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変節と変態について

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『戦後入門』で加藤さんが書かれていたように、憲法九条は1946年時点では「リアル」な条文だった。

原爆投下の現状を見て、GHQ内部でも理性的にものを考えられる人たちは「次の世界大戦」はおそらく核戦争になること、それは人類の破滅を意味することを学習した。それを防ぐためには「個々の国家は国際紛争の解決法として戦力を用いない。国際連合が専一的に武力を管理する」ということをルールとして採用する以外に手立てがないと思った。

日本国憲法は「これから世界中の国々がこの憲法に倣って『九条のような条項』を採択する」ときのモデルになるものとして構想された。

後になって「何を理想主義的な寝言をいいやがる」とシニカルに口を歪めて見せるのは簡単だが、はじめて原爆投下の効果を見たときのアメリカ人が感じたショックを過小評価してはいけない。彼らに「こんなものは二度と使ってはならない」と思わせたのは広島長崎の原爆被害という「生まれてから見たこともない現実」であって、世界平和という「出来合いの観念」ではない

けれども憲法九条のリアリティーは原爆のすさまじい破壊力を「生まれてはじめて知った」世代においては受肉したけれども、東西冷戦の進行と繰り返される核実験を通じて、たちまち風化した。

1950年代に量産された「核戦争で世界が滅亡するSF小説やSF映画も」も(クリエーターたちの志とはうらはらに)核実験と同じように「核戦争」をより身近なものに、つまり「耐えやすいもの」に変えてしまった。

人間というのはタフな生き物である。

世界滅亡のシナリオを毎日読まされているうちに、「世界滅亡のシナリオ」を日常的なものに思いなし、ついには操作可能なものとみなすに至ったのである。

そして、たしかにあれから72年、原水爆は戦争では使われなかった。

だから、「核戦争のカジュアル化」というのは一つの有効なソリューションだったのかも知れない。

けれども、それは「憲法九条を制定させた原爆被害の生々しさ」を風化させることを代償として手に入れられたものである。

朝鮮戦争という隣国での戦争のために再建された警察予備隊はそれから保安隊・自衛隊というふうに段階的に拡大していった。

それにすぐに日本人は慣れていった。

復員兵たちが軍隊に対して示した激しいアレルギーも、時間が経ち、戦争経験が記憶から薄れるにつれて感知できなくなった。

そういうものである。

憲法九条と自衛隊が併存できたのは、この二つの制度が成立したときの圧倒的なリアリティー(「第三次世界大戦で世界が滅亡するかも知れないという恐怖」と「朝鮮半島全域が赤化して、日本列島が『反共の砦』の最前線にとして米軍の軍政下におかれるという予測」)がそれぞれ希薄化し、風化したからである。

私はこの二つの「現実になったかもしれない未来」が現実にならなかったことを心からうれしく思っている。

憲法九条と自衛隊が併存しうるという「不整合な現実」はこの「ありがたい現実」の裏返しの表現である。

憲法九条が「非現実的」に思えるのは、憲法九条が非現実的なものに思えるように、つまり第三次世界大戦の勃発を防ぐことで「あり得たかもしれない現実」をあらしめなかった先人たちの努力の成果なのである。

憲法九条が「非現実的」だから改定せよというのは、その先人たち(日本人だけに限らない。世界中で戦争を防ぐために身を粉にしてきた人たち)の努力を蔑することである。

あらゆる制度は、それがどういう歴史的経緯で生まれ、どういう歴史的与件の変化によって、それが持つ「意味」を変態させていったのか、それを見なければ理解できない。

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