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なぜ今「クルド独立」か:対テロ戦争とIS台頭で加速した「国をもたない世界最大の少数民族」の挑戦

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 9月15日、イラクのクルド自治議会は、イラクからの独立の賛否を問う住民投票を9月25日に実施することを承認。住民投票が実施されれば、賛成が多数を占めると見込まれます。

 イラクやその周辺国に散らばって居住するクルド人は、かねてから独立を求めてきました。しかし、「9月25日の住民投票」に関しては、9月19日にイラク最高裁が延期を命じる暫定命令を出しており、それでも実施された場合にはイラク政府は軍事介入も辞さない構えです

 スペインからの独立をめぐる住民投票の実施がカタルーニャ州で求められるなど、国内の一地方や少数民族が独立を求める機運は世界的に広がっています。ただし、そのほとんどのケースは各国の内政であり、外国政府が賛否を論じることは稀です。

 ところが、クルド独立に関しては、イラク政府だけでなく、欧米諸国や周辺国も必ずしも好意的でない態度をみせています。それは、「クルド独立」が実現した場合、イラクにとどまらず、中東一帯に大きな変動をもたらすとみられるからです。

クルド人とは何者か

 クルド人はイラク、シリア、トルコ、イラン、アルメニアなどに居住しています。その合計は約2500~3500万人にのぼり、中東一帯で4番目に人口の多い民族といわれます

 その多くはイスラームのスンニ派で、クルド語など独自の文化をもちます。しかし、国家をもたないクルド人は「国をもたない世界最大の少数民族」とも呼ばれます。

 クルド人が暮らす地域はユーラシア大陸の要衝にあたり、古くから多くの帝国が勃興し、覇を競った土地でした。そのなかでクルド人は軍人として多くの帝国に召し抱えられる立場にあり、その居住地域の多くは16世紀以降オスマン帝国によって支配されました。

 しかし、第一次世界大戦後、オスマン帝国は崩壊。その混乱のなか、中東進出を加速させていた英国の支援のもと、クルド人たちはイラクでクルディスタン王国(1922-24)、南トルコでアララート共和国(1927-30)の建国を相次いで宣言しました。しかし、オスマン帝国の実質的な継承者であるトルコ共和国の軍事介入により、いずれも崩壊。それと並行して、近隣のイラクやシリアが独立するなかで、クルド人の居住地は分断されていったのです。

二級市民としてのクルド人

 居住する各国において、程度の差はあれ、クルド人は差別的な扱いを受けてきました。

 例えば、トルコ人中心のトルコで、人口(約8000万人)の15~20パーセントを占めるクルド人は「山岳トルコ人」と位置づけられ、独立以来トルコ政府はクルド語の使用やクルド名も禁じてきました

 アラブ人が多数派のシリアでは、クルド人は全人口(約2240万人)の10パーセント近くを占めます。しかし、1960年代からクルド人居住地域にアラブ人を移住させる「アラブ化」政策が進められるなど、シリアでもやはりクルド人は抑圧されてきました。

 これに対して、イラクでは人口(約3720万人)の15~20パーセントを占めるクルド人が1958年に少数民族として公式に認定されました。この点だけみれば、イラクにおけるクルド人の扱いはやや「まし」だったといえます。ただし、その自治権は中央政府に一貫して拒絶され続け、さらにクルド人が多く、大油田を抱えるキルクーク一帯が「アラブ化」されるなど、主流派アラブ人の風下に立たされてきました

 このような背景のもと、各国でクルド人は抵抗運動を組織。なかでもトルコでは、冷戦期の1978年にソ連の支援で結成されたクルド労働者党(PKK)が、トルコ政府への攻撃を開始。PKKはトルコだけでなく、米国をはじめ西側先進国から「テロ組織」に指定されています。

 その他、シリアやイラクでもそれぞれクルド人組織の武装闘争はみられましたが、いずれも政府から鎮圧の対象となり、イラクでは1988年にフセイン政権による毒ガス攻撃にさらされました

対テロ戦争とISの衝撃

 このような構図のもとでクルド人に鬱積していた独立願望は、対テロ戦争とIS台頭によって加速していきました

 2003年のイラク戦争後に採択されたイラク新憲法では、少数派の権利が擁護され、連邦制が採用されました。これによりクルド人居住地域も、それ以前より大きな自治権を獲得。これはイラクだけでなく、各国におけるクルド人の独立願望をさらに触発しました。

 ところが、イラクでは2005年の選挙を経て生まれたマリキ政権が、当初こそ民族・宗派間の融和を訴えていたものの、人口で多数を占めるシーア派を徐々に優遇し始めました。政府要職はマリキ氏の出身母体であるシーア派で固められ、クルド人と約束していた油田権益の引き渡しは先延ばしされ続けたのです。この状況はクルド人にとって、「フセイン時代から支配する宗派が変わっただけ」と映ったといえるでしょう

 この背景のもと、2014年にISがイラク、シリアで急速に勢力を拡大。これに対して、当初シーア派中心のイラク軍は後退し続けました。そのなかで、クルドの民兵組織ペシュメルガはISとの戦闘を重ねる一方、「ISの脅威」を大義としてキルクーク一帯を実質的に管理し始めたのです。

 戦争の勝利に貢献したグループが権利の拡大を求めることは、第一次世界大戦後の米国で戦時体制を支えた女性に参政権が認められたように、歴史の常です。これに照らせば、モスル奪還に象徴されるように、イラクにおけるISの勢力が衰えつつあるのと入れ違いに、IS包囲網の一角を担い続けたクルド人の間で独立への機運が一気に高まったことは、不思議ではありません。

イラク軍のラマディ総攻撃が仮に成功してもイラクの安定が遠い理由―「人間の盾」か、「政府への盾」か

イラクが直面する「モスル後」のシナリオとしての「スンニスタン」

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