- 2017年09月06日 10:22
ロヒンギャ問題でミャンマー政府をかばう中国:日本にとっての宿題とは
2/3スーダンのダルフール地方では、2003年からアラブ系民兵によるアフリカ系住民への襲撃や虐殺、略奪が横行し始めました。アラブ系民兵はスーダン政府の支援を受けているとみられるため、欧米諸国はこれへの制裁を実施。2008年に国連はダルフール紛争を「世界最悪の人道危機」と呼び、バシール大統領は現職大統領として初めて国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を発行されるに至りました。
ところが、そのなかでスーダンへの経済進出を加速させた筆頭が中国でした。欧米諸国が経済制裁を敷くなか、中国企業はスーダンでの油田開発で大きなシェアを握り、中国政府からの開発協力で橋や道路の整備も進みました。つまり、中国はダルフール問題を「スーダンの国内問題」と捉え、欧米諸国と一線を画すことで、大きな利益をあげたのです。
ただし、中国政府が「内政不干渉」で自らを正当化しようとも、ダルフール紛争が中国に対する「人権・人道を顧みない国」、「自国の利益のためなら何でもする国」というイメージを国際的に流布させる契機になったこと自体は否定できません。2008年の北京五輪で、聖火リレーが各地で妨害された一つの要因には、ダルフール紛争がありました。
こうしてみたとき、ロヒンギャ問題は中国にとって「第二のダルフール」になる可能性が大きいといえます。中国はミャンマー政府やスー・チー氏をかばう一方、同国で大きな利益をあげているからです。
ミャンマーにおける中国
図1は、ミャンマーの貿易額を示しています。ここから見て取れるように、欧米諸国が経済制裁を敷いた1980年代末からミャンマーの貿易に占める中国の割合は急増しましたが、その後停滞。しかし、ミャンマーの輸入に占める中国の割合は2000年代前半から、輸出におけるそれは2000年代末から、それぞれ上昇しています。
2011年に軍事政権は体制転換を決定。これを受けて欧米諸国も経済制裁を解除し、日本を含む西側諸国の投資などが相次いでいますが、それでもミャンマーの貿易額に占める駐豪の割合は30パーセントを越え、最大の貿易相手国です。
このうちミャンマーの輸出について触れると、中国がミャンマー政府との間で天然ガスのパイプライン建設に合意したのは2008年。2013年には天然ガスの輸入が始まり、この前後から中国のミャンマーからの輸入額は急増し始めました。
さらに2017年4月には、ミャンマーのメイド諸島から中国本土に伸びる石油パイプラインも完成。これにより、中東やアフリカからタンカーで運ばれた石油が、よりスムーズに中国に輸送されるとみられます。
これと並行して、中国はミャンマーで大規模なダム開発なども進めてきました。1997年にはサルウィン河に2200万キロワットを発電できる7つのダムを建設するプロジェクトに関して当時の軍事政権と合意。しかし、このダム建設に自然環境や現地住民の住環境への悪影響があるという反対を受け、ミャンマー軍が少数民族の鎮圧に乗り出しました。
こうして、ロヒンギャ難民への国際的な関心が高まるなか、中国は一貫してミャンマー政府を擁護する一方で経済的な利益をあげてきたのです。ダルフール紛争での批判を受け、当時の国家主席だった胡錦涛氏は周辺国での開発協力を増やし、不安定な地域情勢を背景に国連PKOへの参加を増やすなど、「貢献」を前面に押し出すことで、国際的な批判を和らげようとしました。しかし、習近平氏のもとで中国政府はより周囲との軋轢を躊躇しない傾向を強めており、ロヒンギャ問題でも譲る気配はみえません。
この背景のもと、民主化運動のヒロインとして一時は西側諸国で持ち上げられたスー・チー氏を中国が擁護し、結果的にロヒンギャ問題への対応が遅れるというねじれが生まれているといえるでしょう。
日本政府にとってのロヒンギャ問題
その一方で、人道危機が深刻化するミャンマーへの対応は、日本にとっても他人事ではありません。
中国政府ほど大声でないにせよ、日本政府も「主権尊重」、「内政不干渉」を大方針としており、実際に欧米諸国が経済制裁を敷いていた間もミャンマーと僅かながらも貿易を続け、開発協力を提供していました。
今回のロヒンギャ問題に関しても、8月上旬に岸外務副大臣が訪問した際にミャンマー政府との間で話題になったとは確認されません。それでいて岸副大臣は(「中国の封じ込め」を念頭に)民主主義や法の支配の重要性を強調しています。また、8月末からの衝突に関しても、日本外務省からは「ミャンマー軍への攻撃」を非難し、「早期の治安回復」を求める声明しか出されていません。つまり、ロヒンギャ問題に関して、日本政府はほぼ完全にミャンマー政府の側に立っているといえるでしょう。
- 六辻彰二/MUTSUJI Shoji
- 国際政治学者



