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本当に何かが違うのか?

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ということで、一つひとつ論点を潰していけば、「仮想空間」とか、「VR/AR」といったマジックワードに合わせて思考形式を変えないといけないようなことなんて、実はそんなにないんじゃないか、ということに気付くことになる*2。

これで思い出したのが、ジュリストの本年7月号の『プラットフォームと競争法』という特集の巻頭言で、白石忠志教授が書かれていた以下のようなコメント*3である。

ジュリスト 2017年 07 月号 [雑誌]

ジュリスト 2017年 07 月号 [雑誌]

「流通プラットフォーム、シェアリングプラットフォーム、個人データ保護、ビッグデータ、アルゴリズムと競争、などといった事象が多種多様の話題を提起している。(中略)このような議論を追う場合に留意すべきであるのは、既存の議論との違いは結局のところ何であるのか、ということである。」(ジュリスト1508号14頁(2017年))

(略I

「このように、昨今の先端問題であるとして華々しく論ぜられているのは、実はこれまで軽視してきた問題の重要性にようやく気付いただけである、という一面があることを否定できない。」(同15頁、強調筆者、以下同じ)

前記の記事とは議論対象が異なるとはいえ、新しいキーワードで語られるものが出てきた時に、殊更に「違い」を強調して大げさに問題提起をするのはいかがなものか、という点では共通するところが大いにあるように思う、

もちろん、本当に議論のフレームが変わることもあるわけで、白石教授も、上記コメントに続いて、パソコン・インターネットの普及に伴う著作権制度変革の例を「教訓」として取り上げた上で、

「流行のバズワードに踊らされるのではなく、物事の本質を見極めて変化の内容を探ろうとする姿勢が求められる。」(同15頁)

と述べられているから、VRの問題にしても、この先更に進化と普及を遂げ、単なる「ゲーム」の枠を超えて日常生活に入り込むようなレベルになって来たときには、「本質の変化」を考える必要があるのかもしれないが、少なくとも、今はまだその時ではないのでは?というのが自分の率直な感想なわけで、ブームを落ち着いて眺める、ということもまた必要なのではないか、と思った次第である。

*1:ここで素材になっているのが「自動車」という工業製品のデザイン、という微妙なものだから、何だか複雑な話のように思えるが、これが、アニメのキャラクターだとか、現代アート作品等であれば、何の疑いもなく「同様に保護が及ぶ」という結論になるはずである。

*2:利用規約に縛られている、という指摘にしても、対消費者の関係においては「利用規約」とて絶対的なものではないのだから、現実社会と全くルールが変わってくる、ということには本来ならないはずである。

*3:以下、白石忠志「プラットフォーム等の問題を検討するにあたって」ジュリスト1508号14頁(2017年)より。

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