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【佐藤優の眼光紙背】日米首脳会談で、普天間問題をめぐる深刻な認識の差異が明らかになった

 日米首脳会談は、大成功であったという印象を焼き付けるべく、野田首相周辺や外務省は腐心しているようだ。以下の趣旨の記事を多く目にする。

米大統領:「彼となら仕事できる」…「実務的」首相に好感

 【ニューヨーク高塚保】オバマ米大統領が野田佳彦首相との初の首脳会談後、「I can do business with him.(野田首相となら仕事ができる)」と語っていたことが、大統領周辺から日本側に伝わった。首相の同行筋が22日、記者団に明らかにした。
 大統領は「実務的」(外務省幹部)と言われ、同様に実務的な首相に対して好感を抱いたようだ。ただ、会談では米軍普天間飛行場の移設問題で、大統領が「結果を求める時期が近い」と迫るなど、早速難問が突きつけられた。首相に具体的な成果を求める米側の圧力が今後強まりそうだ。(9月23日毎日新聞電子版)

 首相同行筋というのは、業界用語で、首相官邸の政治家や内閣官房のスタッフだけでなく、今回の訪米に同行した外務官僚を指す。同行筋は、大統領周辺が<I can do business with him.>と伝えてきたという情報を流し、「野田首相となら仕事ができる」とオバマ大統領が野田首相に好感を抱いているという「物語」をつくろうとしている。ほんとうにそうなのだろうか? 筆者は懐疑的だ。まず、I can do business with him.のdo business withは、成句で「…と取り引きする」(『ジーニアス英和辞典』大修館、『新英和中辞典』研究社など参照)と訳すのが通例だ。オバマ大統領の発言を素直に訳せば、「野田首相とは取り引きができる」となる。高校英語レベルの成句なので、外務省に合格する英語力のある者が間違えるはずがない。businessという単語があるから、あえて「仕事」と訳して、「野田首相となら仕事ができる」という日本語にし、「オバマ大統領の野田首相に対する好感」という「成果」をつくり出そうとする外務官僚の姑息なやり方と筆者は見ている。一般論として好感を抱いていない相手とでも取り引きは可能だ。「取り引き」は帝国主義外交の基本である。米国が日本と「取り引き外交」を行おうとしている現実を冷徹に認識する必要がある。

 さらに日米首脳会談のサブスタンス(実質的内容)をめぐるより深刻な事実認識の差異が露呈した。9月24日「琉球新報」はこう報じた。

「普天間移設」大統領発言、疑義が浮上 首をかしげる首相

 【東京】日米首脳会談で米軍普天間飛行場移設問題について、オバマ米大統領が野田佳彦首相に対し「結果を求める時期に近づいている」と発言したとされる件で、発言の事実に疑いが浮上している。野田首相は首脳会談後の記者団との懇談で発言について問われ、首をかしげて「進展を『期待する』という話はあった」と説明した。オバマ大統領の「結果を求める時期」については、米国務省のキャンベル次官補が記者団に説明していた。野田首相の認識と食い違っていることが明らかになった。
 21日(日本時間22日)、首脳会談には野田、オバマ両首脳の他、玄葉光一郎外相、クリントン国務長官が参加。外務省や国務省職員ら両国事務方も同席した。会談終了後、キャンベル次官補が報道陣に、会談内容について「われわれは結果を求める時期に近づいている。それは大統領からも明確にあった」と解説した。
 それを受け、日本メディアは「(オバマ大統領は)具体的な進展が得られるよう日本側の努力を強く要求した」と報道。この「結果要求」の背景としては、「普天間移設とセットである在沖米海兵隊のグアム移転の実現性にも(米議会から)厳しい視線が注がれ、現行計画が空中分解しかねない現状への米側のいら立ちを映し出した」とした。
 関係者によると、野田首相は記者団に「オバマ大統領との会談で結果を求められたのか」と問われ、首をかしげた。首相は普天間問題のやりとりについて「こちらから沖縄の負担軽減を図りながら、誠心誠意説明していくという話をした。(大統領から)進展を期待しているという話はあった」と述べたという。(http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-182019-storytopic-3.html)

