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- 2011年06月20日 17:00
【特集:震災から100日(1)】福島・緊急時避難準備区域の住民インタビュー〜90年生きてきて、野菜を買って食べるのは初めてだ〜
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※酒井家のすぐ前にある学校の校庭。手持ちのガイガーカウンターでは1.83マイクロシーベルト/時を示した。撮影 野原誠治 写真一覧
まずは福島第一原発から20数キロの所、福島県南相馬市原町区にお住まいの酒井家の皆さんにお話を伺いました。この地区は事故当初、屋内退避区域に指定され、現在は緊急時避難準備区域になっており、大手マスコミが会社から入ってはいけないと指示されている区域でもあります。
この地域は、福島県広報課のWebページ「計画的避難退避区域及び緊急時準備区域対象市町村について」によると、
○緊急時避難準備区域においては、住民に対して常に緊急的に屋内退避や自力での避難ができるようにすることが求められます。平成23年4月22日付けで発表された国の公示によると、「なお、この区域においては、引き続き自主的避難をし、特に子供、妊婦、要介護者、入院患者等は、当該区域内に入らないようにすること。また、この区域においては、保育所、幼稚園、小中学校及び高等学校は、休所、休園又は休校とすること。しかし、勤務等のやむを得ない用務等を果たすために当該区域内に入ることは妨げられないが、その場合においても常に避難のための立退き又は屋内への退避を自力で行えるようにしておくこと。」と示されている。
となっています。あくまで「自己責任・自力での避難」とされている地域です。
酒井家インタビュー
−今、一番困っていることは?
学校が閉鎖になっていることですね。このあたりの子供は朝7時に集合して鹿島区(30キロを少し出たところ)の学校ににバスで向かって、午後3時にまたバスで戻ってくる。30キロ圏内の学校は全て休校。それが一番困っている。(放射線の)数値は低くても、学校はやっていない。変な話だが、バスで行っている学校のほうが、放射線の数値が高いかもしれない。でも、線引きされたから、どうにもならない。30キロ圏外の学校に、いろんな学校の生徒が集まっている。給食もまだヒドくて、おにぎり(パン)と牛乳と果物ちょっとしか出ない。最近テレビで報じてくれて、ちょっとはましになるといいが、給食センターも被災して、沢山の生徒の分の給食を供給することが出来ない。これから暑くなるから、衛生面も気をつけなければいけないし・・・
-地震はどうでしたか?
揺れがすごかった。瓦が沢山落ちた。おじいさんの仏壇の花瓶が落ちて水浸しになったり、壁に亀裂が入ったり。瓦屋さんもぜんぜん修理に手が回っていない。ナイロンのシートを引いて、雨に耐えている。役所からの放送に耳を傾けて、どの地区に避難指示が出るか耳を澄ましていた。新潟の地震も仙台の地震も経験してきたが、今回の揺れは比べ物にならなかった。揺れが長くて、いつ止まるかわからなかった。隣の家の瓦がパタパタと揺れてるのが良く見えた。屋根の応急処置をするのも大変だった。原発が事故を起こして、「外に出ないで下さい」と言われたが、雨が降ったら困るので、屋根に上ってシートを引いた。
−電気・水道は?
電気はすぐに復旧した。次の日の夜にはもう来た。冷蔵庫の中身も大丈夫だった。同じ区内でも地域によっては、ずっと停電していたが。水道は1週間ダメだった。



