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- 2010年05月10日 10:00
【佐藤優の眼光紙背】鳩山内閣の崩壊は誰の利益に適うか?
5月4日、鳩山由紀夫総理が、日帰りで沖縄を訪問し、仲井眞弘多沖縄県知事、高嶺善伸沖縄県議会議長、稲嶺進名護市長らと会談した。
那覇での記者会見で、鳩山総理は、「今日は沖縄にお邪魔をして、まず基本的なわたくしの考えは、きょうも今シュプレヒコールがありますけれども、沖縄の皆さんの率直なお気持ちをうかがいたいと、それが一番の目的でございます。その中で、沖縄の仲井真知事と面談をいたす機会をいただきました。そこでわたくしから申し上げたのは、やはり、えー、この現在のアメリカ、日米同盟の関係の中で抑止力を維持する必要性というようなことから、国外あるいは県外にすべてを、普天間の機能をですね、移設することは難しいということに至りました。したがって誠に申し訳ないという思いで今日はおうかがいしたんですが、沖縄の県民の皆さま方のご理解をたまわって、やはり沖縄の中に一部、この機能を移設をせざるをえないと。そのようなことに対してご理解をいただけないかということを、仲井真知事に申したところでございます」(5月4日asahi.com)と述べた。
新聞もテレビも、鳩山発言から「国外あるいは県外にすべてを、普天間の機能をですね、移設することは難しいということに至りました」という部分だけを取りあげ、公約違反であると総理を激しく非難した。
これに対して、5月6日、鳩山総理は、民主党の公約違反ではないと反論した。その結果、「こいつは言い逃れしか考えていない」と鳩山総理に対する批判が一層高まってた。読売新聞の報道を見てみよう。
<鳩山首相は6日午前、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題で、昨年の衆院選に向けた遊説で「最低でも県外移設」と明言した自らの発言について、「公約は党の公約、『最低でも県外』と言ったのは自分自身の発言。場当たり的に申し上げているつもりはない」と述べ、選挙の公約ではないとの考えを強調した。
そのうえで、「沖縄の負担軽減、そのための米軍再編などに対する見直しをしっかり行いたいというのが公約だ」と述べた。首相公邸前で記者団の質問に答えた。
首相は4日の沖縄訪問で、記者団に「党ではなく、私自身の(民主党)代表としての発言だ」と述べた。個人的な発言と位置づけて自らが陳謝することで、県内移設にカジを切る狙いがあったとみられるが、すでに野党や沖縄の世論などからは、厳しい批判が上がっている。>(5月6日読売新聞電子版)
さらに5月7日、鳩山総理は、鹿児島県・徳之島の3町長と会談し、普天間飛行場の機能の一部受入を要請したが、3町長は拒否した。鳩山総理は窮地に陥っている。全マスコミが鳩山批判を展開する中で、民主党の小沢幹事長の「政治とカネ」の問題もあわさり政権支持率が10%台に落ち込むのも時間の問題と思われる。鳩山政権は、「完全危険水域」に入る。この状況を利用し、野党・自民党だけでなく、与党・民主党内の不満分子も鳩山政権打倒の動きを加速さている。もっとも民主党内の不満分子の標的は鳩山総理ではない。現下の状況で、鳩山総理と小沢幹事長は一蓮托生なので、鳩山氏を総理の座から引きずりおろすことで、小沢幹事長の影響力を排除しようとしているのだ。
このような事態に直面して、政治評論家、有識者の多くが鳩山政権批判を強めている。またこれまで積極的に民主党政権を擁護していた人々も、鳩山総理から距離を置こうとしている。筆者は、こういう状況であるから、あえて声を大きくして鳩山総理を擁護することにした。それは、情勢を客観的に見た場合、いま普天間問題を理由に鳩山内閣を崩壊すると、その結果、官僚の力が極端に強まり、日本の民主主義が機能不全に陥ると考えるからだ。感情を排して、現状をできるだけ客観的に分析しないとこの危機が見えない。
