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【特集:震災から100日(3)】都市型災害 仙台で何が起きていたのか

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被災地最大の都市、宮城県仙台市。100万人が暮らす街は震度6弱〜7。仙台市の中心部で震災に遭った、冨高早知子さんにお話を伺いました。津波で大きな被害を受けた、岩手県宮古市のご出身です。【取材・構成 田野幸伸(BLOGOS編集部)】
冨高早知子さん。(撮影:野原誠治)

社員食堂で震度6弱



−3月11日午後、地震の時はどちらにいらっしゃいましたか?

青葉区の仙台三越で働いておりまして、休憩中でした。昼食を社員食堂で食べ終わり、一息ついていたら、周りのみんなの携帯電話が一斉に鳴り出した。緊急地震速報だった。そしたらグラグラと揺れ出して・・・青葉区は6弱だったかな?横揺れでもたて揺れでもなく。ぐるんぐるん回ってた。皿回しのお皿の上にいるような感覚。あちこちで悲鳴が上がって、すごく長くゆれた。「どうしよう?」って考える暇があったくらい。電気がパチパチっとまたたいて、その後全部停電して、真っ暗になりました。売り場に戻ったらもうお客様の誘導も終わっていて、入り口も閉鎖されてました。普段から避難訓練、消防訓練をしっかりやっていたので、訓練どおり避難指定場所の公園へ向かいました。

−津波の情報は入ってきてましたか?

全く入ってこなかったです。友達からのメールで知りました。実家が岩手県の宮古市なんですけど、そこが大変な事になってるって。勤務中の人たちは一切私物を持たずに避難していましたので、みんな分からなかったんです。避難させたお客様の安全確認をして、店舗もスプリンクラーの誤作動で水浸しで、営業できる状態ではなかったので、公園で解散になりました。それが夕方前くらい。そこから普段は自転車とバスを使ってくる通勤経路を歩いて帰って、雪が降ってきて。傘もなく、パンプスだったので大変でした。最初は茨城が震源地らしいとか、情報が錯綜してましたね・・・

−ご自宅の被害状況は?

自宅マンションは幸い大丈夫だったけど、電気・ガス・水道は止まってました。停電は3日〜4日間くらいかな。3月14日に日付が変わる頃、電気が復旧したと思います。なので、TVも見られず、携帯にワンセグも付いてなかったので、友達からの電話とメールだけが情報源だった。家中から電池を集めてきて、携帯の充電に回した。冷蔵庫は保冷剤が沢山入ってたので、極力開けないようにして乗り切りました。

−ご主人はどうしてましたか?

それが、主人は盛岡に出張で、数日帰って来られませんでした。真っ暗な中に1人きりだったので、友達のメールが頼りでしたね・・・

−震災の状況を把握したのはいつ?

次の日、会社に安否確認で出社する途中に、NHK仙台放送局があって、そこの街頭テレビで初めて津波の映像を見ました。30分くらい釘付けでした。

−映像をご覧になっていかがでしたか?

実家(岩手県宮古市)の、近所の魚市場が流されていくのを見て、信じられなかった。怖くなって・・。家族の無事は確認できていたのですが、それも信じられなくなってきて。震災時、兄が、宮古の岸壁で工事をしていて、地面がずれるのを目の当たりにしたらしいんです。現場を仕切っていた年配の方が「とにかく逃げるぞ」とすぐに動いて、一台の車に飛び乗って高い所へ逃げて無事でした・・・

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