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- 2010年04月09日 00:44
グローバル資本主義だけが世界を平和にし、世界の貧困問題を解決できる ―米軍ヘリによる民間人誤射殺の映像から考えた事
欧米のメディアではこの最新鋭の米軍ヘリによる民間人誤射殺の映像が話題になっている。被害者がたまたま欧米の金融・経済情報のトップ・メディアであるロイターのイラク人記者だったことから、このような映像の入手が可能になっとものと推測される。
そこに映し出されるのは、高度に組織された指揮系統の中、最新鋭の兵器でターゲットを淡々と殺戮していく米軍の様子だ。まるでひとりひとりが歯車となり高度な分業体制で業務を行う現代の企業活動のようである。米兵はそれが自分に与えられた仕事だから、さまざまな法令や軍のルールに則り、彼らの任務、つまり殺人を実行しているのだ。彼らもまた善良な市民であり、秩序を重んじる組織人なのである。
また、こういった兵器の開発をしているのも、みな善良な市民であり、善良なエンジニアである。アメリカの理系の大学院は莫大な研究費を軍の予算から提供されている。そういった予算が奨学金の原資になり、世界の国々、特にアジアや東欧のような発展途上国の向上心溢れる若者が、アメリカの研究機関で勉学に励み、最先端の研究に打ち込むことを可能にする。
このようなショッキングな映像から、アメリカを非難する声が圧倒的だが、僕は否定も肯定もしない。これは確かに世界の現実の一面であり、このように殺されてしまっている民間人が世界には何千人もいるし、また米軍も多くの犠牲者を出しているのも確かだ。僕もこのビデオから、何度も何度も繰り返し語られることであるが、戦争の悲惨さをまざまざまと見せつけられ、悲しみに打ちひしがれたもののうちのひとりだ。だからといって短絡的に、引き金を実際に引いた米兵や米軍の軍事活動を責めても何の解決にもならないだろう。
それでは、このような悲劇が再び起こらないようにするにはどうすればいいのだろうか?僕には、それはグローバル資本主義をさらに加速させ、世界の全ての国を互いに密接につながった自由市場経済圏にすること以外考えられない。歴然たる事実として、自由貿易が活発に行われ、相互にヒトや資本がいきかっている二国間で戦争が起こったことはない。経済の相互依存が高まれば、戦争によりその関係が断絶されることによる損失は双方にとって甚大なものになるからだ。自分の顧客や自分の親戚や友人がたくさん住んでいる国にわざわざ爆弾を落とそうなんて考える人はいないだろう。醜い国家権力同士の政治闘争を、合理的な企業間の経済活動に置き換え、国境の持つ意味をどんどん希薄化させなければいけない。
アメリカにはアメリカの正義があり、アメリカは民主的なプロセスを経ずに国家権力を掌握して自国民を搾取し、多くの貴重な資源を一部の独裁者のが支配しているような国を「ならずもの国家」と考える。そして、そのようなアメリカの一方的な態度は時に傲慢に映り、国際社会から激しい反感を買ったりもする。
しかしアメリカの正義には確かに一理も二里もあるのは事実である。資源は資本主義のルールに則って、世界の市場で適正に取り引きされるべきで、暴力によって権力を握ったならずもの国家の独裁者が独占するべきではないのだ。世界の中で圧倒的な軍事力を誇るアメリカの傲慢な外交姿勢により、世界の多くの人々が多大な恩恵を受けているのもまた一つの事実なのだ。
グローバリゼーションによる世界各国の経済の相互依存、そして圧倒的な力を持つ米軍の戦争抑止力により、かつてないほどの世界の平和が維持され、この数十年間、世界は空前絶後の発展を遂げ、人類は恐るべき豊かさを手に入れた。そのことは過小評価するべきではない。
また、世界の発展から取り残された国々の貧困問題を解決するのもグローバル資本主義以外あり得ないのである。貧困問題が、寄付や慈善事業により解決された事は今まで一度たりともない。貧国が豊かさを手に入れる唯一の方法は、世界の自由市場経済圏に組み込まれることなのだ。最初はひたすら安い労働力の提供先になるしかない。単純作業を極限まで安い賃金で引き受けることにより、世界の企業を誘致し、少しずつ外貨を獲得し社会資本を蓄積していくのである。中国は安い労働力を武器に世界の工場になりものすごいスピードで豊かになっていった。そうすると必然的に賃金が上がってしまうので、多国籍企業はさらに安く買いたたけるもっと貧しい国を探し進出していく。中国の後はカンボジアやバングラディッシュなどの貧国が、利益を強欲に追及する多国籍企業のターゲットになった。これを搾取というなら搾取なのだろう。しかし、中国の田舎やカンボジアやバングラディッシュのふつうの人々が豊かになる唯一の方法なのだ。こういう多国籍企業の利益を追求する活動がなかったらどうなるのだろうか?彼らはもっと貧乏に、圧倒的に貧乏になるだけなのだ。寄付や慈善事業は先進国に住む住民が、半ば見下した態度により、ある種の優越感に浸りながら貧者に一時的な施しを与えているにすぎない。あくまで対等なビジネスのパートナーとして世界の分業体制に組み込み、自律的な発展を施すしかないのである。
また個人レベルでいえば、貧国に生まれようと、サイエンスなどの先進国の大学や企業にとって有益な才能があると認められれば、豊かになることはいくらでもできる。世界の多国籍企業の中には発展途上国出身で、何億円も稼ぐプロフェッショナルがそれこそ五万といる。グローバル資本主義は、国境を超え、努力する者たちに機会を平等に与えつつある。
このような世界の貧困に光を照らす企業活動に資金を提供する黒子が、国際金融である。国境を超え資金を動かす国際金融機関もまた、貧困問題の解決、そして真に平等な社会の実現に向け、日々活動しているのだ。
貧困問題を解決するのもまた強欲なグローバル資本主義意外ないのである。
グローバル資本主義だけが唯一人類を幸せにできる。少なくとも僕はそう信じている。
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