鳩山由紀夫日本国内閣総理大臣という1人の人間に2つの機能がある。
第1は、日本国民の選挙によって、多数派を形成した民主党の代表としての機能だ。国民によって形成される社会を代表する機能と言い換えてもよい。
第2は、官僚の最高責任者としての機能だ。
この2つの機能が「区別されつつも分離されずに」、鳩山総理に体現されている。
昨2009年8月30日の衆議院議員選挙(総選挙)で政権交代が起きるまで、鳩山総理は第1の社会の代表としての機能だけを果たしていた。もっとも民主党には、官僚出身(過去官僚)あるいは労働組合幹部のように官僚的体質をもった政治家がもともと多い。こういう人々は、無意識のうちに官僚的な思考をする。既成の概念を崩すことができない。2008年に民主党が発表した「沖縄ビジョン」で普天間飛行場の移設先が「沖縄県外もしくは県内」となっていたのが、2009年のマニフェスト(選挙公約)における「沖縄の負担軽減、そのための米軍再編などに対する見直しをしっかり行いたい」という表現は、民主党内で行われた社会を代表する勢力と官僚を(潜在的に)代表する勢力がぶつかりあう中での妥協の産物なのである。民主党内の官僚勢力の本音は、自民党時代の日米合意の踏襲だ。民主党の公約がこのような妥協的なものであるのに対して、鳩山氏は、党代表の立場として、自らの政治決断として「最低でも(沖縄)県外」という公約をしたのだ。
鳩山氏は、総理になってからもこの公約に固執した。しかし、2月半ばに与件が大きく変化した。沖縄選出の下地幹郎衆議院議員(国民新党、沖縄1区)が、普天間飛行場の沖縄県内への移設を公然と主張した。それに平野博文内閣官房長官と北澤俊美防衛大臣歩調をあわせた。このことのもつ意味がメディアでは過小評価されている。
<政府は米軍普天間飛行場移設に関する最終的な決着案として、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ陸上部分への移設を模索していることが14日、複数の政府関係者の話で分かった。米側とも交渉を進めている模様だ。政府与党3党の沖縄基地問題検討委員会で新たな移設先の検討を進める中、同検討委とは別に政府内で議論が進められていることに対し、検討委の議論軽視とも受け取れ、与党内の反発も予想される。
名護市への移設反対を掲げ当選した稲嶺進市長は同日、シュワブ内への移設に反対する考えを明らかにした。
シュワブ陸上案の検討は、防衛省政務三役直属の特命作業班「普天間代替施設検討チーム」が中心になって進められている。関係者によると、平野博文官房長官が2月はじめ、国外、県外への移転が不可能となった場合の方策として北沢俊美防衛相に検討を指示した。
北沢氏は、検討委の議論との整合性を図るため、検討委員である国民新党の下地幹郎政調会長に、国民新党案としてシュワブ陸上案を委員会に提案するよう要請した。>(2月15日琉球新報)
今回の総選挙で当選した与党の下地氏が沖縄県内への移設を公言したことにより、「ゲームのルール」が変化した。これまで民主党は「沖縄県の民意は少なくとも県外」という前提で解決策を見いだそうとしていた。下地氏の発言によって、東京の政治エリートは、沖縄県内への移設を強行しても地元を説き伏せることはできるという認識をもった。この機会を逃さずに、外務官僚、防衛官僚が、沖縄県内への移設に向けて総攻勢をかけた。鳩山総理に「官僚の最高責任者としての機能」だけを果たさせようとしているのだ。特に外務官僚は、「アメリカから外圧がかけられている」という雰囲気を醸し出す対政界、対メディア工作を行い、それが効果をあげた。鳩山総理は、このまま官僚に引き寄せられると、政権が崩壊するか、あるいは官僚の操り人形になるという危機意識を抱いている。しかし、孤立無援に近い状況に追い込まれ、所与の条件下で、社会の代表と官僚の最高責任者の両機能を果たすことができる均衡点を探している。それが外部からは迷走のように見える。
