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戦前への郷愁を超えて ~地方政治の現場から~

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 そういったある種「民族性」ともいえる問題を抱えながら、しかし日本社会は恐らく、明治維新から日露戦争に至る明治期は集団主義的傾向が強く、大正期には自由主義的空気が花開き、戦前の昭和期には再び集団主義が強調され、戦後の昭和期には自由主義が開花しという変動を経てきたのだと思います。

 その変動の中で地方政治の現場から日本の現在を見た時私は、率直に、過度に内向きで、過度に外部を軽視し、内部の論理が合理性に優先し、そのしわ寄せを現場に押し付けて当然とする、悪しき集団主義の復活が懸念される状況であると思います。

 そしておそらく、「悪しき集団主義の復活」の原動力の一翼を担っているのが、「戦間期(第一次世界大戦と第二次大戦の間)の日本」は、「国家観、歴史観を持ち、理念を掲げられる日本人」を育てることができたが、戦後の日本はそれを育てることができていないという氏の意見に代表される、「戦前への郷愁」(氏は自らが戦前への郷愁を持っている事を否定するでしょうが、氏の文章を見る限り、そう取られて仕方ないものと思います。)ではないかと、私は思っています。

 戦前、日本が多くの偉人を輩出したことは一日本人として私も大いに誇りに思いますし、それ以前に、戦前の国際社会において日本がたった4か国の国際連盟の理事国の一つであり、世界第3位の海軍国であり、アジアにおいては断トツのリーダーであったことにはある種の喜びすら感じます。世界におけるプレゼンスは、戦前の日本の方が戦後の日本よりはるかに高かったことは、事実として疑いようがありません。

 しかしその主因は、日本が、45億人しかいない世界人口の中で1億を占め、数少ない帝国主義列強の一員として世界の富の独占の一翼を担っていたという当時の世界情勢によるところが極めて大きく、決して戦前の教育が戦後の教育より優れていたからでも、戦前の社会が戦後の社会よりも豊かであったからでもないと、私は思います。

 何より、どれほど戦前の社会・教育が優れ、「『国家観、歴史観を持ち、理念を掲げられる日本人』を育てることができた」としても、それはあくまで当時の国際情勢において優れていたという事なのであって、当時の教育そのままに、教育勅語を暗唱することにエネルギーの大半を使い、英語も、IT技術も、世界の多様性も教えない教育をしたところで、人口が86億人に膨らみ、新興国を含む多くの国にすむ人が瞬時に世界最新の情報・技術に触れ、それを自ら作り、発信できる現代の世界において、日本をリードするのにふさわしい「国家観、歴史観を持ち、理念を掲げられる日本人」を輩出できるわけではありません。

 終戦の日に当たり我々が再度認識すべき事それは、我々の社会は戦争の失敗を今なお持ち続けているという現実を直視することであり、それを克服する手段は、決して戦前の賛美や郷愁ではなく、的確な現状認識に基づいた、現代の社会にふさわしい、現代の解決策を模索する事だと、私は思います。

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