 日米首脳会談において、オバマ大統領が野田首相に対して、「われわれは結果を求める時期に近づいている」と述べたことが事実ならば、極めて重要な問題である。それを野田首相は正確に認識せず、「進展を『期待する』という話はあった」と受け止めていたということになる。普天間問題について、米国外交の最高責任者であるオバマ大統領が、「時期に近づいている」という時限性、「成果を求める」という内容についての履行を米国が求めているか、それともただ「進展に期待する」という希望を表明しただけであるかでは、今後の外交交渉の組み立て方が本質的に異なってくる。真相を明らかにする責任が、首相官邸、外務省にある。

 筆者のところに入ってきた情報では、野田首相による説明は、9月22日、ニューヨークのホテルで行われた内政懇のときのものだ。内政懇(内政懇談)という業界用語は、外国訪問中の首相、外相などの要人が同行記者団を相手に国内政治について懇談することである。オンレコードの扱いになる。従って、この場での野田首相の発言は、記者会見のときと同様に報道に反映する。
 このとき同行記者と野田首相との間で次のやりとりがあったということだ。
 まず、記者が「普天間飛行場の移設問題で、キャンベル米国務次官補によると、大統領は結果を出すよう求めた」と質したのに対し、野田首相は首をかしげた。そして、「やりとりとしてこちらの立場を申し上げた。日米合意にのっとってやっていくということで、沖縄の負担軽減を図りながら、少なくとも普天間に固定化しないようにしないといけないということで、誠心誠意、沖縄に説明するという話をして、(オバマ大統領からは)『その進展を期待している』という答えはあった。」と答えた。「結果を出すように求めた」という発言がオバマ大統領からあったという事実を野田首相は確認していないのである。そこで記者がさらにこう確認した。
「結果を求められるような時期が近いという趣旨の発言がアメリカ側のブリーフで出ている。」
 これに対し、野田首相は、「『進展を期待している』という答えだったと思う」と答えた。
 今回の日米首脳会談における重要なポイントであるオバマ大統領が野田首相に対して、「われわれは結果を求める時期に近づいている。」という発言があったか、なかったかという事実関係が宙に浮いた状態になっているのだ。

 通訳ミスを除けば、理論的に考えられる可能性は2つに絞られる。

 第1は、米国側が不正確なブリーフをしたことだ。<キャンベル次官補が報道陣に、会談内容について「われわれは結果を求める時期に近づいている。それは大統領からも明確にあった」と解説した>ということであるから、その場合、キャンベル氏は大きな責任を負わなくてはならなくなる。

 第2は、野田首相が、オバマ大統領の発言を理解できなかったという可能性だ。前にも述べたように、「時期に近づいている」という時限性、「成果を求める」という内容についての履行を米国が求めているか、それともただ「進展に期待する」という希望を表明しただけであるかでは、今後の外交交渉の組み立て方が本質的に異なってくる。まさにこれは今回の日米首脳会談の最重要事項だ。このような最重要事項を理解できないような人には、外交的資質がないということになる。しかし、いくら外交の経験を積んでいないといっても、野田氏はこれまでに幾多の政争を経験し、首相にのぼりつめた政治家だ。オバマ大統領の発言の重要事項を理解できないということは考えられない。

 外務省は、外交の専門家集団としての職業的良心に従い、真相を明らかにすべきだ。しかし、外務省はなぜ報道で指摘されるよりも前にきちんと手を打たないのか。外務省は野田首相の内政懇の記録をもっているはずだ。記録を読めば、問題の所在に気づかないはずがない。

 I can do business with him.の意訳、内政懇問題の無視は、いずれも日米首脳会談の成果を誇大に宣伝し、深刻な問題を隠蔽しようとする外務官僚の自己保身から生じたものと筆者は見ている。外務官僚には、野田政権を本気で支える気持ちがあるのだろうか? 日米首脳会談に対する誠意を欠く外務官僚の対応は、国民を愚弄するものである。(2011年9月24日脱稿)


佐藤優(さとう まさる)

1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。
2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に「予兆とインテリジェンス」(扶桑社)がある。

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