沖縄で、官僚勢力の意向を代弁するかの如く抑止力論を鳩山総理は展開した。しかし、沖縄のは聞く耳をもたなかった。抑止力は安全保障の基本中の基本概念だ。沖縄は抑止力を理解していないのだろうか? そうではない。太平洋戦争中に沖縄戦を体験し、米軍と自衛隊の基地を抱えている沖縄は、抑止力のもつ意味をよくわかっている。沖縄が抑止力論による議論に忌避反応を示すのは、安全保障の問題に関する議論をする前提となる信頼関係が東京の政治エリート(閣僚・国会議員・官僚)と構築できていないからである。抑止力論をわかりやすく言い換えると、「日米同盟を維持するために沖縄が必要なのだ。それだから、沖縄県民には運が悪かったと思ってあきらめ、日本国全体のために然るべき負担をしろ」ということだ。これは、太平洋戦争末期に「本土防衛のため」という国策で沖縄を「捨て石」にした大本営のエリート参謀たちの論理の反復にすぎない。沖縄は「捨て石」の役割を十二分に果たした。文字通り玉砕した。しかし、日本本土は玉砕せずに、大本営のエリート参謀の大多数は生き残った。大本営のエリート参謀は、所与の条件下、日本本土が生き残るためにもっとも合理的な選択をしたのである。「捨て石」にされた沖縄が、「俺たちのために、あんたたちは犠牲になれ。そいう運命なのだ」という理屈を絶対に受け入れることはない。抑止力という切り口から、沖縄と議論を始めた瞬間に、その交渉が決裂するということを東京の政治エリートは理解できていないのである。残念ながら、この政治エリートの「常識」に鳩山総理も引きずられている。
沖縄が展開しているのは、反軍・反米闘争ではない。沖縄は、「左翼の島」ではない。他の日本のどことも同じで、沖縄には左翼もいれば右翼もいる。そしてノンポリもいる。伝統、習慣を尊重し、年配者を大切にすることは保守的価値観だ。その観点からするならば沖縄の土地柄は日本でもっとも保守的だ。沖縄が怒っているのは、日本の陸地面積のわずか0.6%の沖縄に在日米軍基地の74%が存在するという不平等な状態を東京の政治エリートが是正しようとしない現状に対してだ。沖縄はそこに政治エリートの沖縄に対する意図的もしくは無意識の差別感情があると考えている。4・25県民大会で、仲井眞知事は、「終戦からかれこれ70年、日本復帰をしてから40年たちました。戦争の痕跡はほとんどなくなりました。しかしながら、米軍基地、基地だけは厳然と、ほとんど変わることなく目の前に座っているわけでございます。/ですからこれは、日本全国でみれば明らかに不公平、差別に近い印象すら持ちます」(4月25日asahi.com)と述べた。普天間問題の本質が、沖縄差別であるという認識が、沖縄の人々の間で静かに共有されている。この認識が「日本の中央政府を信頼していると、われわれが名誉と尊厳を維持して生き残ることができなくなるのではないか? あの人たちは、われわれを同胞と見なしていないのではないか」という政治意識に発展するのは時間の問題だ。不信感を払拭する努力を、政治エリートが目に見える形で行わない限り、普天間問題で政府が沖縄と「共通の言葉」を見いだすことはできない。
これまで、普天間問題に国民のほとんどが関心をもっていなかった。辺野古という地名を知っている人もほとんどいなかった。あえて逆説を述べれば、普天間問題がまさに国家規模の問題であることを、国民に認識させたことが鳩山政権の大きな「成果」といっていい。
いまわれわれが考えなくてはならないのは、日本の国家統合を維持、強化することだ。普天間問題で鳩山内閣が崩壊すれば、次の内閣は、アメリカ・カードを最大限に活用する外務官僚、防衛官僚の移行を反映し、自民党政権時代の日米合意に基づくキャンプ・シュワブの辺野古沿岸もしくは日米合意を微調整した辺野古沖合への普天間飛行場の移設強行を決定する。その結果、移転先とされたキャンプ・シュワブだけでなく、嘉手納基地、キャンプ・ハンセンなどを含む沖縄のすべての米軍基地が住民の敵意に囲まれる。住民の敵意に囲まれた軍隊では、安全保障機能を十分に果たすことができない。
