患者のメリットは何もない
粒子線治療施設の建設は巨大公共事業で、請け負うメーカーは数社に限定される。利権が生じやすい。2016年12月には、放医研を運営する「量子科学技術研究開発機構」と、東芝・日立などの4社が次世代の重粒子線治療装置開発で協定を結んだ。東京電力福島第1原子力発電所事故の後遺症に喘ぐ原子力メーカーにとり、重粒子線治療器機の開発は、新たな成長領域である。
粒子線治療は、これまで採算度外視で進められてきた。たとえ赤字になっても電力会社からの寄付金で埋め合わせが効くからだ。その証左に、我が国の粒子線施設は佐賀や福井など、原発立地地域に建設されることが多い。『選択』8月号によれば、東日本大震災で九州電力から予定されていた総額39億7000万円の寄附を貰えなくなった「九州国際重粒子線がん治療センター」(鳥栖市)は経営難に陥った。
現在、厚労省は陽子線治療と重粒子線治療を意図的に混同させることで、その効果を過小評価し、さらに原発利権が絡み、悪徳医師の金儲けの手段と化していると印象づけることで、規制の強化を狙っている。
具体的には、粒子線治療を「先進医療A」から「先進医療B」に変えようと提案している。
「先進医療A」は、条件さえ満たせば、どのような施設でも治療を受けることができるが、「先進医療B」は、厚労省が認定する臨床研究中核病院を中心に、厳密なプロトコールに沿って複数の施設での共同研究を実施することになる。先進医療はあくまで保険適用を目指すもので、臨床研究目的でなく、治癒を目指せない進行がん患者に使うことはまかりならんという論理だ。
こうなると、多くの施設と患者が参加できなくなる。先進医療から外れれば、先進医療特約が使えず、混合診療を受けるためには、全額を自己負担しなければならなくなる。
1回照射を目指す放医研も、他施設と足並みを揃えて、すでに検討を終えた照射方法に戻さざるを得なくなる。患者にとっても何のメリットもない。この制度が始まれば、重粒子線治療を受ける患者は激減する。
医療界の宿痾
そこまでして厚労省は何を守ろうとしているのか。知人の国がん関係者は、「重粒子線治療が普及すれば、国がんは放医研に患者を奪われてしまう。研究費も放医研に回されてしまう」と言う。
国がんの中で、特に強い危機意識を抱くのは外科医だ。これまで国がんを仕切ってきた人たちだ。ところが、内視鏡が普及し、早期胃がんの治療が外科医から内科医に移ったように、重粒子線治療が発展すれば、放射線科医にお株を奪われる。国がんは存亡の危機に立つ。私は、これこそが国がんが重粒子線治療に反対する本当の理由だろうと思う。そこに患者視点はない。
これまで、重粒子線治療の分野では、日本は世界をリードしてきた。ただ、このリードをいつまで維持できるかは覚束ない。世界が追い上げているからだ。中国は、2006年に蘭州、2014年には上海で重粒子線治療施設を稼働した。米国の国立がん研究所は、2015年にテキサスサウスウェスタン大学とカリフォルニア大学サンフランシスコ校に、重粒子線センター準備のための予算を措置した。厚労省・国がんを中心に重粒子線たたきに懸命な日本とは対照的だ。
重粒子線治療は、我が国の医療界の宿痾を象徴している。既得権者の利権ではなく、患者の利益を考えて行動しなければ、我が国の医療の地盤沈下は止まらない。