記事
- 2010年07月01日 10:00
【赤木智弘の眼光紙背】労働の意欲を犯罪に向けさせないために
愛知県の男子中学生が、動画サイトに発売日前のマンガ雑誌に収録されている作品そのものをまとめた動画をアップしていたとして逮捕された。(*1)
動画をアップしていた男子生徒は、まさか自分が逮捕されるなど思っても見なかった事だろう。ネット上の著作権法違反などはよくあることで、マンガも音楽もゲームも、色んな場所にアップされている。彼もそうした文脈をマネただけだと思っていただろう。
しかし、それが「発売前のマンガ雑誌」なのは良くなかった。生鮮品である週刊のマンガ雑誌のネタバレは雑誌の売り上げに直結するために、被害を訴える優先順位は極めて高い。
男子中学生は「視聴者から反響があるのがうれしかった」と述べているそうだが(*2)、その反響は逮捕や訴訟というリスクの裏返しであることに、彼は少しでも早く気づくべきであった。
しかし、その一方で、彼はそうした著作権法違反以外の行為で、自尊心を満足させる事はできなかったのだろうか?
日本でバブルが崩壊し、経済成長が望めなくなって以降、大人による子供や若者に対する「要求」の水準は上がる一方である。石川遼や錦織圭といった、若いながらも世界で活躍する若者たちが誉めそやされる一方で、普通の若者たちに対する社会の評価は、ひたすら下がり続けている。昔の若者が「活動的」で「高度経済成長を支えた」と讃美される一方で、現代の若者が「キレる14歳」や「ゆとり世代」などと卑下される。それはさも、現状がままならない大人たちにとって、体のよい卑下の対象として見下され続けているかのようだ。
そうした社会的風潮の中で、子供たちが「普通に生きる事」によって得られ自尊心が大きく減少した事によって、彼が訴訟や逮捕というリスクを犯してまでも、満足できるだけの自尊心を得なければならい事態に貶められているのではないか。そう考える事が、犯罪への許容や、責任の転嫁であるとは、私は思わない。
見ている人から反響を得る事が嬉しかったから、わざわざ動画を作ってアップし続けた。
記事中では「動画を削除されても、別IDを使って投稿を繰り返していた」といい、警察はこれを悪質性が高いと判断したようだが、逆の視点から見れば、そうした困難を排しても反響を得たかったのだともいえる。彼にとっては、そうして反響を得る事が、学校の枠に留まらない広い社会との接点だったのだろう。
確かに、今回の行為は著作権法違反である。しかし、彼が世間の反響に喜び、そうした行為を続けたそのこと自体を、本質的に批判できるものだろうか?
私は、こうした世間との接点のために雑事をこなすことが「労働」の原点であると考えている。
いまのところ、彼がどのようにして発売前のマンガを集めたかはハッキリとしたとは言えないが、それでもマンガを集めて動画にするという「労働」を彼は行っていたのである。
日本で「労働」というと、賃労働のことばかりになってしまい、ベーシックインカムの議論などでも「それでは働く人がいなくなる」と批判する人がいるが、たいていの人間は引きこもって食事をするだけで生きていけるほど、強靭な精神力を持ってはいない。
そうした意味で、この男子中学生は、労働を通して社会参加をするという、きわめて健全な意欲をもっていると言える。犯罪行為を「反社会的行為」と称する事があるが、この件については、犯罪であってもその犯罪の意味はきわめて「親社会的行為」ではないだろうか。ただ、その親社会性を満たすことができるだけの「回路」が彼の生活の中に存在しなかったのではないか?
