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シュタインズゲートを絶対に手放さない牧瀬紅莉栖 (ネタバレ記事)

 ひとつの選択肢を選ぶということは、他の選択肢を選ばないということ。一つの未来を選んだということは、他の可能性を選ばなかったということ。しかしどういう未来を選んだとしても、意味を帯びない選択など存在しないし、未来に何が待っているかは常に分からない。そういった当たり前のことをシュタインズゲートは教えてくれる。

 とりわけ、メインヒロインの牧瀬紅莉栖は教えてくれる。

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Steins;Gate(シュタインズ・ゲート)(通常版)



 ※以下は『シュタインズゲート』のネタバレしまくった記事です。未プレイの方はご注意を!

ベタな主人公目線に降りてみたときのシュタインズゲートの風景
 もし、シュタインズゲートの全シナリオをメタな神の目線――プレイヤー目線――で眺めるなら、いわゆる最終シナリオに相当する『境界面上のシュタインズゲート』までの一本道、ということになるだろうし、ラボメン全員の生存可能性がみえている最終シナリオこそが“正解”という風にみえるかもしれない。少なくともこのシナリオのラストシーンでは、牧瀬紅莉栖も椎名まゆりも生存しているわけだから、メタなプレイヤー目線で眺める限りは『境界面上のシュタインズゲート』こそが“正解”とみたくなるかもしれない。

 しかし、ベタなキャラクター目線――つまり、オカリンの目線に立って――考えるなら、『境界面上のシュタインズゲート』だけを“正しい選択”とは到底言えないし、『境界面上のシュタインズゲート』だけが未来可能性を残しているわけでも無い。全部のシナリオをプレイし終わったプレイヤーはメタな神の目線を持っているので、「全員の生存可能性のあるルートが存在する」という前提で考えてしまいがちかもしれないが、その場その場のオカリン自身にとっては、どの選択肢を選んだ場合であっても未来に何が待っているかは分からないし、その分からないなかでベターを模索するほかない。「各ヒロインのエンディングシーンから先の未来に何が待っているかはわからない」という点に関する限り、『境界面上のシュタインズゲート』も他のシナリオも等価だし、どの選択肢をベターとして選んだとしても、オカリンは「最善の選択肢を捨てた可能性」に対する思いを背負わずにはいられない。また逆に、自分が選んだ選択肢が本当に最善だったかどうかは、『境界面上のシュタインズゲート』を選んだ場合でさえもわからない。

 先の分からない未来を選ぶということ、つまり“運命石の扉”の選択とは、そういうものなのだ。

 シナリオ分岐の選択肢のうち、鈴羽シナリオ、フェイリスシナリオ、ルカ子シナリオに関しては、メタなプレイヤー目線からみればあまり良くない選択のようにみえるかもしれない。しかし、ベタな岡部倫太郎の目線に降りて眺めたとき、果たして、それらのシナリオを消極的選択と言い切れるだろうか?最善を模索しなかったと断罪できるだろうか?そんなことは無いだろう。それに、仮に消極的選択の結果として掴んだ未来だとしても、選んだことに伴う意味や責任はかならず追いかけてくる。例えば、仮に「鈴羽と一緒に過去に跳ぶ」という選択が逡巡や気の迷いによる選択だったとしても、オカリンは選択後の未来に対して、意味も責任も背負うことになるし、背負わないことなど許されない。

 このあたりを最もはっきり描写しているは、ルカ子シナリオの終盤、オカリンと紅莉栖のやりとりである。「まゆりを見殺しにしたのは自分だ」と自責に耽っているオカリンに対して、紅莉栖は以下の言葉を突きつける。


あんたは、あんたが取った選択によって助けたもう一人の子について責任を取るべきよ。


 紅莉栖は「まゆりを見殺しにしたオカリン」を責めようとはしない。しかし、いったん選んだ未来に対してうずくまるオカリンを許そうとはしない。たとえ、選んだ未来が最善とはいえないかもしれないものであったとしても、意想外のものであったとしても、罪深さを引きずったものであったとしても、である。その人が選んだ“運命石の扉”に対して、人は意味と責任を負わなければならない。選んだからには、前を向いて歩かなければならない。そして、まゆりが死んだこと自体が決定してしまったとしても、ルカ子との関係を含めた、まだ閉じていない“運命石の扉”とは向き合わなければならない。

 メタな神の目線からみれば、ルカ子シナリオの“運命石の扉”は閉じているようにみえるかもしれないが、ベタなオカリン視線からみれば、未来はわからないし閉じていない。それは、他のヒロインのシナリオにおいても同じである。どういう選択をしてどういう結果に至ったとしても、オカリンは未来に対して意味と責任を背負わずにいられないし、また逆に意味と責任を見出すこともできる。失ってしまったものがあるからといってメソメソしていられる立場ではないのだ、“運命石の扉”が未来に開かれている限りは。


どんなときも自分自身の“運命石の扉”を絶対に手放さない紅莉栖

 さらに、紅莉栖の目線にうつってみると景色がまた変わる。タイムリープをやりまくっているオカリンとは異なり、作中の紅莉栖はそれぞれの世界線-間を移動することがない。そして、いずれの世界線であってもタイムリープに熱心に興味を抱き、タイムリープマシンの開発に全力を尽くす。たぶん、いずれの世界線でもオカリンに好意を抱いたりもするのだろう。一見すると、どの紅莉栖も同じ紅莉栖で、彼女の“運命石の扉”はオカリンの選択次第、という風に思いたくもなる。

 しかし、その紅莉栖が、オカリンの選択いかんによって自分の生死が左右される(と推定される)状況下で、以下の台詞を口にするのである。半分は強がりだろうし、ストーリー的にもそうならないのだが、紅莉栖の心情をよく表していると思うので紹介する。


