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- 2011年08月17日 07:00
「大本営発表」を続けるマスメディアの大罪
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ジャーナリスト・日隅一雄氏、高田昌幸氏(自由報道協会主催:著者撮影) 写真一覧
いま、私たちに出来ること
司会:インターネットなどで情報を得ているのは一部の人達だけで、マスメディアの影響力は依然大きい。その中でオルタナティブなメディア、フリーランスが出来る事とは?
森広:既存メディアを変えることは非常に困難。かといって、既存のメディアの中の人が、どうしようもないのかというと、決してそうではない。有能な人間が力を発揮できない。意見を言ったら左遷されるとか、各社人事考課というものが入っていますので、月に何本書いたかとか、それにどういう評価があったかとか、それで給与差が出てくる。ですから、昔のように1ヶ月どこにいるのか分からないけど、急にスクープをどかーんと出すような記者はどうなるんだというと、もう生存できないというような状態になってきている。官僚化、会社員化というのが著しいので、大冒険は出来ない。
原発の報道でも、優秀なライターが海外にいるんですよね。どういう情報を読者が求めているのか、読んでもらわないといけないのかを意識している。チェルノブイリの原発を作った技術者にインタビューしているとか、「原子力産業は常に政治に従属します、それは東西関係ありません」とか、インタビューしてるんです。そういう生々しい事とか、情報公開しないならこっちから取りに行く、その努力をしている。
そういう記事を作ろう、組もうという工夫を大手メディアはしない。だからオルタナティブなメディア、フリーがどう実現していくのかというのが一つの大きな課題。ここで問題になるのは資金の問題と、メディア出身ではなく、全くのフリー(素人)という人が取材したい、書きたいとなった時に、最低限のテクニックは必要になってくるので、そういうトレーニングをいつどこでするのか。講座を開いたこともありますが、1回2回の講座で、コツやポイントは教えられるけど、経験はどこで積むのかという事。既存メディアは社内で10年とかやらせてたわけですね。(メディアに)いると出来るようになるという。そういう場がない人はどうするの、という問題がある。それがだめなら「パブリックアクセス」を何らかの形で保障しろということになる。
オルタナティブを志向する人たちが「人、お金、モノ」知恵だけ出せる人は知恵でもいいんですが、そういうものを結集して、一つの大きな拠点を、作るべきであろうと。既存メディアの関係者とフリーが協力して作らないといけない。それと、パブリックアクセスを日本でどう実現していくのかという議論を具体化していく。この2つが必要。
司会:最後に、今何を一番考えなければいけないのでしょうか?
日隅:我々がメディアを監視・評価しなければならない。新しいメディアが仮に出来た、新しい情報が流れてきたとしても、これまでと同じように、何らかの形で、広告、スポンサー、政府などから影響を受けているようなものだったら、意味は無いわけで、いかにそうさせないかを考えなければならない。それを我々は怠ってきた。いかにして、マスメディアが政府から影響を受けるのか、広告主から影響を受けるのか、それを防ぐためにどういう方法があるのか、(我々は)考えた事がない。教育もされていない。
カナダでは小学校からそういう教育をしている。最終的には、「アメリカではなぜ兵士の死体が写されなくなったのか」というようなことを勉強するわけです。我々はそういう機会がない。これを機に、そういうことを考えて欲しいわけです。つまり、どういう風に政府・広告主から圧力を受けるのか、その圧力をなくすためにはどうしたらいいのか、圧力があるならば、社内でそれに耐えて、自由な記者を増やすためにはどうしたらいいか、これは海外では考えられていて、いろんなシステムがある。編集の独立を守るために経営との間で、問題があれば話し合う場を制度として持っているとか、スポンサーが圧力をかけられない仕組みがあるとか、そういうことを考えるということ。メディアは政府を監視するが、メディアを監視するところはないわけで、それは我々がやるしかない。意識を持って、やっていくしかない。
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東日本大震災、とりわけ、福島第一原発事故の「情報隠し」に対して、フリージャーナリスト、ネットメディアの果たした役割は大きい。上杉氏が指摘したように、戦後最大の危機を迎えている日本が、70年前に犯した「大本営発表」という罪を再び繰り返している。既存メディアが全てウソをつき、フリーが全て正しいという事ではない。情報ソースが限られてしまい、判断の幅が狭まることが問題なのだ。
この後、休憩を挟み、会場の記者からの質疑応答に入った。
・後編はこちら→(市民の政治参加を望まないマスメディア)



