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選択肢がなければつくりだす。自分たちで変えられるという公共性の感覚こそが自由と民主主義の本質だと思う - 「賢人論。」第44回望月優大氏(後編)

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「I WILL VOTE」は“公共性の感覚”のスイッチを入れるための取り組みだった

みんなの介護 その一環として望月さんは以前、若い世代に選挙での投票を呼びかける「I WILL VOTE」という取り組みをなさっていましたね。

望月 あの取り組みは、あくまでも「入り口づくり」のつもりだったんです。選挙に行くことで「公共性の感覚」のスイッチのようなものが入れば、高まった関心に従って何かを読むようになるとか、書くようになるとか、イベントに顔を出してみるとか、そういう新しい行動のきっかけになるかもしれないと思っていました。

みんなが「選挙なんて行っても意味ないよね」とか「どうせ社会なんて変わらないでしょ」と思っていると、実際にそうなってしまうという自己成就的なスパイラルにはまっていく。それを変えるひとつのきっかけとして選挙への参加というものを捉えていました。

みんなの介護 経済産業省の若手有志が出して話題になったペーパーに対して、望月さんがブログで反論を書かれて多くの人に読まれていましたね。

望月 とある問題に対してさまざまな制約がある中でも、何らかの解決策を見つけていかなければならない。そうした状況では「選択肢を出す」ことと「話し合う」ことがとても大切だと考えています。間違っても「こういう制約があるので、解決するにはこの道しかありえません」という論理や議論の仕方には抗いたいと思っていて。他の可能性がありえるという発想を押しつぶしてしまうじゃないですか。

みんなの介護 「別の選択肢もあるでしょう」と反論したり、議論し続ける余地が残されていることが大切なんですね。

望月 話題になった資料に書いてあったことを自分なりに要約すると「とにかく日本は借金が多い。高齢化も進み、介護、年金、医療など社会保障の費用もかさんでいる。高齢者向けの出費だけがどんどん増えているので、財政規律を守りつつ若い人にもお金を回すにはその部分をもっと効率化するしかない」ということでした。

加えて特に問題だと感じたのが、高齢者の「死」のあり方について、「自己決定」や「自由」の論理を持ち出して語られていたことです。「若い人のためにもっとお金を使う」という部分にはもちろん賛成ですが、社会的に弱い立場にある高齢者の方々に「自由」の論理を使いながら生死に関する「自己決定」を迫るという考え方には賛成できませんでした。

人の生き死にに関わる部分、普遍的な価値観に関わるような部分については、どんなに厳しい制約があったとしても、ギリギリまで選択肢を編み出し続けなければいけないと思います。政府や権威のある人によって「この道しかない」という考えが示されるのであれば、「本当にそれ以外の選択肢はないのか」という問いを誰かが発する必要があるし、それによって開かれる自由の空間や公共性の感覚があると思っています。

誰かから複数の選択肢が与えられているかどうかということよりも、自分たち自身で今とは別の選択肢をつくりだせるかどうか。そこにこそ民主主義が本来もっている可能性があると思うし、「自由」という言葉で問われていることもそこにあると私は考えています。

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