
「赤ちゃんポスト」と似て非なる“同業者”が登場し、賛否の嵐を巻き起こしている。「インターネット赤ちゃんポスト」がそれだ。
2014年に開設されたインターネット赤ちゃんポストの主な目的は、極めてシンプル。「わが子を養子に出したい母親」と「里親になりたい人」をマッチングさせることだ。NPO法人『全国おやこ福祉支援センター』(大阪市)の代表、阪口源太氏が同サイトを運営する。
サイトの利用方法は簡単だ。わが子を養子に出したい母親は、まずサイト上で専用のマッチングアプリ「こうのとり」の会員登録を行う。Eメールアドレスを登録し、パスワードを設定すればログインできる。
登録からマッチング、出産、引き渡しまで、実母に金銭的負担はなく、里親がすべて出す決まりとなっている。実母の出産前後の生活費や健診代、入院費やその他諸費用でだいたい100万円。加えてNPOの運営費として50万円。特別養子縁組のための弁護士費用で20万円。すべて合わせて200万円ほどになるという。
この金銭授受があるからこそ、インターネット赤ちゃんポストには「これは人身売買ではないのか」と非難が集中する。だが、インターネット赤ちゃんポストを介して里親となったAさん(42才 東京都在住)は喜んでいる。
「2012年から2年間不妊治療をしましたが、妊娠には至らず、出産は諦めました。でも、子供はどうしても欲しかったんです」
養子縁組について考えるようになり、児童相談所で里親登録認定の研修を受けた。里親になる資格は得たが、待てど暮らせど養子とマッチングしない。
「10年待つ人もいると聞いて絶望しました」(Aさん)
インターネット赤ちゃんポストの存在を知ったのは、昨年5月のことだった。
「すぐに会員登録しました。今年2月、阪口代表から電話をいただき、4月に出産予定の実母さんを紹介していただいたのです。東北在住のかたでしたが、夫と話し合って決断しました」(Aさん)
出産までの間、Aさんの元にはエコー写真や健診の結果などが送られてきた。引き渡し当日、Aさん夫婦は新幹線で東北へ。
「ずっと緊張していたのを覚えています。病院のロビーで待っているときもドキドキ、というか、ワクワクというか、…」(Aさん)
実母の意向で、里親との面会は行わないことになっていた。
「だけど、当日になって実母さんの気が変わったらしく、やっぱりお会いすることになりました」(Aさん)
実母はわが子を手渡すとき、「お願いします」とだけ言い、Aさんは「ありがとうございました」と答え、赤ちゃんと共に帰路についた。
「帰りの新幹線の中で、私と夫は会話もなく、ただおとなしく眠るわが子を見つめていました」(Aさん)
彼女が提供してくれた写真には、かわいらしい赤ちゃんの寝顔が写っていた。
「行政を通して里親を希望しても、その地域内でしかマッチングはしてもらえません。都内であれば都内だけ。
でもインターネット赤ちゃんポストは全国でマッチングが可能です。さまざまな批判がありますが、少なくともこのサイトがなければ私はこの子に出会えていません」(Aさん)
◆血の繋がっていない里親と里子の顔がいつしか似てくる
Aさんの指摘どおり、インターネット赤ちゃんポストの利用者が増える背景には、日本の里親制度の遅れがある。
里親希望者の行政上の窓口は児童相談所だが、ほとんどの職員が虐待児童の調査・保護活動に忙殺され、里親支援に労力を割けていない。国は早急な制度改革が求められているが、道半ばなのが現実だ。養子縁組の問題に詳しい日本社会事業大学准教授の宮島清氏が解説する。
「里親委託が増えている大分県や福岡市などでは、児童相談所に里親委託を担当する専任の職員を置いています。里親登録から子供を預けた後の支援までをNPO法人などに委託して成果を上げている静岡市などの自治体もあります」
海外に目を向けると、欧米諸国では養子縁組は一般化しており、アメリカでは日本の200倍以上となる年間12万件の養子縁組が成立している。
行政だけでなくNPOの養子斡旋業者も多数あり、新規参入の敷居も低い。世界をまたにかける養子斡旋事業者も数多く存在し、ブラッド・ピット(53才)とアンジェリーナ・ジョリー(42才)夫妻も海外から養子を迎え入れている。
「何が子供の幸せか」を考えて柔軟に対応する欧米の里親制度は、日本の遙か先を行っている。そもそも阪口氏自身、インターネット赤ちゃんポストを立ち上げるきっかけは、行政の限界を感じたことだった。
「私も長年夫婦で不妊治療をしてきましたが、子供を授かることができず、最後は養子を求めて児童相談所に行きました。でも、ここからが長い。多くは3年、5年と待たされます。そのうち年齢を重ねてどんどんマッチングの可能性が低くなっていく。晩婚化で不妊治療に臨む夫婦は増えましたが、出産を諦めて養子を求めようにも、その頃には年齢面でアウト。加えて無駄な里親研修制度に児童相談所の人手不足と、すべてが時代に噛み合っていない。この現状を打破したくて、インターネット赤ちゃんポストを設立したんです」(阪口氏)
毀誉褒貶にさらされながらも阪口氏の事業が盛況を極めるのは、時代の必然なのかもしれない。養父母に育てられた経験を持つ、医師で作家の鎌田實さんもこう語る。
「育ての親がいてくれたおかげで今のぼくがいます。慈恵病院では養子縁組した家族が年に1度集まる会が催されているのですが、血の繋がっていない親子なのに、なぜかみんな顔が似ているのだそうです。一緒に暮らし、抱きしめているうちに人は似てくるんです。
血の繋がりではない家族を、社会がもっとオープンに受け入れることができたなら、子供に恵まれない人たちの喜びにもなるのだと思います。インターネット赤ちゃんポストにも課題はありますが、救われた女性がいて、赤ちゃんの命が守られ、新しい人生を生きる人がいる以上、簡単に否定されるべきではない」
中絶件数が年間17万人を超える現在、阪口氏は次の目標を見据えている。
「来年は事業の全国展開を目指しています。もちろん目的はただ1つ。『命を救う』。それだけです」
※女性セブン2017年10月12日号