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孫正義の秘密のアービトラージ

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僕は、孫正義という人物が不気味だった。一体何をしようとしているのか皆目見当がつかなかったからだ。原発事故以来、100万人以上のフォロワーを持ち、メディアでの露出も多い、孫正義は、執拗に放射能の恐怖を煽る言動を繰り返していた。それは客観的なデータで見る限り、科学的なものには、とても見えなかった。そして何より、彼のような著名人が放射能の恐怖を煽ることによって、一番の被害を受けるのは福島県民なのだ。福島県の農産物は風評被害で売れなくなった。また、孫正義をはじめとする、放射線に無知な著名人による発言は、福島県民に対する差別にさえ結びついてしまう。

確かに放射線は危険だ。ある一定量の放射線を一度に浴びると、体中の細胞のDNA(複製子)がずたずたに切断され、細胞分裂を正常にできなくなった体は、時間をかけて朽ち果てていく。原爆で放射線を体中に受けた人たち、そして、世界の核施設での偶発的な事故画像を見るで被曝した人たちは、最初はまるで何事もなかったかのように元気にしているのに、やがて苦しみもがきながらその命を朽ちさせていった。

僕は、福島原発で作業に当たっている人が、突発的な事故により、そのように被曝してしまうことを当初から懸念していた。今も懸念している。しかし、周辺住民への被曝量は、まったくもって心配するレベルではないと思われた。仮に政府や東電が発表していた線量が正しいとすれば、だが。(現在では複数の独立したチームが線量の計測に当たっており、線量のレベルはほぼ正確にわかっている。)

それからすぐに、孫正義が「自然エネルギー」財団なるものを設立して、政府に対して強烈なロビー活動をはじめた。そしてソーラーや風力で原発を置き換えるという夢のような話を持ち出してきた。それは技術的にも経済的にも無理な話だ。少なくとも20年や30年では確実に無理だ。しかし孫正義のこの荒唐無稽な自然エネルギー構想は、震災で興奮状態になっていた多くの国民の心をつかんだようだ。そして東京で生まれたこの自然エネルギーというアイデアは、ツイッターを通じて、日本中部のフォッサマグナを超え、大阪の橋下徹の脳内に植えつけられた。絶大な人気を誇る、関西地方を牛耳る支配者だ。

そして、原発立地県でもない知事の橋下徹は、何を血迷ったか「自然エネルギーで脱原発」と、またもやわけのわからないことをいいはじめた。僕はこの瞬間に、関西で数十兆円単位の経済価値が吹き飛んだと確信した。トレーダーという職業柄、新しい情報が現在価値をどれだけ変化させるのか、一瞬で感じ取らないといけない。

実は原発の最大の問題点は安全性でも経済性でもなく、倫理性だ。化石燃料を燃やすことによる大気汚染や地球温暖化といった外部性は、概ね世界中の人々が共有しなければいけない。ところが原発はシビアアクシデントが起こったときのリスクを、地元住民が全て引き受けるのだ。その電気は都市部が使っているにもかかわらず、だ。よって、原発立地県の知事や、原発の地元住民は、原発のリスクとその利益を常に冷静に考えている。そして、原発で作った電気を大都市に供給して日本の経済を支えていることに対して、プライドを持っている。それが原発や日本のエネルギー・セキュリティに関して、なんの知識も持っていない大阪の府知事が時流に乗って「自然エネルギーで脱原発」などと突然いい出したのだ。そして「関電は電気を隠している。原発がなくても、万が一電気がなくなればいっせいにエアコンを止めれば大丈夫」などと吹聴した。

関西経済の電力はその半分を原発に依存している。そしてそれらの原発が福井県に集中している。福井県にリスクを押し付け、豊富な電気を我が物顔で使ってきた、大阪の府知事が「原発なんていらない」といい出した。これは福井県民の誇りをひどく傷つけることになる、と僕は思った。そして、僕は関西の電気は止まるだろうと、かなりの確度でもって予測せざるを得なかった。

実際のところ、関電は老朽化した火力発電所などを復活させることにより、橋下徹のいうように、今年の夏を乗り切ることが可能かもしれない。あるいは不可能かもしれない。それは神のみぞ知る、といったところだ。しかし、そのことはあまり問題ではないのである。経済は将来の期待に基づき動く。電気が足りなくなるかもしれない、という爆弾を抱えた関西に、わざわざ工場を作ったり、オフィスを開いたりする酔狂な経営者はいない。つまり市場に、関西は電力が危ない、という予想が植えこまれた瞬間に、すでに経済損失が実現しているのである。

孫正義の奇妙な「自然エネルギー」というアイデアは、まるで放射線により癌化した細胞が、体の血流に乗って、遠く離れた臓器に転移するように、関西経済圏の人々を苦しめることになった。そしてこの癌細胞が次に転移した先は、日本の現首相である、菅直人だ。

低迷する支持率、マスコミからの絶え間ないバッシング、そして自らが選任した閣僚にまで辞めることを進言されている、この市民運動家は、自らの延命のためにもがき苦しんでいた。孤独だった。仮に、地層深くに埋められ、外界から隔絶され、それでも大いなるエネルギーを未だに体の奥深くに隠し持った高レベル核廃棄物に、人間の感情というものがあったならば、それは菅直人が今感じているようなものなのかもしれない。そんな菅直人の心のすき間に、すっと入り込み、この「自然エネルギー」というアイデアは確かに植えこまれた

カタツムリの脳に寄生し、カタツムリ自らが鳥の餌になるようにコントロールし、鳥を媒介して増殖するレウコクロリディウムという巧妙な寄生虫のように、「自然エネルギー」というアイデアが菅直人を乗っ取り、そして奇妙なことを口走らせた。

「自然エネルギー全量買取法案が成立するまで私は辞めない。私に辞めて欲しければ自然エネルギー全量買取方法案を成立させてほしい」と、菅直人は言った。

このころになると「自然エネルギー」というものの胡散臭さに気がつくものも現れはじめた。これはソフトバンクのただの補助金ビジネスではないか? また、自然エネルギーはあまりにも非力で、原子力を代替するような技術ではない、と説く科学者も現われた。孫正義は、ただの善意で行動しており、要するにエネルギーのことがまだよくわかっていないだけだ、というものもいた。しかしある種の原発ヒステリー状態の日本の中で、多くの国民が依然として孫正義の自然エネルギー計画を支持しているようだった。

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