辺野古では、新基地建設用資材を持ち込ませないように、住民が座り込みをする。その中には沖縄戦を体験した高齢者もいる。これらの人々を排除しようと、当局が強権を発動し、けが人が1人でも発生すれば、「これがヤマト(沖縄以外の日本)の本性だ!」という怒りが沖縄全体をおおう。その結果、日本の国家統合が内側からゆらいでいく。
普天間問題を顕在化させたことで、われわれは、明治初期まで、中国に朝貢し、冊封体制に組み込まれていた「幕藩体制の中の異国」であった琉球を、近代化の過程でどのように日本国家に統合していったかという原点にまで立ち返り、考える必要に迫られている。仮に普天間問題がなかったとしても、この問題を避けて通ることはできなかった。
沖縄と東京の政治エリートの間に、不信のヒビが入っている。ここで信頼関係を構築する努力をしないとならない。そのためには時間をかけた誠実な対話が必要になる。いまここで普天間問題を政局にすると、沖縄は「結局、東京(の政治エリート)は、沖縄を政争の具としてしか考えていない」という根源的な苛立ちと悲しみをもつ。その結果、「結局、自分の身は自分で守るしかない」と沖縄は静かに本土から距離を置く。静かに距離を置くので、鈍感な東京の政治エリートには、それが日本の国家統合に与える悪影響が見えない。しかし、不信、苛立ち、あきらめの蓄積は、そう遠くない将来に、形になってあらわれる。そして、抑止力として、日本もアメリカも沖縄に頼ることができないような状況になることを筆者は恐れる。
5月末に普天間飛行場の移設先が決まらなくても、天が落ちてくるわけではない。メディアは沖縄カードを政局に使うのはやめるべきだ。そして、与野党の政治家と官僚が一丸となって、沖縄との信頼を回復するために努力することだ。さもないと日本の国家体制の基盤が、内側から腐食する。
鳩山内閣を崩壊させ、官僚の力を強めても、日本の国家体制は強化されない。(2010年5月9日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「はじめての宗教論 右巻~見えない世界の逆襲 (生活人新書) (生活人新書 308)」、「日本国家の真髄」など。
那覇での記者会見で、鳩山総理は、「今日は沖縄にお邪魔をして、まず基本的なわたくしの考えは、きょうも今シュプレヒコールがありますけれども、沖縄の皆さんの率直なお気持ちをうかがいたいと、それが一番の目的でございます。その中で、沖縄の仲井真知事と面談をいたす機会をいただきました。そこでわたくしから申し上げたのは、やはり、えー、この現在のアメリカ、日米同盟の関係の中で抑止力を維持する必要性というようなことから、国外あるいは県外にすべてを、普天間の機能をですね、移設することは難しいということに至りました。したがって誠に申し訳ないという思いで今日はおうかがいしたんですが、沖縄の県民の皆さま方のご理解をたまわって、やはり沖縄の中に一部、この機能を移設をせざるをえないと。そのようなことに対してご理解をいただけないかということを、仲井真知事に申したところでございます」(5月4日asahi.com)と述べた。
新聞もテレビも、鳩山発言から「国外あるいは県外にすべてを、普天間の機能をですね、移設することは難しいということに至りました」という部分だけを取りあげ、公約違反であると総理を激しく非難した。
これに対して、5月6日、鳩山総理は、民主党の公約違反ではないと反論した。その結果、「こいつは言い逃れしか考えていない」と鳩山総理に対する批判が一層高まってた。読売新聞の報道を見てみよう。
<鳩山首相は6日午前、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題で、昨年の衆院選に向けた遊説で「最低でも県外移設」と明言した自らの発言について、「公約は党の公約、『最低でも県外』と言ったのは自分自身の発言。場当たり的に申し上げているつもりはない」と述べ、選挙の公約ではないとの考えを強調した。
