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板橋からのインデペンデンス・デイ 練馬区独立70周年

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昭和22年8月1日 ついに練馬区が独立


現在の練馬区役所
7月1日、ついにこの日がやってきた。

板橋区議会で上野徳次郎議員から、練馬区新設促進に関する緊急動議が提出され、起立多数で可決された。

でも喜ぶのはまだ早い。

独立が成ったあと、板橋・練馬それぞれの税負担が増すのではないか。

心配事はそこに集約されていった。

そこで独立推進派は『もともと財源の多くは都からの交付金で賄われているので、練馬が区として独立したからといって急に負担が増えることはない』と説明し、練馬・板橋両地域はこれで納得した。

練馬区設置期成会は最後の詰めにかかった。

代表者は独立促進大会の決議文を携え、食糧難の時代に練馬大根など地元の野菜を大量に用意。トラックの荷台に詰め込んでは有力政治家たちを夜討ち朝駆けで陳情し続けた。

この時の『実弾』として使われた練馬の名産・練馬大根といえば江戸時代、徳川5代将軍綱吉が病気療養中に大根の種を練馬で栽培させた練馬大根伝説が有名で、将軍家からも大切にされている誉れ高い作物であった。また当時の朝鮮通信使は練馬大根を江戸土産として持ち帰り、日朝友好にも一役かっている。明治期には沢庵漬けとして海外にも輸出されるなど、日本全国のみならず海を渡って地域を支え続けてきた練馬大根。それが戦後は独立運動をも助けるとは。

大根、すごいぞ!

話を戻して、食糧事情の悪い中、煮てよし漬けてよしの練馬大根が陳情先の人々の胃袋を大いに刺激したことは想像に難くない。

昭和22年7月22日。

ついに内務省から板橋区に特別区設置に関する区議会の意見を提出されたしとの通達がきた。そこで開催された区議会では板橋地区選出議員からも賛成の意見が多数上がった。

『担税の問題で練馬独立に躊躇しましたが、板橋よりも練馬・石神井の方が担税力が強いということで安心しました。よって本案に賛成』

練馬は土地持ちが多かったから。

これで話はまとまった。

昭和22(1947)年8月1日、東京都23番目の区・練馬区が誕生した。

今でも虫の音が響くのんびりした練馬区にも、15年もの長きにわたる住民運動で独立を勝ち取った激しい時代があったとはと、改めて驚かされた。

「板橋からの独立」というワードにぷっと噴き出していたが、ごめんなさい。地元の歴史を調べる機会を得て、今では練馬を誇りに思う。

さて、今回はマンパワーと大根で成し遂げた練馬独立を振り返ってみたが、次は経済面から練馬の独立を後押ししたものは何だったのかを検証してみたい。

またいずれ近いうちに。

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