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「やりたいことと」と「やれること」

以下は、6月26日のエントリ「大学で『教授編集者』をやるということ」のコメント欄で、「微老なお年頃」さんが書かれたコメント(30日)に対する俺のレスです。長くなったので、独立したエントリにしました。


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>微老なお年頃さん



学生にとって、確かに将来の予測がつかない不安は大きいです。しかし一番の問題は、自分があこがれている「将来なりたい自分」と「自分が実際にできること(自分の能力・向き不向き)」が一致することは滅多にないのに、そこが見えてないことだと思うんです。



もちろん「やりたいこと」と「やれること」が一致すればこれほど幸せなことはないのだけれど、一致しないから多くの人が苦しんでいる。しかも「努力」することで「やりたいこと」に近づくことができるならまだ問題ないのですが(それは“向いている”範囲だと思う)、多くは努力以前の「才能」の問題だったりします。



たとえば、自分がフィギュアスケーターにあこがれていたとして、ある日突然自分のクラスに浅田真央が転校してきたら、「努力したくらいではどうにもならない才能の差」を目の当たりにして、普通は断念すると思うんですよ。そこで改めて、「自分に本当に向いている仕事は何か」を探し始めると思うわけです。



すると結局この問題は、若いうちに経験や見聞を積んで、「やりたいこと・やれること」の選択肢を増やしていくしかないと思うんですね。たとえば俺が知っている優秀なマンガ編集者には、大学くらいまではマンガ家を目指していて、実際にマンガを描いていた人が結構いるんですよね。でも在学中に持ち込みをしてケチョンケチョンにけなされたり、周囲に自分よりはるかにうまい人がいて、「自分はマンガ家には向いていない」ということを自覚したんだけども、それでもマンガに関わる仕事がしたいと考えて、編集者になった人がかなりいるんです。



俺自身の経験でも、俺は高校くらいまで漠然とマンガ家になりたいと思っていて、実際描いてもいたんだけれど、その後デザイン学校に入ったら一級上に藤原カムイがいて、「どんなに努力したところで、絵では絶対この男にかなわない」と思って断念して編集者の方向に行ったんですね。こういう経験のある人は結構いると思います。



ミュージシャンの細野晴臣も、小学校の頃はマンガ家にあこがれていたそうなんですが、同じクラスに『三丁目の夕日』の西岸良平がいて、一緒にマンガを描いているうちに彼がみるみるうまくなっていって、ある日「超えられない壁」を感じて断念した、とインタビューで答えていました。まあ細野さんの場合は、マンガと同じくらい音楽が好きで、そっちで成功したからよかったんですけど。これで「自分にはマンガしかない」と思い込んでいたままだと、やばかったんじゃないですかね。ノイローゼに陥るか、一生「挫折感」を感じて生きることになりますが、それって損な生き方だと思う。



しかし「自分を活かす道はマンガ以外にもあるんだ」と思えば、挫折を感じることはないわけでしょう。つまり「井の中の蛙」であっても、思い切って大海に出てみれば、おのずと別の道も見えてくると思うんですよ。



で、俺もマンガ家志望者が集まる大学で教え始めて、「マンガの仕事には、作家ばかりでなくて編集者って道もあるよ」と学生に言うんだけれども、たぶんピンと来ていないな、と思うことが多いんですよね。それって無理はないので、ほとんどの人は、マンガ家の仕事ならイメージできるけれどもマンガ編集者ってどういう仕事なのか、貧弱なイメージしか持っていないと思うんですよ。



だって本屋さんに行っても「マンガ家入門」みたいな本はあるけど「編集者入門」は売っていません。俺は今大学で「マンガプロデュース概論」という講義をしているんですが、これは「編集とは何か」を教える講義です。とりあえず俺の知っているマンガと編集者の関わりや、歴史的な名編集者のエピソードなんかを話しているんですが、それで編集という仕事が伝わっているのか、俺の講義によって編集者を志す学生が出てくるのかは、まだ自信がありません。もしかすると、編集者の仕事は、マンガ家以上に「教えづらい」ものではないかと思っています。



編集者って、結局作品そのものを作る仕事ではありませんしね。読者は作品を読んでマンガ家にあこがれることはあっても、姿の見えない黒子にあこがれる人はなかなかいないわけです。



しかし我々が読む「マンガ本」を、「作品(マンガ)」と「本(雑誌含む)」に分けて見るなら、作品を作る人がマンガ家で、本(雑誌)を作る人が編集者になります。どんなに傑作であっても、それが本にならなければ読者は読むことができないわけで、読者のいない作品というのは世間的には存在しないも同然なので、結局どちらが欠けても困る、重要な仕事だと思うんですよ。



もっとも、最近はコミケで同人誌を出すとか、ネットで作品を発表する人もたくさんいて、そういう人の中には「編集者は不要だ」と考える人もいると思うんですが、俺に言わせれば作品を何らかの形で世に出す以上、それは「マンガ家自身が編集者も兼ねている」状態なのだと思うわけです。



作品を描くのが作家の仕事で、それを世に出すのは編集者の仕事なんですよ。



だから、編集抜きで同人誌を作っていると思っている人は、知らないうちに編集者「も」しているわけです。同人誌もメディアですから、メディアを作る以上、それは編集者なんです。



これは、仕事として創作を考えるときには、基本中の基本だと思うんですが、そこを自覚的に考えている人が意外に少ないように思います。下手すると、作家や編集者自身、よくわかっていない人がいますからね。



話が逸れましたのでまとめますが、つまり自分が興味を抱いている世界であっても、さまざまな仕事があるわけなので、将来を考える学生は業界全体の構造をもっと知るべきだし、業界自体も、そうした裏方的な仕事の重要性と「おもしろさ」を、もっと積極的にアピールするべきなんですね。



それで大学という場所は、本来は知識や技術を教える場所であって職業安定所ではないんですけど、学生に対して「仕事の選択肢」を示すことくらいはしてもいいと思いますね。学生は、それを見て自分が本当に「やりたいこと」は何なのか、「やれること」は何なのかをじっくり考えればいいと思うわけです。

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