記事

「水爆保有」北朝鮮クライシス(1)まだ完成していない「国家核武力」 - 平井久志

2/2

「国家核武力はまだ完結せず」

 興味深いのは、北朝鮮が米国を核攻撃できる核兵器装着ICBMを完成したとは断言していないことだ。核兵器研究所の発表は、「ICBM装着用水爆実験での完全成功は、(中略)、国家核武力完成の完結段階の目標を達成する上で実に意義のある契機となる」ものであり、今回の核実験は、国家核武力の「完結段階」への「意義ある契機」である、という内容だった。つまり北朝鮮は、米国を攻撃できる核武力の完成目前の水準まで到達したが、まだ完結していないと言っているのである。

 北朝鮮の「目標」は、核兵器とICBMが結合することだが、ICBMの大気圏再突入技術はまだ完成していない、との見方が優勢だ。北朝鮮の発表が「完結」していないと表現しているのは、まだ獲得しなければならない技術があるということだ。これは「完結」に向けて、北朝鮮の軍事挑発がさらに続くことを意味する。だが、その旅程はあまり残っていない。

予想を超えた核兵器技術の進展

 北朝鮮は、昨年1月と9月に2度の核実験を行った。昨年9月の核実験から1年も経っていないため、核兵器の技術的な開発はそれほど進行していないとみられ、6回目の核実験は、技術的な理由よりも政治的な理由で行うのではないかと考えられていた。筆者は、中国はミサイル開発よりは核実験により神経質になっており、中国による石油供給削減などを考えると、すぐに核実験をやる可能性は低いと考えていた。核実験をやるかどうかは「政治的なカード」であり、核実験はいつでもできるが、北朝鮮がそのカードをそんなに早く切る可能性は低いと考えた。しかし、この見方は誤りであった。

 筆者は9月3日朝にサイトに上がった党機関紙『労働新聞』の1面を見て、「見方を誤っていた」と自覚した。その記事は先述のように、金正恩党委員長が核兵器研究所を訪問し、兵器事業を指導したという内容だった。金委員長は「新しく製作した大陸間弾道ロケット戦闘部(弾頭部)に装着する水爆を見た」(カッコ内は筆者補足)とし、新たに開発された水爆の写真が掲載されていた。

 記事は「われわれの核科学者、技術者は初の水爆実験(4回目核実験)で得た貴重な成果に基づいて、核戦闘部としての水爆の技術的能力を最先端水準でより更新した」とし、「核爆弾の威力を打撃対象によって数十キロトン級から数百キロトン級に至るまで任意に調整できるわれわれの水爆」と報じた。

 北朝鮮が「水爆」を公表した以上、金正恩党委員長はまもなく6回目の核実験を強行するだろうと考えた。だが、核実験は予想を超えるスピードで強行された。核実験は、北朝鮮の『朝鮮中央通信』が金党委員長の現地指導を報じた約6時間後に強行された。

 北朝鮮はミサイル部門だけでなく、核兵器開発の分野でもわずか1年で「ICBM装着用水爆」の製造に成功した可能性を排除できない。予想を超えた核兵器技術の発展だった。

洪承武、李ホンソプが説明

 金正恩党委員長の「水爆」視察で注目されたのは、洪承武(ホン・スンム)党軍需工業部副部長と李ホンソプ核兵器研究所所長だった。北朝鮮の報道では、金党委員長の現地指導に同行したのは「党軍需工業部核心幹部と核兵器研究所学者たち」と、具体的な固有名詞を報じなかったが、北朝鮮が公表した写真で2人が「水爆」を金正恩党委員長に説明する姿が確認された。

 洪承武副部長は、核兵器研究部門の責任者とみられている。北朝鮮は2013年2月12日に3回目の核実験を行ったが、これに先だって核実験実施を決定したとされる同年1月末の「国家安全・対外部門の幹部協議会」に、党副部長ながら出席していた人物だ。昨年5月の第7回党大会では党中央委員に選出された。今年に入ってほとんど北朝鮮メディアに登場することがなかったが、6回目の核実験直前の金正恩党委員長の「水爆」現地指導部に登場し、依然として核兵器開発の中心にいることが確認された。

 李ホンソプ所長は前寧辺研究所所長で、原子力総局の顧問も務め、核兵器研究所の所長として核兵器開発の中心にいる人物だ。2010年9月の第3回党代表者会で党中央委員候補に選出されている。2人とも国連の制裁対象人物でもある。

各国関係当局は予測か?

