(フランス語が支配的な)カメルーン西部の英語圏住民が独立を宣言しています。これらはいずれも、現状の国家を維持することを大前提とする中央政府と対立しています。

 各地に広がる分離独立運動を突き動かすエネルギーには、現状の不合理への「不満」だけでなく、既存のシステムを変更することで得られる利益への「期待」もあります。その背景には、現在の国境というシステムがもともと完璧とはほど遠いことがあります。ただし、一般に人間は自分の「願望」を「期待」に投影しがちであるため、システム変更が「よりよい結果」をもたらすとは限りません

国境の偶然性

 現在ある国境線の多くは、太古から続くものでも、必然的なものでもありません。そのほとんどは歴史のある一時点で、その時の事情によって確定されたもので、しかも偶然の要素を含んだものになりがちです

 例えばスペインの場合、1469年にアラゴン王フェルナンド2世とカスティーリャ女王イサベル1世が結婚し、連合王国が形成されたことが、近代的なスペイン王国の土台となりました。逆に言えば、それ以前は「スペイン」というまとまりすらほとんどなかったといえます

 もともとカタルーニャは西ローマ帝国の一部でしたが、その崩壊の後、再びヨーロッパ大陸の大部分を統一したフランク王国の一部に組み込まれました。しかし、ピレネー山脈でフランク王国から離れていたカタルーニャでは9世紀以降、自治が定着し、バルセロナは中世ヨーロッパ屈指の商都として発展していったのです。

 カタルーニャが自治を失った転機は、イベリア半島でいくつもの小王国が覇を競うなか、隣のアラゴン王国が台頭してきたことでした。12世紀以降、アラゴン王国は地中海一帯に勢力を拡大させ、西フランク王国の後継者フランスを南方から脅かし始めます。

 1258年、フランスは正式にカタルーニャを放棄。入れ違いに、カタルーニャはアラゴンの支配下に段階的に組み込まれていき、さらに先述のようにアラゴンとカスティーリャが統合するなかで、「スペインの一部」とされたのです。

「スペインであること」の拒絶

 しかし、その後もカタルーニャには自治の気風が残りました

 アラゴン王の立法には「一方的に法を定める君主の権利」を否定する(ヨーロッパ最古の議会の一つである)カタルーニャ大法院の同意が必要でした。さらに、アラゴンとカスティーリャが統合した後も、それぞれの土地では独自の法体系が存続。カタルーニャの人々は、アラゴン王ファン2世に抵抗する内戦(1462-72)を起こすなど、しばしば中央権力とも対決したのです。

 20世紀に入り、スペイン内戦(1936-39)に勝利したフランコ将軍が率いるファシスト体制(1939-75)が成立。「スペイン・ナショナリズム」が高唱され、各地で社会主義者や民主主義者とともに少数文化も抑圧されるなか、カタルーニャでも独自言語のカタラン語の使用が規制の対象になりました。その一方でバルセロナを中心とする工業化は「スペインの奇跡」と呼ばれる1960年代の経済成長を支えたのです。

 その後、1975年にフランコが死去し、民主化したスペインでカタルーニャ州に自治権が付与されました。さらに、現在ではスペイン全体の15パーセントにあたる750万人の人口を抱え、その生産高はスペインのGDPの約20パーセントにのぼります

 こうしてみたとき、多くのカタルーニャの人々にとって、現在の国境が何が何でも維持すべきもの、必然のものと映らなかったとしても、不思議ではありません。スペイン全体に対する経済的な貢献度が高いことで、「自分たちの富が吸い取られている」という感覚が生まれることは、これに拍車をかけているといえるでしょう。

システム定着の偶然性

 カタルーニャのように国境や国家が不合理であることは、日本からみれば異質に映るかもしれません。しかし、世界全体を見渡せば、この事例は決して珍しいものではありません。

 国境や国家も人間社会の基盤となるシステムといえます。ただし、もともと広く普及・定着しているシステムそのものに合理性が乏しいことは、決して稀ではありません

 経済学者ポール・デーヴィッドは1985年に著した論文で「QWERTY」という造語を世に送り出しました。QWERTYとはパソコンのキーボードの左上の配列です。デーヴィッドは「なぜキーボードの配列がQWERTYなのか」という問題から、「物事の変化はそれ以前に起こった、偶然を含む経緯によって左右される」と論じました。

 パソコンのキーボードの配列は、かつての英語圏のタイプライターのものを踏襲しています。1880年代、タッチ・タイピングというタイプ技法が開発され、この指導をしていた学校がたまたま採用したのが、レミントン社が販売していたQWERTYの配列のものでした。

 それ以前、英語圏でも複数のキーの配列がありましたが、タッチ・タイピングがタイプ技法の主流を占めるにともない、QWERTYの配列が定着。市場での優位がQWERTYの定着を後押ししました。後にコンピューターが開発された時、既に主流となっているタイプ技法を転換することには大きな手間がかかったため、より効率的なキーボードの配列が発明されてからも、QWERTYの配列は「世界規格」の座に止まってきたのです

 つまり、あるシステムが他を凌駕した場合、それが常に優れているとは限らず、偶然によるところがあります。しかし、ひとたび支配的なシステムが生まれると、それが定着する傾向があります。このように、それまでの経緯によって、生まれる結果が左右されることを「経路依存性」といいます。

不合理なシステムとしての国家

 この観点からもはや当たり前のようにしてある国境や国家といったシステムをみると、それが必然のものと限らないといえます。

 近代国家は「国内にある民族や文化の差異を超える『国民』という結びつきをもつ人々で構成される」という考え方に基づいて成立しています。これは近代以降のヨーロッパで生まれた考え方ですが、「そうあるべき」あるいは「そういうことになっている」という、一種のフィクションとさえいえます

 つまり、近代の国家は人々が「共同のイメージの産物」に他なりません(ベネディクト・アンダーソンのいう「想像の共同体」)。言い換えれば、「ひとかたまりの国民がいる」ということは「事実」ではありません。このような不確実性を備えながらも、国境や国家といったシステムは、度重なる戦争の勝敗と、ローマ・カトリック教会など外部の権威に対する独立の希求によって定着してきました。

 ただし、「そういうことになっている」というフィクションは「あらゆる国民が公正に扱われる」ことによって説得力をもちますが、中央から不公正に扱われると感じる人々がいれば、逆に「作り話」としての側面が強くなり、これを拒絶する動きが生まれても不思議ではありません。実際、カタルーニャだけでなく、英国のスコットランドやイタリアの北部、ベルギーのオランダ語圏など、近代国家発祥の地であるヨーロッパでさえ分離独立運動が盛んなことは、これを示します。

 ヨーロッパでさえそうなら、イラクのクルド人やカメルーンの英語圏住民のように、ヨーロッパ以外の土地で「国家」や「国民」というフィクションを拒絶する動きが広がっていることは不思議でありません。アジア、中東、アフリカ、ラテンアメリカのほとんどの国境は、帝国主義の時代に列強によって植民地の区画として一方的に引かれたもので、現地に暮らす人々の文化的な共通性などを全く無視したものだからです

 その意味で、世界各地で分離独立運動が広がることは、格差、抑圧、差別といった、既存の国家や国境というシステムのなかで生まれがちな不公正への拒絶と表裏一体といえます(ただし、「新国家の樹立」に目的がある以上、国家や国境そのものでなく、あくまで現状の国境を否定していることになる)。言い換えれば、分離独立運動は現状の不合理なシステムの変更を求めるものといえます。

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