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【佐藤優の眼光紙背】日米関係の時限爆弾となる野田首相の国会答弁

 筆者が本コラム(9月25日付眼光紙背「日米首脳会談で、普天間問題をめぐる深刻な認識の差異が明らかになった」)で、ニューヨークで9月21日(日本時間22日)に行われた日米首脳会談で、オバマ大統領が野田佳彦首相に対し、「結果を求める時期が近づいている」と述べたとされる件について、26日の衆議院予算委員会で野田首相がきわめて重要な答弁をした。毎日新聞の報道を引用しておく。

野田首相:普天間の辺野古移設、米大統領「結果求める時期」発言否定−−衆院予算委

 野田佳彦首相は26日の衆院予算委員会で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の沖縄県名護市辺野古への移設時期について「いつまでにと明示するのは困難だ」と強調し、「誠心誠意、説明しながら、(沖縄県側の)理解をなるべく早い段階で得られるようにしたい」と述べた。
 ニューヨークでの日米首脳会談後、米側はオバマ大統領から「結果を求める時期が近い」と早期実現を求めたことを発表したが、首相は「(記者に)ブリーフした方の個人的な思いが出たのではないか。大統領は『その進展に期待する』という言い方だった」と否定した。石原伸晃氏(自民)への答弁。(9月27日毎日新聞電子版)

 本件について、以下の琉球新報の報道を読むと事態の深刻度がよくわかる。

首相「結果求める」否定 米大統領発言、衆院予算委で答弁

 【東京】日米首脳会談で米軍普天間飛行場移設問題について、オバマ米大統領が野田佳彦首相に対し「結果を求める時期に近づいている」と発言したとされる件で、野田首相が26日の衆院予算委員会で発言の事実を否定した。野田首相は「大統領本人というよりも、ブリーフ(説明)をした方の個人的な思いの中で出たのではないか」と述べた。石原伸晃議員(自民)に答えた。
 オバマ大統領の「結果を求める時期」については、米国務省のキャンベル次官補が記者団に説明していた。
 キャンベル次官補は「日米双方とも結果を求める時期に近づいていることを理解している。その点は大統領も非常に明確にしていた」と言及。それを受け、日本側メディアが大統領発言として報道し「米の強硬姿勢が鮮明」などと解釈を付けていたが、野田首相の認識と大きく食い違っていることが浮き彫りになった。
 野田首相は26日の衆院予算委員会で、首脳会談での普天間に関する議論の中身について「(危険性を)固定化することなく、負担軽減を図っていくという説明をして、沖縄の皆さんのご理解をいただくという基本姿勢を述べた」と説明。大統領の発言については「『その進展に期待する』という言い方だった」と述べ、報道された発言内容を否定した。「結果を求める時期」との発言については「ブリーフをした方の個人的な思いの中から出たのではないか」と指摘した。(9月27日琉球新報電子版)

 国会質問における首相の答弁について、質問者は事前に質問を政府に通告する。石原伸晃自民党幹事長は、「日米首脳会談ではオバマ大統領から、期限を触れて約束の履行を守るよう求められた。このような状態の中で、普天間の移設について、いつまでに結論を出すのか、具体的に」と質した。この趣旨の質問がなされた場合、外務省が答弁案を作成する。その場合、日米首脳会談の記録をチェックする。首脳会談の記録は、外交の世界の業界用語で言う「バーベイタム(verbatim、逐語的な)」で作成される。オバマ大統領、野田首相の発言が正確に再現されるのである。通訳の表現がわかりにくかったり、意訳である場合は、オバマ大統領が英語でどう言ったかも記録される。この記録に照らし合わせたうえで、26日の衆議院予算委員会における野田首相の、「時期が云々というのは、大統領本人というよりも、ブリーフをした方の個人的な思いの中で出たんではないかと思う。オバマ大統領のお話しはその進展に期待をするという言い方であった。」という答弁がなされている。従って、少なくとも日本側の会談記録には、「結果を求める時期に近づいている」というオバマ大統領の発言は記録されていないと考えるのが妥当だ。