 今回の核実験を、日米韓当局は予測していたのだろうか。

 韓国の情報機関、国家情報院は8月28日、非公開の国会情報委員会で、豊渓里核実験場の第2坑道、第3坑道で「核実験の準備が完了した状態だ」と報告していた。

 また、韓国国防部の徐柱錫(ソ・ジュソク)次官は8月31日の国会国防委員会での答弁で、北朝鮮は「常時(核実験を)やる準備ができている」とし、北朝鮮が6回目の核実験をやるなら「今回は北韓(北朝鮮)が主張する水素爆弾か増幅核分裂弾(ブースト型原爆)で、相当に強力な威力を見せるとみられる」と正確に予測していた。

 韓国の気象庁は、過去5回は、核実験の30分以上後にメディアに核実験とみられる人工地震を発表していたが、今回は実験のわずか7分後に発表した。気象庁は5回目の核実験で発表が遅いと批判を受けたので、青瓦台などに報告すると同時にメディアに発表するようにシステムを変えたためとしているが、手際のよい発表に、かなり事前準備をしていたのではないかという見方も出た。

 安倍首相とトランプ大統領が2日連続で電話会談をしたのも異例だ。電話会談の内容は公表されていないが、核実験が切迫しているとの情報があり、これへの対応協議もあった可能性もある。なお安倍首相は、ミサイル発射のあった8月26日、29日の前日は公邸に泊まっていたが、9月2日は富ケ谷の自宅に帰っていた。

 韓国側の今回の比較的迅速な対応は、事前に「3日強行」を予想していたというよりは、「何時あっても不思議はない」と警戒を強めていたためであろうか。

電磁パルス攻撃まで計画

 北朝鮮の脅威は拡大するばかりだが、金正恩党委員長の核兵器研究所への現地指導では新たな「脅威」にも言及した。

『労働新聞』は「数十キロトン級から数百キロトン級に至るまで任意で調整することが可能なわれわれの水爆は、巨大な殺傷・破壊力を発揮するだけでなく、戦略的目的に応じて高空で爆発させ、広大な地域に対する超強力EMP(電磁パルス)攻撃まで加えることのできる多機能化された熱核戦闘部である」と威嚇した。

 小型の核爆弾が上空で爆発した場合でも、広範囲に電磁パルスが発生し、電子機器を無力化させる可能性がある。軍の兵器運用に支障が出るだけなく、航空機や医療など民生分野での情報システムが破壊される危険性もある。

 韓国の『聯合ニュース』は、「ソウルの100キロ上空で10キロトンの核爆弾が爆発した場合には、電磁パルス被害は半径約250キロに及ぶという分析もある」と伝えている。

「火星14」に水爆装着の図面

『労働新聞』1面に掲載された、「水爆」の説明を受ける金正恩党委員長の写真では、「『火星14』型核弾頭(水素弾)」というタイトルと、ミサイルの弾頭部分とみられる図面が掛かっていた。金党委員長が見ている「水爆」が、ICBMである「火星14」の弾頭部分に装着される計画であることを示唆しているとみられる。

 同紙によると、金正恩党委員長は「われわれの核兵器の兵器化水準を党の提示した完結段階へと引き上げるために血潮たぎる闘争を展開してきた原子力部門の科学者、技術者、労働者、軍人と幹部らは、党の並進路線を最強の核爆弾で奉じていくわが党の頼もしい『核戦闘員』」と称えた。

 ここでも、金党委員長は「核兵器の兵器化水準」を「完結段階」に引き上げるとしており、現在の状況はまだ「完結段階」ではないとの認識を示している。「核兵器の兵器化水準」とは、核兵器をICBMに装着して米本土に到達させる状況を作り出すことであろう。その意味では、ICBMの大気圏再突入の技術などが、まだ完成していないことを認識しているのかも知れない。

核実験を組織決定

 9月3日午後3時の核兵器研究所の発表に先立ち、北朝鮮は、9月3日午前に党中央委員会政治局常任委員会を開催し、決定書「国家核武力完成の完結段階の目標を達成するための一環として大陸間弾道ロケット装着用水爆実験を行うことについて」を採択した、と報じた。さらにこの決定書に基づき、金正恩党委員長が核実験を行う命令書に署名したとして、その命令書を映像で報じた。

 党政治局常務委員会には金正恩党委員長のほか、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長、黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長、朴奉珠(パク・ポンジュ)首相、崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長の党政治局常務委員の5人全員が参加した。北朝鮮が、核実験実施を党政治局常務委員会で決定するのは初めてだ。

 核実験を党政治局常務委員会の機関決定という形で行ったことは、それだけ今回の核実験を重視していること示すものだが、やや形式主義的なものも感じる。

 公表された映像では、会議のテーブルの上で資料を置いてあるのは金正恩党委員長の前だけで、他の4人の常務委員長はメモを取るだけである。

 常務委員会で協議をするのであれば、当然地位の低い者が資料に基づいて報告をし、その上で討論が行われるだろう。しかし、この常務委員会のスタイルは、金党委員長が、別の担当者が準備した資料に基づいて、核実験実施を他の常務委員に「通告」し、他のメンバーは金党委員長の「お言葉」をメモする、という形で会議が進行したことを物語っている。

 報道では核実験実施の決定に先立ち、「現在の国際政治情勢と朝鮮半島につくり出された軍事的緊張状態が分析、評価された」とされているが、この会議で十分な「分析、評価」が行われたのだろうか。(つづく)

【本稿は5回に分けてお届けします】

あわせて読みたい

「北朝鮮」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。