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72年目の夏、敗戦と相続を考える - 友森敏雄 (「WEDGE Infinity」編集長・月刊「Wedge」副編集長)

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戦後になっても自分をリセットしない

 大岡昇平は、1971年に芸術院の会員に選ばれたが、捕虜になったという自らの経歴から、国からの栄誉は受けられないと、辞退した。

「私は祖国をこんな絶望的な戦いに引きずりこんだ軍部を憎んでいたが、私がこれまで彼等を阻止すべく何事も賭さなかった以上、今更彼等によって与えられた運命に抗議する権利はないと思われた」(『俘虜記』)

 “(戦前の日本の基準からして不名誉な)俘虜”という経歴を持つ自らに、落とし前をつけているのである。俘虜が芸術院会員になっても誰も気にしやしない。それでも、大岡個人としては、そこに拘った。大岡は、戦後になっても自分をリセットしていない。

 渡辺清は敗戦後、総理大臣、陸軍大臣、参謀総長を兼務した東条英機のピストル自殺の失敗や、「おれたちがついせんだってまで命の的に戦っていた敵の総司令官(マッカーサー)」と、天皇の面会に悶え苦しむ。

 軍艦生活のなかで、なぜあれだけの“虐待”を受け、最後は有効な反撃をすることもできず、米航空機に滅多打ちにされ多くの仲間たちが死ななければならなかったのか? その結果としての“ケジメ”を誰がつけてくれたのかという、怨念が感じられる。渡辺も戦前を終わらせていない。 

 「民主国家に生まれ変わった今の日本と、大日本帝国は別物」とするのではなく、大岡昇平や、渡辺清のように、連続して捉える。それが、歴史を相続する者に必要な態度なのではないのか。

 最後に72年前の8月15日、山田風太郎の言葉を噛み締めたい。

「『なぜか?』日本人はこういう疑問を起こすことが稀である。まして、『なぜこうなったのか?』というその経過を分析し、徹底的に探求し、そこから一法則を抽出することなど全然思いつかない。考えてできないのではなく、全然そういう考え方に頭脳を向けないのである。一口にいえば、浅薄なのである。上すべりなのである。いい加減なのである」

 あの戦争について、72年後の今「なぜこうなったか?」、その経過を分析し、徹底的に探求することができているだろうか? 我々自身も見つめ直してみる必要がある。

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