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タモリが「鶴瓶に勝てない」と言った意味

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■「テレビというのはのぞき穴みたいなもの」

「なんでそんないらんことするん?」と鶴瓶が尋ねるとタモリはこう答えたという。

「放っておいても絶対笑わせられるのはわかってる。みんな笑わせるセオリーを持ってるから、そこでわざと無理難題を吹っかけてみると、次の笑いを求めようとして新鮮なものが見られる。これが、マンネリ化を防いでる」

タモリは、セオリー通りになりそうな空気を感じた時、そこに予期せぬフリを入れることでハプニングを誘発させ、予定“不”調和な空間を作る。それこそが「いま」を映すテレビの醍醐味なのだ。

鶴瓶はそんなタモリと共演を続けたことで「テレビというのはのぞき穴みたいなもの」だと確信した。

「こうしたら笑いが取れるだろうというセオリー通りのものは面白くない。テレビは完成された芸を見せるのに適さないです。完成された芸というのは時間と空間を共有して、生で見せるものですから。テレビはセオリーにないことが起こった方が面白い。

だからボクはセオリーを崩そうと思います。そういうことを続けると、相手も自分の邪魔をしてくるようになる。すると自分の中でわからない変化が生じて、全然違う自分が発見できるんです。それがまた楽しい」

そうしたテレビの即興性を大事にする考え方はそっくりだが、彼らの興味の対象は正反対だ。

■『家族に乾杯』と『ブラタモリ』の違い

『家族に乾杯』と『ブラタモリ』(ともにNHK総合)の違いはそれを浮き彫りにしている。

番組がコラボレーションし、同じ場所に訪れたときも、「同じようにブラブラしているようで全く違う番組なんですよ。アナタ(鶴瓶)の方は水平の番組で、こっちは垂直の番組」とタモリが言うように、二人はまったく別の方向へと進んでいった。

タモリは街の歴史や地形の変遷などに興味を示し、鶴瓶はそこにいま住んでいる人たちをフォーカスしていく。

「僕は死んでる人よりも生きてる人の方が大事やねん。だから、この人がここで死んだとかはどうでもいいわけ。“この人が今面白い”ということが大事。それと、何か大それたことをしてスポットが当たる人よりも、そうじゃない人」

例えば、姑や夫のために一生懸命陰で支えているような人たちにスポットを当てることが大事だと。

タモリも、『家族に乾杯』などでの鶴瓶の一般の人たちへの接し方に対し、「彼は人間が大きい」と語っている。

「人を見る眼差しが優しい。だから人にスッと入っていける。僕は人間がちっちゃいし、どちらかと言うと軽く人間が好きじゃない(笑)。(略)だから本当に全体的な人間力で彼には勝てないなと思いますよ」

■普段もテレビも変わらず「普通」のまま

一方、鶴瓶はタモリの印象をこのように語っている。

「テレビで知りおうたけど、普段も普通にいれるんですよ、変わった人ですよ、あの人」

テレビの中でも、日常生活でも「普通」だというのだ。

ビートたけしや明石家さんまは、会うといまだに緊張するという。しかし、タモリだけは緊張しない。

それは普段もテレビも変わらず「普通」のままだからだ。

そんなことは普通ではあり得ない。

「普通の普通は狂気」なのだ。

思えば、鶴瓶もそうだ。

相手に緊張させず、普通のままテレビに出ている。

けれど、そんな鶴瓶も最初はそうではなかった。

「いかに自然にしゃべるかっていうのを目指してやってきた」という鶴瓶。ラジオではそれは早々に実現した。だが、テレビではなかなかうまく行かなかった。

「テレビはあかんかった。ラジオは良かったけどね。だからラジオみたいにしゃべれるテレビはないかな? ってずっと思ってた」

テレビの中で「普通」のまま「自然」にしゃべること。

そのやり方を鶴瓶は「テレビの師匠」であるタモリを間近で見ることで学んだのではないだろうか。

『いいとも!』「グランドフィナーレ」のスピーチで鶴瓶はタモリを「芸人にとって港みたい人」と喩えた。その真意を自身のラジオでこう語っている。

「(明石家)さんま、ビートたけしは、今でもテレビで攻めてるんですよね。タモリさんは、遊んでるんですよ。いつまでも遊んでる。だから、芸人じゃないんですね。だから、(港のように)寄れるんです。芸人を一番わかってる素人のおじさんなんですね。遊んでるんです。本当は芸人よりもスゴい人だと思いますよ。だから、僕らも相談……というか、何かあったら感じてくれるんでしょうね」

2015年、鶴瓶は新作落語「山名屋浦里(やまなやうらざと)」を完成させた。

これは『ブラタモリ』で吉原を訪れたタモリが知った、ある花魁と武士の実話を落語にするように鶴瓶に提案したものだ。つまり原案がタモリの落語だ。

■鶴瓶の落語会に“乱入”したタモリ

毎年行っている鶴瓶の落語独演会でも完成後は当然、この噺を披露していた。

「あの人、この話をオレに“やって”と言ったのに、この落語会に1回も来てないんですよ。ホンマ、どういうことや!」

赤坂ACTシアターで行われた2015年落語会の最終日(11月8日)、オープニングのトークでそう言って笑わせていた鶴瓶。公演の最後、「山名屋浦里」を披露し幕を下ろそうとしたその時、客席から不審な男が舞台に向かって歩いてきた。

「なんかあったら嫌やな」

うろたえる鶴瓶の前にあらわれたその男は、花束を持ったタモリだった。

タモリは鶴瓶の落語会に“乱入”したのだ。

ぱっとタモリの顔を見た瞬間、鶴瓶は泣きそうになったという。

「よかったよ」

そう囁くタモリに鶴瓶は胸いっぱいになって、その花束を受け取った。

「なんや、この花束! 菊やないか! オレ、死んだみたいやないか!」

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戸部田誠(とべた・まこと)
1978年生まれ。ライター。ペンネームは「てれびのスキマ」。「週刊文春」「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』など。

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(ライター 戸部田 誠)

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