「世界は、あんたを中心に回っているわけじゃない。」
「あんたの脳が、そう錯覚させているだけ」
「世界にとってあんたが神だと言うなら、同体積の脳を持つ私も、世界にとって神になれるわけで」
(中略)
「精神はどこにあるか、って話、そして私は、私の精神をあんたの好きにさせたくない。」
        (まゆりシナリオより抜粋)


 たとえ「選ばれなかったヒロイン」になり「不幸な未来」をいずれ迎えたとしても、「オカリンの選択の結果として不幸になる」のではなく「それでも私の未来と精神は私自身のものだ」と主張する紅莉栖。ストーリー上しかたないとはいえ、このシーンのオカリンの心象風景は「自分の選択ひとつでヒロインの運命を手籠めにできる空想」に限りなく近くなっているわけだが*1、そんなオカリン(とプレイヤー)に対し、紅莉栖は決然とNoを突きつけている。

 オカリンがまゆりを選ぶシナリオでは、結局、紅莉栖は生き残れない。それでもなお、彼女は未来に対する主体性を手放そうとせず、オカリン(やプレイヤー)が生殺与奪と幸不幸のすべてを握っているようなビジョンを認めなかったのである! 未来に怯えている時でさえも、彼女は自分の手で未知の未来を選ぶ意志を――つまり彼女自身の“運命石の扉”を――を手放さなかった。メタなプレイヤー視点やオカリンの視点からみれば、紅莉栖の未来は既に閉ざされ選択の余地も無いようにみえるかもしれないが、どう考えても彼女は彼女なりに精一杯考えて、自分のとるべき選択を最後まで模索している。だからこそ迷い、だからこそ朝早くに秋葉原から立ち去ろうとし、だからこそまゆりとの別れ際に悲痛な叫びをあげたのではなかったか。

 つねに選択に曝されているのはオカリンだけではない。紅莉栖だって、自分の行動を必死になって選択しているし、どれほど悲観的な未来だとしても彼女自身の“運命石の扉”を最後まで模索している。まゆりシナリオの紅莉栖の姿を「予定調和」として冷笑できるのは、『うみねこのなく頃に>』のベルンカステルのような、メタに耽溺しすぎて感覚の麻痺した人間だけじゃないのか。


 まゆりシナリオでは、登場人物ごとの「選択」の相違が非常に読み取りやすく描かれている;
 1.たくさんの犠牲を積み上げた末にまゆりを選択するオカリン
 2.選択権を与えられぬままにオカリンの共犯者の席に座るまゆり
 3.怖さと葛藤を突きつけられながらも最後まで自分の“運命石の扉”を捨てなかった紅莉栖

 “運命石の扉”に対するこの三者の対照的な姿は、なんとも示唆的と言わざるを得ない。


 話を紅莉栖に戻そう。

 ルカ子シナリオで、自分の“運命石の扉”に対して責任を持てと言い放った紅莉栖。
 まゆりシナリオで、どんなに悲観的であろうとも自分自身の“運命石の扉”を諦めなかった紅莉栖。

 これらを思い出すと、私はこう言いたくなる。牧瀬紅莉栖は、主人公のオカリン以上に“運命石の扉”に対して真摯に向き合っていたのではないか、と。オカリンの“運命石の扉”に対しても、彼女自身の“運命石の扉”に対しても、紅莉栖は常に厳しく暖かく、絶対にそれを手放そうとはしなかった*2。どれほど未来に暗雲が立ち込めていようとも、本意ではない未来が決まっているようにみえたとしても、彼女は未来を選択する意志と意味を----つまり“運命石の扉”を----手放さず、なにより、愛していたのではないか。


あなたは、紅莉栖と同じような態度で“運命石の扉”に対峙できますか?

 メタなプレイヤー視点からこの作品を眺めた時、“運命石の扉”に対して最も可能性に開かれているのは最終シナリオにおける主人公・岡部倫太郎かもしれない。しかし、この作品の登場人物のなかで、どんなときでも未来に対していちばん開かれているのは、岡部倫太郎ではなく、実は牧瀬紅莉栖である。どの程度の確証度で未来が見えているかに関わらず、常に“運命石の扉”を手放さない紅莉栖と、未来をまなざせばまなざすほど“運命石の扉”を遠ざけたがる岡部倫太郎。この両者の視点から本作品を眺め直してみれば、作品そのものだけではなく“運命石の扉”というものに対する見方は全く違ったものになってくるし、鈴羽シナリオやルカ子シナリオに秘められた魅力を再確認できる筈である。

 未来が全く見えなくても、逆に未来が見えすぎているように感じられても、つねに自分自身の“運命石の扉”と共にあれ。この、紅莉栖にとってはおそらく当たり前の未来観こそが、この『シュタインズゲート』という作品を貫くテーマであり、すべての選択に意味と祝福と責任と原罪を刻み付けるものではないかと私は思う。だからこそ、どのヒロインのエンディングルートも、いずれのオカリンの選択も、捨て難い魅力と意味を孕んでいるように見えてならないのである。


 最後に、紅莉栖がオカリンに送ったメールの一節を引用して、本文の結びとしたい。

未来がどうなるのかと、あれこれ詮索するのをやめなさい。そして、時間がもたらすものがなんであろうとも、それを贈り物として受け取りなさい。


 “運命石の扉”に対する紅莉栖の見識を体現しているような句だと思う。

 紅莉栖のように、あなたは、あなた自身の“運命石の扉”に対峙できますか?



 [たぶん関連]:ゼロ年代を締めくくる傑作! 『Steins;Gate』シュタインズゲート - アセティック・シルバー


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