- 2017年09月23日 13:33
特集:解散・総選挙の大研究
2/2●「昭和の解散」から「平成の解散」へ
もっとも昭和に「大義なき解散」が横行したのは、55年体制下であったことと無関係ではあるまい。政権は常に自民党内でたらい回しされ、首相が変わっても大きな政策転換はないことが前提であった。そもそも派閥抗争が激しかった当時は、解散すること自体が容易ではなかった。1976年の三木内閣、1991年の海部内閣など、首相が解散を決意しても周囲がそれを許さなかった例もある。
理屈から言えば、首相は解散に反対する閣僚全員を罷免し、みずからが兼務して断行すればいいわけだが、なかなかそこまではできるものではない。当時の自民党は派閥の連合体であり、「幹事長は総裁派閥以外から出す」といった不文律もあった。今のように、首相の意向がそのまま政府と党に浸透する構造ではなかったのである。
1994年、小選挙区制度や政党助成金などを導入する政治改革4法案が成立し、「政権交代可能な二大政党制」が目標とされるようになると、さすがに恣意的な解散はやりにくくなる。世界的に見ても、小選挙区制をとる国では任期満了選挙が多いので、日本でも衆議院の任期は長期化するのではないか、などと当時は語られたものである。
事実、2000年の「神の国解散」(森内閣)は任期満了に近く、2003年の「マニフェスト解散」(小泉内閣)も3年4か月後である。2005年の「郵政解散」は、小泉首相が「郵政民営化に賛成か反対か」を国民に問うたものである。これだけはめずらしく解散に「大義」があったが、ほとんど例外的なケースと見るべきであろう。
問題はその次の2009年である。ときの麻生内閣は「リーマンショック」後の景気の急速な悪化に直面し、解散のタイミングを失うことになった。そのため、事実上の任期満了というべきタイミングで「政権選択解散」に踏み切ったのだが、結果は自民党の惨敗であった。ここに鳩山由紀夫・民主党政権が誕生し、自民党は下野することになる。
このときの経験が、自民党に「任期満了選挙は避けるべき」という強迫観念を残してしまった。事実、安倍首相は2014年秋には消費増税の延期と絡めて、トリッキーな形で抜打ち解散を決めている。2016年春にはG7伊勢志摩サミットの開催後に、衆参ダブル選挙の可能性を探った形跡もある。ちなみに麻生副首相が、過去に何度も早期解散を進言したと報道されていることは興味深い。ご自身の経験から、「任期満了選挙=(解散できなかった)首相の負け」と考えているのではないだろうか。
それとは逆に、「解散して選挙に勝った首相は、政権基盤が強くなる」のは当然の理と言えよう。歴代で2回解散している首相は、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の4人だけである。安倍首相もその仲間入りをすることになりそうだが、場合によっては史上初の「3回目」にも手が届くかもしれない。
●「解散権」を制限するのが時代の流れ?
しかし、わが国が「政権交代可能な二大政党制」を目指すのであれば、首相の解散権乱用は慎むべきだろう。言い換えれば、「普段は任期満了を旨としておき、よほどのテーマがあるときだけ解散して国民に信を問う」という「平成以降の新常識」の定着を目指すべきではないか。2014年秋や今回のように、「与党がより安全な勝ち方」を目指すために解散権を多用していると、野党がどんどん劣化して政界から緊張感が失われてしまう。
それでは「よほどのテーマ」とはどんなものか。他国の例になるが、今年春に行われた英国下院の解散・総選挙がそれに当たる。テリーザ・メイ首相はBrexitを確かな方針にするために、あらためて国民に信を問うた。確かにこれだけ重大な決定を、昨年の国民投票だけで決めてしまうのは不安が残る。その結果、保守党は過半数割れしてしまい、メイ政権は窮地に陥っているわけだが、こうした重大なテーマであれば解散権の正しい使い方と言ってもいいだろう。
ところで英国では、2011年に任期固定制議会法が成立し、①議員任期を原則5年とする、②不信任決議成立以外の解散を認めず、③ただし議会で多数の承認を得た場合はこの限りにあらず、という新ルールを導入している。元はと言えば、保守党のキャメロン首相が自由民主党を連立で抱き込むために導入した手法であったが、民主主義が目指す方向としては間違っていないだろう。
それでは、同じような法律を日本で導入したらどうだろうか。英国の場合は、ベースとなっているのが慣習法であるから新ルールがそのまま定着したが、日本の場合はつまるところ憲法を改正しなければならない。7条解散と69条解散が並立している現状は、誰がどう見ても未整理に過ぎるだろう。首相の解散権に一定の縛りをかける必要はありそうだが、そのためにすぐに打てる手は限られていると言えよう。
●安倍・超長期政権のゆくえ
既に安倍政権は、わが国としては破格の長期政権となっている。2006年から07年にかけての第1次安倍内閣の日々を合算すると、安倍晋三の首相在職日数は2097日(9月22日現在)となる。小泉純一郎(1980日)や中曽根康弘(1806日)の記録はとっくに超えて、戦後の首相では佐藤栄作(2798日)と吉田茂(2616日)に次ぐ歴代第3位である。
この夏には支持率低下にあえいでいたが、景気や株価が好調なことに加え、「北朝鮮の脅威」と「不甲斐ない野党」という毎度おなじみの追い風を受けて、何度目かの危機を脱しつつある。いつものことながら、北朝鮮の金王朝は安倍首相の強力なサポーターであるらしく、今回もミサイル発射と核実験という絶妙なアシストを決めてくれた。
それでは安倍超・長期政権は可能なのだろうか。ここで気になるのは、この国には不思議なジンクスがあって、「過去に年号を跨いだ長期政権はない」。年号が変わると、それから4~6か月後にかならず首相が交代しているのである。
*明治から大正:明治45年7月30日に明治天皇崩御。ときの第2次西園寺公望内閣は、大正元年12月21日に「2個師団増設問題」で退陣し、桂太郎内閣が誕生。
*大正から昭和:大正15年12月25日に大正天皇崩御。ときの第1次若槻礼次郎内閣は、昭和2年4月20日に「昭和金融恐慌」で総辞職し、田中義一内閣が発足。
*昭和から平成:昭和64年1月7日に昭和天皇崩御。ときの竹下登内閣は「リクルート事件」「消費税への不満」などが原因で平成元年6月3日に総辞職。宇野宗佑内閣へ。
筆者はこれが単なる偶然とは思えないので、来年末にも到来する「年号の変わり目」が、政治の変わり目になっても不思議はないと考えている。非科学的と言われるかもしれないが、政治とは本来そんなものだと思うからである。
- 吉崎達彦(かんべえ)
- 双日総合研究所取締役副所長・同主任エコノミスト。



