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「非モテ」から「リア充 氏ね」へ――マジョリティ化するルサンチマン

 非モテ男性が集うコミュニティといえば、今では『非モテSNS』が比較的有名だが、数年前までは『はてなダイアリー』が非モテ男性の溜まり場になっていたし、さらに遡って2001年頃は『テキストサイト』が非モテ芸の中心地だった。そのことを覚えている人は、今ではもう少ない。
 
 こうした、非モテの過去から現在についてまとめた同人誌が出ているというので読んでみた。『奇刊クリルタイ』という小規模な同人グループながら、今回は速水健朗さん*1や森岡正博さん*2らをゲストとして招くなど、頑張っているようだ。
 
 この同人誌を読み終わって、私は、さいきん薄々感じていたことをようやく意識化できたような気がした。それは、「非モテ」というのはどうやら終わったらしい、ということだった。
 
 
かつて「非モテ」というアイデンティティが存在していた

 
 数年前、「非モテ」はそれを自称することによって、とにかくも何かアイデンティティを得られるような、そういった雰囲気で使われ方をしていたと記憶している。『非-モテ』という語義のとおり、「非モテ」という言葉は基本的にはネガティブなニュアンスを帯びてしまうので、得られるアイデンティティはお世辞にも立派なものではないかもしれない……けれども、アイデンティティが空っぽのままよりはマシだし、同じアイデンティティを持った人間同士の交流が可能かもしれない……という期待のようなものが、インターネットのあちこちで膨らみかけていた時期が確かにあったと思う。
 
 けれど、“非モテを名乗ってアイデンティティを得よう”という動きは今じゃあんまり見かけない。『非モテSNS』が出来たので、当事者意識を持った人同士がコミュニケートする受け皿は既にあるにせよ、その外に向かって非モテを認めろとか、アイデンティティを認めろとか叫ぶ声は聞こえてこない。『はてな匿名ダイアリー』や『2ちゃんねる』などには、今でも自称非モテの書き込みがあるけれども、こうした匿名メディアへの書き込みでは、承認欲求は集めやすいかもしれないにせよ、非モテとしてのアイデンティティを確立・内在化するには向いていない。
 
 やはり、アイデンティティとしての「非モテ」は終わったと言ってしまって差し支えないのだろう。まあ、「非モテ」なんてものをアイデンティティにしたところで、あまり幸せになれそうもないのだから、それでいいんだと思うけれども。
 
 
「非モテ」の次は「リア充 氏ね」

 
 では、「非モテ」の次になにが来たのか?この同人誌の巻末、加野瀬未友さんは、「リア充」という単語に置き換わったのではないか?と指摘している。

「非モテ」という言葉の求心力が薄れたのって「リア充」が広まったからなんだろなー。自意識を語るより、敵を作って糾弾するほうが連帯しやすいもの
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20091129/khuriltai

 
 確かに。
 非モテを自称するよりも、自分が嫉妬や羨望を抱く対象を「リア充」とみなして「リア充 氏ね」と叫ぶほうが遥かに容易い。非モテを自称するには、それなりに自分自身が悲惨な境遇でなければならないような気がするし、「お前みたいなやつは非モテじゃない」的なうるさいことを言われる可能性もある。しかし、「リア充 氏ね!」にはそんな心配は無い。彼女がいても、お金があっても、友達には恵まれていても、ある局面ある事象について嫉妬や羨望さえ持っていれば、「リア充 氏ね!」と仮想敵を叩いてエモーショナルな満足にありつける。
 
 「非モテ」という言葉には、まだアイデンティティの内在化とか、自意識の振り返りみたいなものがあった。だが「リア充 氏ね」にはそういうものすらなくて、あるのはその場その瞬間の、嫉妬や羨望だけでしかない。だから「非モテ」は24時間「非モテ」でなければならないが「リア充 氏ね」にはそういう制約は無いし、自意識を振り返る必要も無い。気楽に使いやすい言葉としては、「リア充 氏ね」のほうがずっと優れている。
 
 こうした背景があるせいか、「リア充」という言葉は、グーグル検索では既に「非モテ」という言葉よりも遥かに多く引っかかるようになっている*3。ネットスラングとしても、既に「非モテ」という言葉は死に掛かっていて、「リア充」という言葉が台頭してきているのがみてとれる。
 
 
マイノリティとしての「非モテ」、マジョリティとしての「リア充 氏ね」
 
 それにしても、「リア充」というカジュアルな嫉妬と羨望の言葉の台頭をみていると、ろくでもないなぁと思わずにはいられない。
 
 かつての「非モテ」には、世の中の多数派の価値観や競争から爪弾きにされているというマイノリティな意識があったし、まただからこそアイデンティティの仮設場所としての意義を持ちえた。けれども「リア充 氏ね」という言葉はそうではない。誰でも彼でも、嫉妬と羨望さえあれば口にすることが出来るし、そこにはマイノリティという意識は存在しない。そして「リア充 氏ね」という言葉は、当人の人格やアイデンティティと接点を持つことすらなく、その場のエモーションを満足させるためだけに発せられ、数分もすれば意識から忘却されてしまう。
 
 おそらく、ルサンチマンのマジョリティ化・カジュアル化が進行している。
 
 であれば、マイノリティという自意識をあらわす「非モテ」という言葉が流行らなくなり、マジョリティな嫉妬や羨望のエモーションをあらわす「リア充 氏ね」という言葉が台頭してくるのも当然というべきか。2009年現在のインターネット界隈において、ルサンチマンは、一部の凝り固まったマイノリティな自意識じゃなく、もうマジョリティと言って差し支えない感情なのだろう。
 
 これって、「非モテ」が一部の人間に強烈に意識されていた時代よりも、ずっとヤバそうにみえる。嫉妬や羨望の感情がマジョリティ化して、その感情をカジュアルに表現できる言葉が流行する(それも、若い世代でこそ流行する)って、この国はどんだけ病んでるんだ?それとも、もともと病んでいたものが、単にこうやって可視化されるようになってきただけなんだろうか?ともあれ、夜明けはまだまだ遠そうだ。

*1:注:著書は『ケータイ小説的。』など

*2:著書は『草食系男子の恋愛学』など

*3:2009年12月現在、307万件vs182万件

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