そのうえで、「沖縄の負担軽減、そのための米軍再編などに対する見直しをしっかり行いたいというのが公約だ」と述べた。首相公邸前で記者団の質問に答えた。
首相は4日の沖縄訪問で、記者団に「党ではなく、私自身の(民主党)代表としての発言だ」と述べた。個人的な発言と位置づけて自らが陳謝することで、県内移設にカジを切る狙いがあったとみられるが、すでに野党や沖縄の世論などからは、厳しい批判が上がっている。>(5月6日読売新聞電子版)
さらに5月7日、鳩山総理は、鹿児島県・徳之島の3町長と会談し、普天間飛行場の機能の一部受入を要請したが、3町長は拒否した。鳩山総理は窮地に陥っている。全マスコミが鳩山批判を展開する中で、民主党の小沢幹事長の「政治とカネ」の問題もあわさり政権支持率が10%台に落ち込むのも時間の問題と思われる。鳩山政権は、「完全危険水域」に入る。この状況を利用し、野党・自民党だけでなく、与党・民主党内の不満分子も鳩山政権打倒の動きを加速さている。もっとも民主党内の不満分子の標的は鳩山総理ではない。現下の状況で、鳩山総理と小沢幹事長は一蓮托生なので、鳩山氏を総理の座から引きずりおろすことで、小沢幹事長の影響力を排除しようとしているのだ。
このような事態に直面して、政治評論家、有識者の多くが鳩山政権批判を強めている。またこれまで積極的に民主党政権を擁護していた人々も、鳩山総理から距離を置こうとしている。筆者は、こういう状況であるから、あえて声を大きくして鳩山総理を擁護することにした。それは、情勢を客観的に見た場合、いま普天間問題を理由に鳩山内閣を崩壊すると、その結果、官僚の力が極端に強まり、日本の民主主義が機能不全に陥ると考えるからだ。感情を排して、現状をできるだけ客観的に分析しないとこの危機が見えない。
鳩山由紀夫日本国内閣総理大臣という1人の人間に2つの機能がある。
第1は、日本国民の選挙によって、多数派を形成した民主党の代表としての機能だ。国民によって形成される社会を代表する機能と言い換えてもよい。
第2は、官僚の最高責任者としての機能だ。
この2つの機能が「区別されつつも分離されずに」、鳩山総理に体現されている。
昨2009年8月30日の衆議院議員選挙(総選挙)で政権交代が起きるまで、鳩山総理は第1の社会の代表としての機能だけを果たしていた。もっとも民主党には、官僚出身(過去官僚)あるいは労働組合幹部のように官僚的体質をもった政治家がもともと多い。こういう人々は、無意識のうちに官僚的な思考をする。既成の概念を崩すことができない。2008年に民主党が発表した「沖縄ビジョン」で普天間飛行場の移設先が「沖縄県外もしくは県内」となっていたのが、2009年のマニフェスト(選挙公約)における「沖縄の負担軽減、そのための米軍再編などに対する見直しをしっかり行いたい」という表現は、民主党内で行われた社会を代表する勢力と官僚を(潜在的に)代表する勢力がぶつかりあう中での妥協の産物なのである。民主党内の官僚勢力の本音は、自民党時代の日米合意の踏襲だ。民主党の公約がこのような妥協的なものであるのに対して、鳩山氏は、党代表の立場として、自らの政治決断として「最低でも(沖縄)県外」という公約をしたのだ。
鳩山氏は、総理になってからもこの公約に固執した。しかし、2月半ばに与件が大きく変化した。沖縄選出の下地幹郎衆議院議員(国民新党、沖縄1区)が、普天間飛行場の沖縄県内への移設を公然と主張した。それに平野博文内閣官房長官と北澤俊美防衛大臣歩調をあわせた。このことのもつ意味がメディアでは過小評価されている。
<政府は米軍普天間飛行場移設に関する最終的な決着案として、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ陸上部分への移設を模索していることが14日、複数の政府関係者の話で分かった。米側とも交渉を進めている模様だ。政府与党3党の沖縄基地問題検討委員会で新たな移設先の検討を進める中、同検討委とは別に政府内で議論が進められていることに対し、検討委の議論軽視とも受け取れ、与党内の反発も予想される。
