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「どこにどんな“死”というゴールを想定するのか」

 いわゆるロストジェネレーションは親の介護をどうするのか、という話 - pal-9999の日記

 世の中の介護の問題は大変なことになっていて、老老介護による心中のようなケースから、子ども世代が介護のために仕事を辞めて金銭的に行き詰まるケースまで、悲惨な話はよく聞く。そこまで極端なケースではないにしても、“一体誰のために何のためにこんなことを延々と続けているのか”分からないような泥沼に陥っているケースならば珍しくない。介護する側・される側が望んで介護しているならまだわからなくもないが、当事者の誰一人も望んでいないような介護が、ベトナム戦争のごとく続けられている事例をよくみかける。

「認知症になるぐらいならポックリ逝きたい」と言い残していたDさん(仮称)



 地域の役員をやっていたDさん(76歳)の物忘れが目立ち始めたのは、平成14年頃だった。孫の顔は思い出せても名前が出てこないぐらいの頃は、それでも身の回りのことは自分で出来ていたが、平成16年になって“ものとられ妄想”や夜間の徘徊が始まるようになると、誰かの見守りが必要になってきた。病院で診断と治療を受け、介護保険制度を活用しはじめたが、短期入所サービスを利用していない期間は息子夫婦が面倒をみなければならない。

 実の息子が仕事を辞められないため、嫁が介護を始めたが、平成20年、介護に耐えられず鬱病を罹患し実家で療養することとなってしまった。これをきっかけに孫が不登校になってしまい、ここまで事態が深刻化した時点でようやく特別擁護老人ホームの入所先が見つかったものの、この期間に家族は半壊状態になってしまった。平成21年に入って孫の不登校は解決したが、嫁の鬱病はいまだ部分寛解*1のままである。

 このDさんの事例はフィクションだが、今となっては、日本のどこでもあるような風景である。悲惨ではあっても珍しくは無い。

 こんな境遇であっても、Dさんが介護を喜んでいたなら、まだ救いがあるかもしれない。しかし実際には、Dさんが元気だった頃の口癖は「認知症になるぐらいならポックリ逝きたい」「介護で家庭を潰してしまうぐらいなら、自分は早く死にたい」であり、またそれを知っていればこその苦悩や葛藤に家族は曝され続けていた。認知症が進行するにつれて、Dさん自身は悩めなくなっていった*2けれども、少なくともそうなる前のDさんは、こんな長期介護と家族の危機を全く望んでいないどころか、「それぐらいなら死んでしまいたい」と望んでいたわけだ。

 元気だった頃のDさんの口癖を尊重して考えるなら、この一連の介護エピソードは当事者全員が避けたがっていたものであり、(Dさん自身も含めた)当事者の全員が不本意な生と何年も付き合い、苦しんだと考えるほかない。この事例に関わっていたケアマネージャーや特別擁護老人ホームのスタッフにしたところで、こんなストーリーを組み立てたいとは誰も望んでいなかった筈で、切迫した医療資源をやりくりするなかで、忸怩たる思いで家族の訴えを聞いていたに違いない。

「死にたいという意志」はタブー


 これに対して「安楽死」があるじゃないか、という反論がよくある。けれども日本の法曹界は積極的な安楽死には慎重な構えを崩しておらず、このこともあって、医療側が「認知症が進行してきたことを理由に安楽死を実行」することは難しい。意志がはっきり示せる段階で「判断能力を失って介護が必要になったら安楽死を望みます」と遺言を残したとしても、医療側は積極的には安楽死を実行しないし、できる立場にもない。

 当人の意志尊重やリビングウィルが叫ばれて久しいが、実際には、医療の世界では「死にたいという意志」を認めることはほとんどタブーに近い。「自分の尊厳と家族の生活の為に自分は死にたいと思います」と発言すること自体は出来ても、それが医療というコンテキストのなかで語られてしまえば自殺はもちろん「安楽死」もあり得ない。ヘタなことを言おうものなら、「鬱病に伴う自殺念慮の疑い」などと紹介状を書かれて精神科に回されるのがオチだろうし、そうなった時に精神科の側が「この人の死にたいという意志はホンモノであり、個人の尊厳がかかっています。鬱病に伴うものではありません」と返事をするのは色々な意味で、困難である。

 「死にたいという意志表明」は、元気な時には丁重にスルーされ、元気でない時には「鬱病に伴う自殺念慮」といった形で“事例化”してしまう。どっちに転ぼうが、それがひとつの意志としてまっとうに通ることは無いし、現在の医療が置かれたコンテキストを考えるならば通すことなどできっこない。自らの延命を望まないような個人は存在しないか、いたとしてもどこかおかしいんじゃないの?というポーズを医療サイドはとらざるを得ない。“ポックリ地蔵”を熱心に拝む人がこんなに沢山いるご時世にも関わらず、である。

「病で失われる命を拾う」医療から、「なくならないのが不思議な命を長引かせる」医療の時代へ


 かつて、医療が担っていた役割は、感染症をはじめとした「病で失われる命を拾う」ことだった。なんとか長持ちしそうな命の蝋燭を助け出すことを至上命題とし、もちろん老年期の人達への施術もあったにせよ、良くも悪くも医療技術は未発展だったので、死すべき衰弱を背負った人達を延命することはいくらがんばっても困難だった。

 ところが近年になってくると、アルツハイマー型認知症のような疾患を罹ってさえも、相当な延命が出来るようになってきた。いつしか医療は、「病で失われる命を拾う」医療だけでなく、「なくならないのが不思議な命を長引かせる」医療としての性質をも帯びるようになってきた。たとえ認知症が進行しまくって、言葉や思い出さえ失った状態になっても、手厚い介護と適切な医療をもってすれば、死すべき運命はけっこう回避できる。それも、相当に長い期間にわたって、である。

 「病で失われる命を拾っていた」医療の時代には、「とにかく死というゴールから遠ざかるように全力を尽くす」というイデオロギーさえ奉じていれば、医療は現場のニーズに応えることが出来たかもしれない。けれども肺炎や結核ではあまり人が死ななくなり、「なくならないのが不思議な命を長引かせる」医療が実現するようになってくれば、「とにかく死というゴールから遠ざかる」というイデオロギーだけでは現場の複雑なニーズに対応できない。超高齢化社会を迎えるにあたり、延命の技術を発展させるのは勿論大切なことだけれど、「どこにどんな“死”というゴールを想定するのか」という類の問題を迂回し続ける限りは、Dさんのようなタイプの悲劇はこれからもどんどん生まれてくるだろう*3。

 私個人の感想としては、医療を施す側も医療を受ける側も、あまりに「生」ばかりをまなざし続けて「死」を蔑ろにしすぎてきた、と思う。今、私達の手元には、こんなに沢山の薬と医学書が溢れているのに、死に想いを馳せるためのツールはというと、聖書すら失われて久しい。

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*1:注:「半分だけ症状が緩和された」ぐらいの状態

*2:「悩む」ということ自体が、認知症に侵食される“脳の機能”であることをお忘れなく

*3:こういった問題をいちばん丁寧に取り扱うのは医療従事者自身ではなく、もっと違った界隈の人達であって、医療従事者が独断で命を裁量するのではなくそのような人達の方針に従うのが適当だろう。なので、一医療従事者としては、こうした問題を一刻も早く整理して欲しいと願うばかりだ。

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