- 2017年08月07日 16:45
ブータンを挟んで対峙する中国とインド:「幸せの国」は戦場になるか
2/2インドにとっての「一帯一路」
ただし、中国の威圧的な態度は、かえってインドのナショナリズムを喚起し、両国間の緊張を高める結果になっています。
先述の領土問題もあり、もともとインドには中国への不信感が根強くあります。特に「一帯一路」構想は、インドが自分の勢力圏と位置づける南アジア各国やインド洋を含んでいるため、インド政府からみて面白い話でないことは確かです。
実際、2017年5月に開催された「一帯一路」国際会議に集まった「沿線国」の首脳のなかに、モディ首相はおろかインド政府の代表団の姿はありませんでした(日本からは「政府代表」ではなく自民党の二階幹事長が出席)。中国政府が各国に再三、首脳クラスの参加を呼びかけていたなか、インド政府がこれを全く黙殺したことは、中国主導で進む「一帯一路」に対する、インドの静かな、しかし断固たる拒絶の意思を示すものだったといえます。
そのうえで、インドはこの地域におけるインフラ整備を自ら加速させています。2017年5月末には、アルナーチャル・ブラデーシュ州とアッサム地方を結ぶ、インド最長の9.2キロメートルに及ぶ橋が開通。この地域で進むインフラ整備は、中国国境の防衛を重視するインド政府の姿勢を示します。
中印対立のオッズ
とはいえ、中国とまともに対立することは、インドにとって分の悪い賭けです。
中国とインドの間では経済的な取引も活発ですが、貿易額でみれば中国側の大幅な出超になっています。つまり、もともとの経済規模の差もさりながら、正面から対決した時、インドの方が経済的損失が大きいといえます。


さらに、インドにとってはタイミングもよくありません。
1962年の中印戦争では、中国の奇襲攻撃を前にインド軍は撤退を余儀なくされ、アクサイチンの占拠を許しましたが、これはキューバ危機で米ソが対立している間に起こりました。中印の緊張が高まっていた当時、米国ケネディ政権は「共産主義の脅威」への対応を優先させてインドを支持し、ソ連のフルシチョフ書記長も中ソ論争を背景にインドを擁護していました。つまり、どこまで計画ずくだったかはともかく、少なくとも中国に対するよりインドに好意的な超大国が介入する余裕のないタイミングで、中国は軍事行動を起こしたのです。
現在の世界を見渡せば、米ロ関係は過去最悪といわれるほど悪化しています。お互いのことで手一杯の米ロに、これ以上タスクを抱え込む余地は、ほとんどありません。
インドはもともと中立志向が強く、冷戦期も東西両陣営のいずれとも一定の距離を保っていましたが、1992年からインド海軍は米軍との合同訓練を実施してきた一方、ロシアともMiG-29K戦闘機の購入などを含む安全保障協力を行なってきました。
しかし、トランプ政権は北朝鮮問題だけでなく貿易問題を重視しており、そのキーとなる中国の存在感は嫌が応にも高まっています。また、やはり「一帯一路」に警戒感をもつロシアにとっても、北朝鮮問題やウクライナ問題などの課題が山積するなか、インドとの友好関係の優先順位は必ずしも高くありません。
言い換えれば、今日は、ほとんど注目されないブータンやインドとの国境紛争で中国を制止する意思や力をもつ国がほとんどないタイミングといえるでしょう。
ナショナリズムの衝突
しかし、状況が不利であっても、インドは中国の威圧を正面から受け止めざるを得ません。そこには、中国と同様、そして日本を含む西側先進国と同様、インドでもナショナリズムが高まっていることがあります。
ヒンドゥー・ナショナリズムの高まるインドでは、少数派ムスリムなどに対する嫌がらせや襲撃が横行していますが、モディ政権はその取り締まりに消極的。その一方で、政府に批判的な言論は取り締まりや監視の対象になっており、6月には政府に批判的な報道が目立った、インド最古のテレビ局NDTVが中央情報局の家宅捜索を受け、これに抗議するジャーナリストが全土から同社に参集しました。
高まるナショナリズムのもと、先述の「一帯一路」国際会議に関しても、多くのメディアで「参加するべきでない」という論調が目立ったことが、インド政府代表団の不参加を後押ししました。ただし、このインドのナショナリズムが、中国の重んじるメンツを潰す結果になったことも確かです。
ブータンに対する中国の威圧的な態度に関しても、インドでは「中国の(拒絶反応を限定的に抑えながらも、少しずつ切り落としていく)サラミ戦術」への警戒が広がっています。なかには、インディア・トゥデイのように「(中国のタンカーの多くが通る)マラッカ海峡を封鎖するべき」といった強硬な意見も目立ちます。こうした世論は、インド政府をして、後には引けなくしているといえるでしょう。
こうしてみた時、習近平体制のもとで中国が膨張する傾向を強め、モディ政権のもとのインドでナショナリズムが高まるなか、ブータンをめぐる緊張は抜き差しならないものになる可能性が小さくありません。
それまでの経済的な拡張路線が頭打ちとなりながならも膨張し続けざるを得ない大国同士が、それぞれナショナリズムに支えられ、残りわずかな土地をめぐって対決する状況は、バルカン半島を挟んでロシア帝国とオーストラリア・ハンガリー帝国が対峙していた、第一次世界大戦前夜を思い起こさせます。中印対立の行方は ブータンが「幸せの国」であり続けられるかだけでなく、中国の「一帯一路」にとっての試金石にもなるといえるでしょう。
※Yahoo!ニュースからの転載
- 六辻彰二/MUTSUJI Shoji
- 国際政治学者



