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- 2010年05月06日 10:00
【赤木智弘の眼光紙背】古いファンが最近のファンに伝えるべきこと
このところ、鉄道ファンのマナーの悪さが問題視されている。
記事として確認できるものでは、2010年2月14日、JR関西線の敷地内に鉄道ファンが写真を撮影しようと立ち入り、運転手の呼びかけにも応じず、その場を動こうとしなかった。(*1)
また、こちらは事件性のあるものではないが、夜行急行「能登」の引退に鉄道ファンがつめかけ、良い写真を撮影しようと、警備員の注意も無視して撮影していたと報じられている。(*2)
こうして記事になっているものの他にも、ネット上には、写真の見栄えをよくするために、線路の間にある柵を引っこ抜いている人たちの画像や、電車の撮影ポイントにたまたま入ってきた軽トラックに対して罵詈雑言を浴びせる動画など、常軌を逸したマナー違反が多数アップされている。
こうした問題は、インターネットなどでさまざまな情報が誰でも得られる現状で、趣味に対する参入障壁がきわめて低くなっているということから発生していると私は考えている。
鉄道に興味を持ち出してから、本屋に行き雑誌などを読み、少しずつ知識を得ていき、やがて鉄道ファンのコミュニティーに参加し、より広い知識を得て行った昔のファンに比べ、今これから鉄道ファンになろうとする人は、すぐにでも広い情報を得ることができるようになる。
情報を少しずつ仕入れていった昔のファンであれば、少しずつの情報で満足することができるが、今の大量の情報に慣れてしまった人たちは、細かい情報だけでは満足感を得ることができない。
趣味そのものに、絶対的な価値はない。趣味のほとんどは自己満足の範疇である。ならば、いかに自己満足を満たすかが重要になる。ところが、情報過多の時代においては、多くのことは既に他人によって行われており、相対的に満足を満たすことが困難になっている。
そうした中、手っ取り早く満足を満たすために、廃線や廃車などといった「はっきりとしたイベント」に人が多く集まり、(*2)の記事のような混乱が起きてしまうのではないか。
また、集まらずとも、ネット上の他人よりも良い写真を撮ろうとすれば、(*1)のような問題が起きるのだろう。
この問題に、はっきりした対策は存在しない。なぜなら、情報の多さこそが趣味の満足度を低めてしまっているからといって、私たちは今さら情報を減らすことはできないからだ。
固定電話しかなかった社会が、かつて存在したからといって、今になって携帯電話やインターネットを否定することもできない。
そしてそれは、今の人たちが昔に比べて、自分勝手になったということでもない。
こうした問題が起きた時に、必ずと言っていいほど「最近のヤツは」という愚痴が聞かれる。それはマスメディアもそうだが、多くの良識的な鉄道ファンもまた、「こうした行為は一部の悪質なファンに過ぎない。多くのファンはちゃんと撮影している」というような言葉を口にしている。鉄道ファンのブログなどを見ると、こうした事件が報道されるたびに、悪質なファンを批判しつつ、自分たちの趣味を守り、社会に理解してもらおうと苦心している姿が見て取れる。
しかし、それでも「最近のヤツ」を含めて鉄道ファンであるし、また「最近のヤツ」を含めて、この社会は成り立っているのである。
私たちがすべきなのは、最近のヤツを排除するのではなく、彼らに対して、他人に迷惑をかけない形で、満足を得られる方法を提言していくことである。
鉄道に限らず、多くの趣味と呼ばれるものは、決してイベント的な盛り上がりかたをしなくても、さまざまな方面からそれを知ることで満足できるからこそ、長く愛される趣味として確立しているのである。もし、最近のヤツにそれを伝えられないのであれば、伝えられない方がファンとしてはマズイのではないだろうか。
*1:人気列車引退の28日「撮り鉄」の“脱線”警戒(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/tabi/domestic/railway/20100223-OYT8T00788.htm
*2:上野駅に「撮り鉄」警報、2列車12日に引退(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20100308-OYT1T00594.htm
