- 2011年11月22日 08:30
消費とは何なのか? 現代人は贅沢すぎるのか? - wasting time?
しかし、同時に我々の周りには安くて質がいいもの、人々の興味を引くものがあふれている。そして、そういったものが24時間営業のコンビニやエキナカ、自動販売機、オンラインショッピングで気楽に購入できる時代。
ついつい、節約しなければと思いながら、なんとなくストレス解消のためなどのいろんな理由で、消費したいという欲求、ものを買いたいという欲求に負けて不要なものを買ってしまうことは多いはずだ。
多くの人がもっと貧しかった時代・貧しくはないがモノが現代のように容易に手に入れることができなかった時代にはそのような消費に対する欲求を多くの人がそれほど持っていたとは思えない。
たとえば、朝家から水筒と弁当を持って会社に行き、コーヒーも飲まず自動販売機でモノを買うこともなく。夕方に仕事が終わればまっすぐに家に帰り、家で料
理をする。ネットをしても一切買い物はしない。駅の売店で何かを買うこともなく、コンビニでは立ち読みをするだけ。というような生活に我慢できる人は少な
いだろう。
そして様々な情報技術の発展によって、友人・家族などと地球の反対側に居ても容易に連絡が取れる。いつでも誰とでもつながっていることを確認できる時代。孤独などという言葉とはある意味で無縁な時代といえるだろう。
「無縁社会」という言葉が叫ばれた。たしかにそういった面もあるだろう。しかし、それは同時に「有縁」であることが当然になりすぎた時代の我々のわがままの裏返しになるのかもしれない。
こんな研究結果もあるようだ。
Do supermarkets improve our diets?
Better access to supermarkets ― long touted as a way to curb obesity in low-income neighborhoods ― doesn’t improve people’s diets, according to new research. The study, which tracked thousands of people in several large cities for 15 years, found that people didn’t eat more fruits and vegetables when they had supermarkets available in their neighborhoods.Instead, income ― and proximity to fast food restaurants ― were the strongest factors in food choice.
スーパーが近くにできると人々の健康は悪化するのだという。
ついつい欲求に負けて不健康なものを買い食いしてしまうからだろうか?それとも自分で料理をせずに出来合いのものですましてしまうからか。
話が少しづれた。
我々の生活は間違いなく10年20年前と比べて実際にははるかに充実したものになっている。発達した情報手段。よりやすくてより品質のよいものを手に入れるのは決して難しいことではない。
しかし、それらは同時に我々の消費に対する欲求を高めていることは間違いない。その多くの消費は生活とはあまり関係のない自己満足のための(少なくとも昔の人から見れば)贅沢であることも間違いない。
そして、生活が苦しいから国にもっと金をよこせと我々は叫んでいる。いや、多くの先進国で同様のことが起こっている。
僕自身は経済発展や成長を重視し多くの人がもっと豊かに生活できればいいと切に願っているし身の丈にあった範囲で大いに消費すればいいと考えている人間である
しかし、人間の欲求は際限がない。そして日本国民の貯蓄率は大きく低下している。消費に対する欲求が行き過ぎているのではないかと懸念しなくもない。そして我々は今度何を手に入れれば満足するのだろうか?
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