記事

中国のない世界

問題は、なぜGoogleが中国からたたき出されたか、ではない。

グーグルのない世界 (内田樹の研究室)
中国政府の検閲の停止を求める交渉が決裂して、グーグルが中国から撤退することになった。

中国が、なぜ一歩も譲らなかったか、だ。

それを理解するには、中南海からの視点が必要なのだが、その視点を持とうとする先進国の「識者」が見当たらないので、能力の決定的な不足を承知しつつ私がそのまねごとをしてみることにする。

想像してみよう。たった今国境というものがなくなった世界を。

そこは John Lennon が
Imagine
で歌った世界では残念ながらない。チャンスを求めて都市に押し寄せてくる途上国の人々を追い返す国境がなくなった世界だ。都市にすむあなたならこの事態をどうするか。自由の名の下に彼らが来るにまかせるか。それとも何らかの口実を設けて彼らにご遠慮いただくか。

先進国において、これは単なる思考実験だが、中南海の人々にとっては、これこそが今そこにある現実なのだ。

中国人には、二種類ある。都市戸籍を持つ人とそうでない人だ。うち先進国の我々と接点があるのは前者だけだ。彼らの資本主義を見て我々は彼らが「同じ人々」だと思い込み、思い込むがゆえに彼らの自由主義の欠如に困惑しているが、そういう我々も途上国の人々を国境で追い払っていることを考えれば、実は同じ事をしているに過ぎない。

中国は日本を抜いて世界第二位の経済大国になった。というのは事実であると同時に錯覚である。何を錯覚しているかというと、中国が一つの国であるということだ。違うのである。中国というのは「世界」なのだ。3億人の「市民」と10億人の「農民」から成る。中国は世界の1/5スケールモデルであり、中国政府の決定というのは国家の決定というより「世界」の決定なのだ。その決定とは何か。それは「全世界の人々が、同等の権利を有することなどまかりならん」というであり、「市民と農民を隔てておくために必要な措置は他に優先する」ということである。

そしてこれは、スケールモデルでない方の、かっこぬきの世界の現時点における決定でもある。法による平等というのは、国単位のローカルなものに過ぎず、それぞれの国の民にどんな自由を保障し、そしてどんな自由を剥奪するかはそれぞれの国が勝手に決めてよい事になっているのだから。

そして、それぞれの国はそれぞれの国の不都合な真実をたがいにやりとりすることによって、その国の都合を守っている。
けれども、この協定違反による短期的な利益確保は、長期的には大きな国家的損失をもたらすことになると私は思う。それは「オリジネイターに対する敬意は不要」という考え方が中国国民に根付いてしまったからである。


画像を見る
中国貧困絶望工場
Alexandra Harney/漆嶋稔
[原著:The China Price]

しかしそれ以上に、先進国では「安価な労働に対する敬意は不要」だという考えが根付いている。これは安価にオリジナル商品を製造販売したい者にとっては極めて不都合が真実である。しかしありがたいことに、人の往来は不自由でも物の往来は自由である。だから安価にオリジナル商品を製造販売したいものは中国で物を作る。私がこの文章を書いているコンピューターは、Designed by Apple in California にして、 Assembled in China である。これほど高度な工業製品が先進国の平均的な--そのほとんどはイノベーターとはとても言えない--人々の月給に満たない金額で手に入るのは、中国のおかげなのだ。

その中国における実態がどうであるかを伺う事は、先進国にいても可能ではある。可能どころか当の中国人よりも簡単かも知れない。「中国貧困絶望工場」は先進国では読めても中国で読めるかは疑問だ。しかしそのことを知る義務すら我々にはないことになっているし、ましてや彼らの待遇に対する責任からは我々は完全に免責されている。
中国政府はこの「過渡的施策」を公式に放棄し、人間の創造性に対する敬意を改めて表する機会を適切にとらえるべきだったと思う。けれども、中国政府はすでにそのタイミングを逸したようである。創造的才能を「食い物」にするのは共同体にとって長期的にどれほど致命的な不利益をもたらすことになるかについて、中国政府は評価を誤ったと私は思う。

寝ても覚めても中国製品に取り囲まれている我々にそういう資格があるのだろうか。その資格がないことを、中南海の人々は知悉しているはずだ。だからこそ、彼らは断乎として「過渡的施策」を続けているのだ。中国の一人当たりGDPが先進国になったというのならとにかく、今は一桁少ない。そしてそれだけが可能にする安価な労働力に、我々先進国の住民はすっかり中毒になっているのだ。

結局のところ今回の事件は、中国がGoogleを必要とする以上に、世界--少なくとも先進国の我々が--が中国を必要としていることを再確認したに過ぎない。少なくとも中南海の中の人々はそう判断した。それだけのことである。

Dan the Yet Another Sinoholic

記事をブログで読む

トピックス

ランキング

  1. 1

    GoTo批判派に「楽なポジション」

    やまもといちろう

  2. 2

    尾身氏「緊急宣言のときと違う」

    BLOGOS しらべる部

  3. 3

    やる気ない安倍政権に怒る尾身氏

    メディアゴン

  4. 4

    昭恵氏が自殺職員妻に送ったLINE

    文春オンライン

  5. 5

    AV女優が避けられぬ「家族バレ」

    SmartFLASH

  6. 6

    ワークマン 陳列変え2倍売る秘策

    fujipon

  7. 7

    ハイターで消毒…教師たちの悲鳴

    鈴木博喜 (「民の声新聞」発行人)

  8. 8

    感染爆発ならGoToは世紀の愚策に

    木走正水(きばしりまさみず)

  9. 9

    新型EV「アリア」は日産を救うか

    片山 修

  10. 10

    中国の弾圧を見逃す感覚は捨てよ

    倉本圭造

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。