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「「当たり前」をひっぱたく」など。
記事として確認できるものでは、2010年2月14日、JR関西線の敷地内に鉄道ファンが写真を撮影しようと立ち入り、運転手の呼びかけにも応じず、その場を動こうとしなかった。(*1)
また、こちらは事件性のあるものではないが、夜行急行「能登」の引退に鉄道ファンがつめかけ、良い写真を撮影しようと、警備員の注意も無視して撮影していたと報じられている。(*2)
こうして記事になっているものの他にも、ネット上には、写真の見栄えをよくするために、線路の間にある柵を引っこ抜いている人たちの画像や、電車の撮影ポイントにたまたま入ってきた軽トラックに対して罵詈雑言を浴びせる動画など、常軌を逸したマナー違反が多数アップされている。
こうした問題は、インターネットなどでさまざまな情報が誰でも得られる現状で、趣味に対する参入障壁がきわめて低くなっているということから発生していると私は考えている。
鉄道に興味を持ち出してから、本屋に行き雑誌などを読み、少しずつ知識を得ていき、やがて鉄道ファンのコミュニティーに参加し、より広い知識を得て行った昔のファンに比べ、今これから鉄道ファンになろうとする人は、すぐにでも広い情報を得ることができるようになる。
情報を少しずつ仕入れていった昔のファンであれば、少しずつの情報で満足することができるが、今の大量の情報に慣れてしまった人たちは、細かい情報だけでは満足感を得ることができない。
趣味そのものに、絶対的な価値はない。趣味のほとんどは自己満足の範疇である。ならば、いかに自己満足を満たすかが重要になる。ところが、情報過多の時代においては、多くのことは既に他人によって行われており、相対的に満足を満たすことが困難になっている。
そうした中、手っ取り早く満足を満たすために、廃線や廃車などといった「はっきりとしたイベント」に人が多く集まり、(*2)の記事のような混乱が起きてしまうのではないか。
また、集まらずとも、ネット上の他人よりも良い写真を撮ろうとすれば、(*1)のような問題が起きるのだろう。
この問題に、はっきりした対策は存在しない。なぜなら、情報の多さこそが趣味の満足度を低めてしまっているからといって、私たちは今さら情報を減らすことはできないからだ。
固定電話しかなかった社会が、かつて存在したからといって、今になって携帯電話やインターネットを否定することもできない。
そしてそれは、今の人たちが昔に比べて、自分勝手になったということでもない。
こうした問題が起きた時に、必ずと言っていいほど「最近のヤツは」という愚痴が聞かれる。それはマスメディアもそうだが、多くの良識的な鉄道ファンもまた、「こうした行為は一部の悪質なファンに過ぎない。多くのファンはちゃんと撮影している」というような言葉を口にしている。鉄道ファンのブログなどを見ると、こうした事件が報道されるたびに、悪質なファンを批判しつつ、自分たちの趣味を守り、社会に理解してもらおうと苦心している姿が見て取れる。
しかし、それでも「最近のヤツ」を含めて鉄道ファンであるし、また「最近のヤツ」を含めて、この社会は成り立っているのである。
私たちがすべきなのは、最近のヤツを排除するのではなく、彼らに対して、他人に迷惑をかけない形で、満足を得られる方法を提言していくことである。
鉄道に限らず、多くの趣味と呼ばれるものは、決してイベント的な盛り上がりかたをしなくても、さまざまな方面からそれを知ることで満足できるからこそ、長く愛される趣味として確立しているのである。もし、最近のヤツにそれを伝えられないのであれば、伝えられない方がファンとしてはマズイのではないだろうか。
*1:人気列車引退の28日「撮り鉄」の“脱線”警戒(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/tabi/domestic/railway/20100223-OYT8T00788.htm
*2:上野駅に「撮り鉄」警報、2列車12日に引退(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20100308-OYT1T00594.htm
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「「当たり前」をひっぱたく」など。



