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- 2011年11月11日 11:54
田原総一朗氏「現代日本のデモは1つの”ファッション”になっている」
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田原総一朗氏。(撮影:野原誠治) 写真一覧
「反韓流デモ」はお祭り騒ぎ?
―最近「フジテレビ批判」「反格差」「反原発」などを様々なテーマを掲げたデモが相次いでいます。田原さんは、いわゆる学生運動の時代を実際に体験されてきたわけですが、当時との違いや現代におけるデモの特徴などをお聞かせください。
僕たちが若いときのデモといえば「60年安保闘争」だね。1960年に岸信介内閣が日米安保条約を改定しようとした。吉田茂の結んだ安保条約には、様々な問題点があったけれど、その中でも大きなものとして、以下の3つが挙げられる。
1つめは、条約の期限がない無期限であったこと。2つめは、占領軍は日本政府に相談なく基地を建設できるという内容であったこと。最後は、条約に「米軍が日本を守る」という表現がないということ。要するに正に"奴隷条約"という奴です。
こうした問題点を、岸さんは是正しようとした。まず期限を10年(1960〜70年)とし、その後は毎年更新という形にした。また、基地を作る際には、日本政府の許可を得ることとし、日本を守ることも"義務"にしたんです。つまり、以前よりもずっと"まとも"になったわけだ。ところが、この時に僕も参加していたけれど、デモは毎日毎日「安保反対」「岸はやめろ」と主張していた。
当時はまだ敗戦から時間が経っていなかったから「反戦平和」というイデオロギーがあった。また、戦争を起こして負けた国家は信用できないという空気もあった。まして、岸さんは釈放されたものの「A級戦犯」だった人だからね。なので、安保の改定もろくな内容じゃないだろうと思って反対していたが、実はほとんどの人が吉田安保と岸安保の読み比べをしたことがなかった、僕も含めてね。だから、当時の学生運動というのはイデオロギーでしょうね。
でも、現在行われているデモは、当時とはまったく違う。
これは元々チュニジアやエジプトで始まったデモがスタートだと思う。ああいった独裁国では既存のマスコミはすべて政府に取り込まれていて政府のPR機関でしかない。これに対抗する手段としてTwitterやfacebookが登場した。これによって、画期的、革命的な変化が起きたわけだ。
今までは、ほとんどの国民が情報の"受け手"であるだけだったが、ソーシャルメディアの誕生によって、情報の"送り手"にもなることができるようになった。こうして誕生した情報の"送り手"は、独裁者に取り込まれていない。だから、独裁者の様々な問題点、例えば「多くの反対派を虐殺している」といったような情報が、爆発的な速度で広まっていき、デモのきっかけにもなったんだ。
そして、それを独裁者が弾圧すると、その事実がまたfacebookやTwitterで広がっていく。このようにソーシャルメディアの登場によって、情報の流通の仕方が変わり、これが連日デモの規模を拡大させることにつながった。ついには、エジプト、チュニジアで独裁者を追放しリビアに波及するまでになった。
この事実は、世界に大きく影響を与えていて、中国もこうした動きを非常に警戒している。これが今日本でも起きているデモの根底にもある。つまり、Twitterやfacebookに代表されるネットによる情報の受発信が多くの人々に浸透したことが、基本となっているんだ。
つまり、かつてのイデオロギーによって起こったデモではないということが1つあるね。誰もが情報を受発信できるのは非常にいい事だけど、一方で情報の質が問われるようになった。僕自身も今Twitterで情報収集しているよ、面白いからね。でも、その中にはいい加減な情報も混じっている。