だとすれば、単純に彼を「考えの足りない中学生」として批難するのではなく、社会の側が彼らのような年代が自尊心を満足させながら社会に溶け込めるようなハシゴを用意してあげる事こそ、重要なのではないだろうか。
*1:ユーチューブに30作品118話投稿=逮捕の中3、発売前に−京都府警(時事通信)http://www.jiji.com/jc/zc?k=201006/2010061400759
*2:「反響うれしかった」と逮捕の中3=海外サイトから漫画画像入手―京都府警(時事通信)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100625-00000138-jij-soci
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「「当たり前」をひっぱたく」など。
動画をアップしていた男子生徒は、まさか自分が逮捕されるなど思っても見なかった事だろう。ネット上の著作権法違反などはよくあることで、マンガも音楽もゲームも、色んな場所にアップされている。彼もそうした文脈をマネただけだと思っていただろう。
しかし、それが「発売前のマンガ雑誌」なのは良くなかった。生鮮品である週刊のマンガ雑誌のネタバレは雑誌の売り上げに直結するために、被害を訴える優先順位は極めて高い。
男子中学生は「視聴者から反響があるのがうれしかった」と述べているそうだが(*2)、その反響は逮捕や訴訟というリスクの裏返しであることに、彼は少しでも早く気づくべきであった。
しかし、その一方で、彼はそうした著作権法違反以外の行為で、自尊心を満足させる事はできなかったのだろうか?
日本でバブルが崩壊し、経済成長が望めなくなって以降、大人による子供や若者に対する「要求」の水準は上がる一方である。石川遼や錦織圭といった、若いながらも世界で活躍する若者たちが誉めそやされる一方で、普通の若者たちに対する社会の評価は、ひたすら下がり続けている。昔の若者が「活動的」で「高度経済成長を支えた」と讃美される一方で、現代の若者が「キレる14歳」や「ゆとり世代」などと卑下される。それはさも、現状がままならない大人たちにとって、体のよい卑下の対象として見下され続けているかのようだ。
そうした社会的風潮の中で、子供たちが「普通に生きる事」によって得られ自尊心が大きく減少した事によって、彼が訴訟や逮捕というリスクを犯してまでも、満足できるだけの自尊心を得なければならい事態に貶められているのではないか。そう考える事が、犯罪への許容や、責任の転嫁であるとは、私は思わない。
見ている人から反響を得る事が嬉しかったから、わざわざ動画を作ってアップし続けた。
記事中では「動画を削除されても、別IDを使って投稿を繰り返していた」といい、警察はこれを悪質性が高いと判断したようだが、逆の視点から見れば、そうした困難を排しても反響を得たかったのだともいえる。彼にとっては、そうして反響を得る事が、学校の枠に留まらない広い社会との接点だったのだろう。
確かに、今回の行為は著作権法違反である。しかし、彼が世間の反響に喜び、そうした行為を続けたそのこと自体を、本質的に批判できるものだろうか?
私は、こうした世間との接点のために雑事をこなすことが「労働」の原点であると考えている。
いまのところ、彼がどのようにして発売前のマンガを集めたかはハッキリとしたとは言えないが、それでもマンガを集めて動画にするという「労働」を彼は行っていたのである。
日本で「労働」というと、賃労働のことばかりになってしまい、ベーシックインカムの議論などでも「それでは働く人がいなくなる」と批判する人がいるが、たいていの人間は引きこもって食事をするだけで生きていけるほど、強靭な精神力を持ってはいない。
そうした意味で、この男子中学生は、労働を通して社会参加をするという、きわめて健全な意欲をもっていると言える。犯罪行為を「反社会的行為」と称する事があるが、この件については、犯罪であってもその犯罪の意味はきわめて「親社会的行為」ではないだろうか。ただ、その親社会性を満たすことができるだけの「回路」が彼の生活の中に存在しなかったのではないか?
だとすれば、単純に彼を「考えの足りない中学生」として批難するのではなく、社会の側が彼らのような年代が自尊心を満足させながら社会に溶け込めるようなハシゴを用意してあげる事こそ、重要なのではないだろうか。
*1:ユーチューブに30作品118話投稿=逮捕の中3、発売前に−京都府警(時事通信)http://www.jiji.com/jc/zc?k=201006/2010061400759
*2:「反響うれしかった」と逮捕の中3=海外サイトから漫画画像入手―京都府警(時事通信)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100625-00000138-jij-soci
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「「当たり前」をひっぱたく」など。



