記事

“山口組芸能部長” 高倉健さん他スターとの華やかな交遊録

1/2

【三代目山口組の田岡一雄組長】

 元ヤクザの男が、老人ホームでひっそりと息を引き取った。男はかつて、ヤクザと芸能界のパイプ役を務め、“山口組芸能部長”の異名を持つ超大物だった。とくに縁が深かったのが、3年前に亡くなった俳優、高倉健だった。その男が若くして亡くした息子の命日には、東京から岡山まで一人でわざわざ焼香に来てくれたのだという。ノンフィクション作家の森功氏がその人物と芸能界の関係性を辿る。(敬称略)

 * * *
 山口組の芸能活動は古く、もとはといえば二代目組長の山口登時代にさかのぼる。本格的に力を入れ始めたのが、終戦の翌1946年、田岡一雄が三代目組長を襲名してからだ。田岡は戦後復興から高度経済成長期にかけ、港湾事業と芸能興行を組の収入源の二本柱に据えた。

 そして田岡によって直参組長に引き上げられた大石誉夫(山口組初代大石組組長、8月9日に誤嚥性肺炎で死去)は、芸能興行とともに建設談合の世界でもその名を轟かせるようになる。それは日本の都市開発が、主要な港湾を中心に展開されてきたからにほかならない。

 いわば日本社会が暴力団とともに成長し、芸能界だけでなく、政財界もまた暴力団ともたれ合ってきた時代である。しぜんそこでは、濃密な人間関係が垣間見られた。大石は芸能界だけでなく、政財界の多くの知己と交流を続けてきた。話を芸能界に戻す。

 山口組をはじめとした暴力団社会と映画界の関係を知る生き字引がいる。かつて東映やくざ映画で一世を風靡した伝説のプロデューサー・俊藤浩滋の右腕だった川勝正昭だ。

 俊藤は富司純子の実父であり、寺島しのぶの祖父にあたる。社長の岡田茂と二人三脚で東映の全盛時代を築いたのち独立。俊藤が設立した「オスカープロダクション」制作部長を務めた川勝は、こんな裏事情を明かしてくれた。

「愛媛出身の大石さんは、岡山県で大石組を立ちあげてあそこまでになったけど、最初は金がなかったんです。そのしんどいとき、東映の俊藤さんが『金儲けしいや』言うて助けてやった。それが岡山市内で開いた『東映祭り』でした。そこに、健さんをはじめ、鶴(鶴田浩二)さんや若山の富(三郎)さん、文(菅原文太)さん、富司純子さんらを総動員した。体育館みたいなホールのステージに彼らをあげて歌わせると、会場はいつも鈴なりの満席。興行はいつも大成功でした」

 芸能界では、この手のイベントを“花興行”と呼ぶのだそうで、興行の裏に暴力団組織がいると分かっていても、警察もさほどうるさくなかった。

「花興行の大きなアガリは祝儀です。大石組が仕切っているのは皆わかっているから、地元や周辺の会社の経営者たちが100万円以上包んで持って行く。山ほど祝儀が集まりました。東映祭りは年に2~4回やっていたから、大石さんは羽振りがようなって、『一生忘れへん、(東映には)恩返しせんといかん』と口癖のように僕に言うてはりました」(川勝)

 芸能活動を梃子にゼネコン業界に睨みを利かせてきた大石組は、その資金力を武器に、山口組最高幹部にまで昇りつめた。

あわせて読みたい

「山口組」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    小池知事をバッシングする愚かさ

    青山まさゆき

  2. 2

    各国比較 100万人当たり死者推移

    LM-7

  3. 3

    政府の布マスク配付は「良策」

    青山まさゆき

  4. 4

    日本で感染者爆発は起こるのか

    木走正水(きばしりまさみず)

  5. 5

    布マスク配布より緊急事態宣言を

    やまもといちろう

  6. 6

    テレ朝番組のコロナ報道にあ然

    小林よしのり

  7. 7

    藤浪と会食の若手アナが出勤停止

    文春オンライン

  8. 8

    通勤で不可避 電車での濃厚接触

    諌山裕

  9. 9

    コロナ疎開 佐久市長の発信支持

    小宮山洋子

  10. 10

    首相 全世帯に布マスク2枚配布

    ロイター

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。