 それでは、米国側はどう説明したのか。キャンベル国務次官補のブリーフ記録では、「私が思うに、双方がわれわれは結果を求める時期に近づいていることを理解しており、そして、そのことは大統領によって非常に明確にされた(I think both sides understand that we're approaching a period where we need to see results, and that was made very clear by the President.)。」となっている。

 ブリーファー(説明者)の仕事は、首脳会談の内容に関する正確な情報をマスメディアに提供することだ。そもそも、大統領の発言のごとく装って、「個人的な思い」を伝えることは、外交官の職業的良心に反する行為だ。特に米国は、官僚が大統領の発言の取扱に関しては、とても厳格だ。その意味で、客観的に見て、このブリーフを行ったキャンベル氏は危機的状況に置かれている。もっとも日本のマスメディアがこの事実を大きく扱わないので、この危機的状況が等身大で認識されていない。日本の外務官僚は、この危機が露見しないように、キャンベル国務次官補の「個人的な思い」ということにすれば、何とか逃げることができると考えているのだろう。具体的には、「私は〜と思う(I think~)」と言っているので、これは「個人的な思い」で、それを大統領の発言と勘違いした日本人記者の水準の問題だという、マスメディアを侮蔑した論理を展開している。しかし、キャンベル氏は「このことは大統領によって非常に明確にされた」と述べている。オバマ大統領から時期に関する要請が野田首相になされたと理解するのが合理的だ。

 筆者のところに入ってくる情報だと、外務官僚は「キャンベルさんの説明は(米国の)議会対策の国内向けなので、問題視すべきでない。事態を穏便に済ませるべきだ」という働きかけを民主党の有力政治家に対して行っている。しかし、このアプローチは間違いだ。沖縄の世論は、オバマ大統領の言葉を「騙って」、米国の官僚が「結果を求める時期に近づいている」と米海兵隊普天間飛行場の辺野古移設の強行に向けた圧力をかけてきたと見ている(そう見て当然である筆者も思う)。これに対して、国会の場で、野田首相が「時期が云々というのは、大統領本人というよりも、ブリーフをした方の個人的な思いの中で出たんではないかと思う。オバマ大統領のお話しはその進展に期待をするという言い方であった。」とキャンベル氏のブリーフ内容を否定したにもかかわらず、その事実を日本の外務官僚がひたすら隠蔽しているように沖縄のマスメディア、政治エリートには映る(そう映って当然と筆者も考える)。野田首相の国会答弁が、日米関係に時限爆弾を仕掛けることになったと筆者は見ている。

 この問題については、日本政府が外交ルート(すなわち日本外務省)を通じて、事実関係を確認し、「オバマ大統領は『結果を求める時期に近づいている」と発言しなかった」という事実関係を明らかにするとともに、「キャンベル国務次官補は、『双方がわれわれは結果を求める時期に近づいていることを理解しており』とおっしゃられたが、少なくとも日本側、すなわち野田首相は、そう認識していない。普天間飛行場の移設は沖縄の人々の理解を得ずに進めることはできないので、時間が必要だというのが日本側の認識だ」という実状を明らかにすべきだ。

 沖縄の外務官僚、防衛官僚に対する不信は極点に達している。政治主導でその不信から信頼に向けた道筋を整えなくては、普天間問題の解決は不可能だ。キャンベル氏の「個人的な思い」によるフライングが、ただでさえ複雑な沖縄の人々の感情を一層複雑にしていることを東京の政治エリート(国会議員、官僚)は、冷徹に認識することだ。真実を明らかにし、「結果を求める時期に近づいている」という時限性の圧力を取り払うことが、日米同盟を危機から救うことになる。私が思うに(I think)、現在の外務官僚の姑息な手法では、日本の友人であるキャンベル氏にかえって迷惑をかけることになる。(2011年9月29日脱稿)


佐藤優(さとう まさる)

1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。
2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に「予兆とインテリジェンス」(扶桑社)がある。

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