名護市への移設反対を掲げ当選した稲嶺進市長は同日、シュワブ内への移設に反対する考えを明らかにした。
シュワブ陸上案の検討は、防衛省政務三役直属の特命作業班「普天間代替施設検討チーム」が中心になって進められている。関係者によると、平野博文官房長官が2月はじめ、国外、県外への移転が不可能となった場合の方策として北沢俊美防衛相に検討を指示した。
北沢氏は、検討委の議論との整合性を図るため、検討委員である国民新党の下地幹郎政調会長に、国民新党案としてシュワブ陸上案を委員会に提案するよう要請した。>(2月15日琉球新報)
今回の総選挙で当選した与党の下地氏が沖縄県内への移設を公言したことにより、「ゲームのルール」が変化した。これまで民主党は「沖縄県の民意は少なくとも県外」という前提で解決策を見いだそうとしていた。下地氏の発言によって、東京の政治エリートは、沖縄県内への移設を強行しても地元を説き伏せることはできるという認識をもった。この機会を逃さずに、外務官僚、防衛官僚が、沖縄県内への移設に向けて総攻勢をかけた。鳩山総理に「官僚の最高責任者としての機能」だけを果たさせようとしているのだ。特に外務官僚は、「アメリカから外圧がかけられている」という雰囲気を醸し出す対政界、対メディア工作を行い、それが効果をあげた。鳩山総理は、このまま官僚に引き寄せられると、政権が崩壊するか、あるいは官僚の操り人形になるという危機意識を抱いている。しかし、孤立無援に近い状況に追い込まれ、所与の条件下で、社会の代表と官僚の最高責任者の両機能を果たすことができる均衡点を探している。それが外部からは迷走のように見える。
沖縄で、官僚勢力の意向を代弁するかの如く抑止力論を鳩山総理は展開した。しかし、沖縄のは聞く耳をもたなかった。抑止力は安全保障の基本中の基本概念だ。沖縄は抑止力を理解していないのだろうか? そうではない。太平洋戦争中に沖縄戦を体験し、米軍と自衛隊の基地を抱えている沖縄は、抑止力のもつ意味をよくわかっている。沖縄が抑止力論による議論に忌避反応を示すのは、安全保障の問題に関する議論をする前提となる信頼関係が東京の政治エリート(閣僚・国会議員・官僚)と構築できていないからである。抑止力論をわかりやすく言い換えると、「日米同盟を維持するために沖縄が必要なのだ。それだから、沖縄県民には運が悪かったと思ってあきらめ、日本国全体のために然るべき負担をしろ」ということだ。これは、太平洋戦争末期に「本土防衛のため」という国策で沖縄を「捨て石」にした大本営のエリート参謀たちの論理の反復にすぎない。沖縄は「捨て石」の役割を十二分に果たした。文字通り玉砕した。しかし、日本本土は玉砕せずに、大本営のエリート参謀の大多数は生き残った。大本営のエリート参謀は、所与の条件下、日本本土が生き残るためにもっとも合理的な選択をしたのである。「捨て石」にされた沖縄が、「俺たちのために、あんたたちは犠牲になれ。そいう運命なのだ」という理屈を絶対に受け入れることはない。抑止力という切り口から、沖縄と議論を始めた瞬間に、その交渉が決裂するということを東京の政治エリートは理解できていないのである。残念ながら、この政治エリートの「常識」に鳩山総理も引きずられている。
沖縄が展開しているのは、反軍・反米闘争ではない。沖縄は、「左翼の島」ではない。他の日本のどことも同じで、沖縄には左翼もいれば右翼もいる。そしてノンポリもいる。伝統、習慣を尊重し、年配者を大切にすることは保守的価値観だ。その観点からするならば沖縄の土地柄は日本でもっとも保守的だ。沖縄が怒っているのは、日本の陸地面積のわずか0.6%の沖縄に在日米軍基地の74%が存在するという不平等な状態を東京の政治エリートが是正しようとしない現状に対してだ。沖縄はそこに政治エリートの沖縄に対する意図的もしくは無意識の差別感情があると考えている。