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【赤木智弘の眼光紙背】エイズ患者が増える社会は、ダメな社会なのかも

 2010年に新規発症したエイズ患者が、過去最多の453人になったという。

 HIVキャリアの数も増えている一方で、保健所での検査や相談は減っているようだ。(*1)(*2)


 発症者の増加については、時代的な要因があるとは、あまり考えられない。HIVウイルスに感染しても発症しない潜伏期間は、数年から十数年と、人によってバラバラであり、発症数そのものに時代の要因を絡めて、何かを語る事は無茶だろう。

 しかし、感染から数ヶ月で分かるHIVキャリア数の増加と、検査数が減った事については、ある程度の要因が想像できる。


 まず、2004年までと少し古いデータだが、コンドームの生産量は、80年代後半と、90年代前半をピークに、その後は減り続けている。

 80年代後半の生産量の増大は、1985年に厚生省がアメリカ帰りの日本人男性を、日本人のエイズ患者1号として公表。翌86年にはフィリピン女性のHIV感染が報じられた。さらに87年には、風俗店で働いていた女性が日本人女性患者1号として発表。また出産前の主婦の感染が報じられたことで、差別と偏見と恐怖に満ちた「エイズパニック」が起きていたという、当時の状況があった。

 ちなみに、いわゆる「薬害エイズ」による、血友病患者のエイズ発症やHIV感染事例が確認されたのは、日本人エイズ患者1号が公表された前年の1984年である。


 90年前半のピークは、パニックが落ち着き、薬害エイズ問題もしっかりと報じられ、患者数も増え、正しい情報が徐々に伝わっていくにつれて、エイズは決して同性愛者や薬物使用者、そして血友病患者ばかりに関わりのある病気ではなく、異性間の性行為などの行為でも感染する、多くの人たちにとって無関係ではない病気であるということが理解されるようになった。

 そして、1991年の11月には、当時人気だったNBAのプロバスケットプレイヤー、マジック・ジョンソンがHIVキャリアである事を告白して引退。続けざまに、世界的に知られたロックバンド「QUEEN」のボーカル、フレディー・マーキュリーが合併症で亡くなった。

 こうして、社会的な成功者までもがエイズで苦しむ状況が報じられると、意地の悪い言い方をすれば、エイズ患者を「同性愛者だ、売春婦だ、不倫だ浮気だ」と見下す事もできなくなったとも言えよう。


 しかしその後、コンドームの生産量は減り続け、HIV感染が増え、検査の数は減った。

 エイズが一般的な病気になり、ニュースバリューが減った事によって伝えられなくなった事で、HIV感染予防に対する意識が低下しているということも1つにあるのだろう。

 また、単純に「不況でお金がない」ことの問題もある。

 コンドームは決して高いものではないが、セックスの度に使えば、中にはそれなりの額になる人も出てくるはずだ。セックス自体はコンドームがなくてもできるので、コンドーム代がさも「余分な出費」のように思われ、コンドームを使わずセックスをするような事が増えているのかも知れない。

 また、まともな社会保障もなく、会社に正社員として居続けないと生命の危機にまで陥りかねない我が国の現状では、HIVの検査を行なって陽性であったら、会社を辞めさせられて収入を失うかもしれないという危機感もあり、検査数が減っている事もあるのではないか。

 昨年の4月には、愛知県の病院で、HIV感染を理由に看護師が退職勧告を受けたという問題も報じられており(*3)、偏見はまだ根強い。


 あと、もう1つ、不況の不安からか国家を大いなる者として扱い、愛国心や道徳心のようなものを涵養せよといった声が大きくなった事も、HIV感染増加や検査数減少の要因なのではないだろうか。

 こうした人たちの中では、家族を大切にする事と、学校で性教育を教えたりすることという、まったく違うレイヤーの話を、直線的な問題として認識されている場合が多々ある。

 彼らは学校がコンドームの使い方などを教えようとすれば「過激な性教育」であるとレッテルを貼る。しかしHIV感染の防止に必要なのは、感染を防止する具体的な方法や知識であるが、昨今の性教育に対する批判の大きさを見れば、消極的な空気が流れることも、致し方ないだろう。

 そうして教育側が手をこまねいているうちに、子供たちの間では「コンドームなど使わず、生ですることこそが、愛情の証」のような屁理屈がまかり通ってしまう事になる。


 ただ「子供に正しい性教育を」と主張したり、「過激な性教育」とがなる人たちは、偏見の持ち主なのだ。とレッテルを貼る事は簡単だが、実際の具体的事例にはえげつないものもある。

 外国ではエイズの蔓延を防止する正しい知識として「ドラッグのために使う注射器の消毒方法」を紹介することもある。これは注射針の使い回しなどが、HIV感染の危険性を高めるからだが、日本でこれをHIV感染防止のためにとして、紹介する事は妥当であろうか?

 自分としては妥当と考えるのだが、「正しい知識を教える」という場合には、単に「正しい知識」ということではなく、具体的な知識を教える必要があるという事に留意すると、過激な性教育として批判する人たちを頭から非難する事もできないだろう。


 この記事を書くにあたり、ネット上でエイズに関する資料を調べたりしたのだが、今回の報道に対して「学校や会社などでの検査を義務づけるべき」とか「感染症なのだから、キャリアは隔離しろ」といった、無知と偏見と満ちた暴言も目に付いた。

 90年度始めの方で、偏見から逃れつつあったエイズという病気が、なにか再び偏見の波に飲まれそうになっているのかも知れない。

 しかし、そうした偏見の行き着く先は、感情的で醜い差別と、具体的な対応が妨げられる結果としての、HIV感染の蔓延である。

 エイズの新規患者が増えているというニュースを、「エイズで日本が滅びる!」などという、決して恐ろしい事態として想定する必要はないが、それでもそうした増加の裏に、無知や偏見があるとすれば、その数値は無知や偏見を許してしまっている日本のダメな現状を示す、1つの指標になるのかも知れない。


*1:2010年のエイズ新規患者、過去最多の453人(朝日新聞)http://www.asahi.com/health/news/TKY201102070340.html
*2:平成22年第4四半期におけるエイズ発生件数(厚生労働省)http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000121rr.html
*3:看護師退職勧奨 『HIV 差別なくして』(中日新聞)http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20100430145206773

■プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

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