4・25県民大会で、仲井眞知事は、「終戦からかれこれ70年、日本復帰をしてから40年たちました。戦争の痕跡はほとんどなくなりました。しかしながら、米軍基地、基地だけは厳然と、ほとんど変わることなく目の前に座っているわけでございます。/ですからこれは、日本全国でみれば明らかに不公平、差別に近い印象すら持ちます」(4月25日asahi.com)と述べた。普天間問題の本質が、沖縄差別であるという認識が、沖縄の人々の間で静かに共有されている。この認識が「日本の中央政府を信頼していると、われわれが名誉と尊厳を維持して生き残ることができなくなるのではないか? あの人たちは、われわれを同胞と見なしていないのではないか」という政治意識に発展するのは時間の問題だ。不信感を払拭する努力を、政治エリートが目に見える形で行わない限り、普天間問題で政府が沖縄と「共通の言葉」を見いだすことはできない。
これまで、普天間問題に国民のほとんどが関心をもっていなかった。辺野古という地名を知っている人もほとんどいなかった。あえて逆説を述べれば、普天間問題がまさに国家規模の問題であることを、国民に認識させたことが鳩山政権の大きな「成果」といっていい。
いまわれわれが考えなくてはならないのは、日本の国家統合を維持、強化することだ。普天間問題で鳩山内閣が崩壊すれば、次の内閣は、アメリカ・カードを最大限に活用する外務官僚、防衛官僚の移行を反映し、自民党政権時代の日米合意に基づくキャンプ・シュワブの辺野古沿岸もしくは日米合意を微調整した辺野古沖合への普天間飛行場の移設強行を決定する。その結果、移転先とされたキャンプ・シュワブだけでなく、嘉手納基地、キャンプ・ハンセンなどを含む沖縄のすべての米軍基地が住民の敵意に囲まれる。住民の敵意に囲まれた軍隊では、安全保障機能を十分に果たすことができない。
辺野古では、新基地建設用資材を持ち込ませないように、住民が座り込みをする。その中には沖縄戦を体験した高齢者もいる。これらの人々を排除しようと、当局が強権を発動し、けが人が1人でも発生すれば、「これがヤマト(沖縄以外の日本)の本性だ!」という怒りが沖縄全体をおおう。その結果、日本の国家統合が内側からゆらいでいく。
普天間問題を顕在化させたことで、われわれは、明治初期まで、中国に朝貢し、冊封体制に組み込まれていた「幕藩体制の中の異国」であった琉球を、近代化の過程でどのように日本国家に統合していったかという原点にまで立ち返り、考える必要に迫られている。仮に普天間問題がなかったとしても、この問題を避けて通ることはできなかった。
沖縄と東京の政治エリートの間に、不信のヒビが入っている。ここで信頼関係を構築する努力をしないとならない。そのためには時間をかけた誠実な対話が必要になる。いまここで普天間問題を政局にすると、沖縄は「結局、東京(の政治エリート)は、沖縄を政争の具としてしか考えていない」という根源的な苛立ちと悲しみをもつ。その結果、「結局、自分の身は自分で守るしかない」と沖縄は静かに本土から距離を置く。静かに距離を置くので、鈍感な東京の政治エリートには、それが日本の国家統合に与える悪影響が見えない。しかし、不信、苛立ち、あきらめの蓄積は、そう遠くない将来に、形になってあらわれる。そして、抑止力として、日本もアメリカも沖縄に頼ることができないような状況になることを筆者は恐れる。
5月末に普天間飛行場の移設先が決まらなくても、天が落ちてくるわけではない。メディアは沖縄カードを政局に使うのはやめるべきだ。そして、与野党の政治家と官僚が一丸となって、沖縄との信頼を回復するために努力することだ。さもないと日本の国家体制の基盤が、内側から腐食する。
鳩山内閣を崩壊させ、官僚の力を強めても、日本の国家体制は強化されない。(2010年5月9日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「はじめての宗教論 右巻~見えない世界の逆襲 (生活人新書) (生活人新書 308)」、「日本国家の真髄」など。



