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【赤木智弘の眼光紙背】企業犯罪から個人を守ろう

厚生労働省が、労働基準監督署から是正指導を受けた不払い残業代が、08年度は196億円であったと発表した。(*1)
企業数や額が減っていることに関しては、厚労省労働基準監督局は「不況で残業が減っているのでは?」としているが、従業員の非正規化や解雇不安によって、労働者の立場が悪化し、残業代の不払いを労働基準監督署に訴えることができないような事情もあるのではないかと、個人的には推察する。

とはいえ、1553社で残業代の未払いという犯罪行為が行われたにも関わらず、労働基準法違反で送検されたのがわずか42件であるというのは、どうなのだろう?
繰り返すが、残業代の未払いを含む、労働基準法違反は犯罪行為である。にもかかわらず、例えば経営者が労働者に有給休暇を取らせなかったとしても、そうそう問題とはされない。正社員に対しては有給休暇の消化をさせることは一般化しているかも知れないが、非正規労働者、とくにアルバイトに対しては有給休暇があること自体が告知されないことが大半である。
こうした「労働力の窃盗」と呼んで差し支えないであろう行為の多くが、犯罪意識すらなく行われている一方で、万引きなどの軽微な窃盗を重罰化するべきだとする声は大きい。この度警視庁は万引きの被害届を簡略化して、全ての万引きを事件化しようとしているようである。(*2)(*3)
万引きにも大小あるけれども、小さければ数百円の被害の万引きを厳しく取り締まろうとする意欲の一方で、残業代の未払いや、有給休暇の未消化という、数万円から数百万というそこそこ大きな金が動く犯罪に対する、この社会の関心の薄さは、いったい何なのだろうか?

個人に対する警察権力が、圧倒的に大きな組織である一方で、企業を告発しなければならない労働局は厚生労働省の地方支分部局に過ぎない。本来は「労働庁」ぐらいの組織力を持って、企業を管理監視していくべきではないのだろうか? 個人を罰し企業を守るのが警察権力ならば、個人を守り企業を罰することができるだけの組織が、今の日本には必要だ。大企業の経営者をどんどん締め上げて、違法な企業を取りつぶすのだ!!

と、自分でもまことに大げさな話しをしているのは分かっているし、大きな組織は別の大きな組織と仲良くなりたがるのだから、庶民の味方になるはずの労働庁が大企業とずぶずぶの仲になろうことも分かっている。
だが、そうした「企業を告発する機能が国内に必要である」という見地から物事を考えることができれば、それを現在担っている各種労働運動の存在意義が理解できると思う。
私は経済成長を前提とした、労使協調体制におもねった労働運動を批判している。しかしその一方で、企業を監視し、その犯罪を社会に向けて告発するという機能を担っているという意味での労働運動には賛同している。
そして、そうした機能を労働運動だけに負わせるのは大変である。警察権力並の力には届かないかも知れないが、労働局はもちろん、他にも公正取引委員会などといった、企業を監視する行政の機能に対しても、国民は、警察に期待するのと同じぐらいには期待するべきであろう。

万引きが厄介なのは、社会に「万引きぐらい子供の頃にはみんながやること」という、許しの感情が存在することだ。万引きを厳しく取り締まったりすれば、被害者であるはずの店舗が地域住民から遠ざけられる結果になることもある。そうした中で体力のない個人商店は次々と潰れ、余力のある巨大店舗ばかりが繁盛し、地域は、家と大型店舗を車で往復するための「道」としてしか認識されなくなる。
残業代の未払いや、有給休暇の未消化も「企業が潰れたらどうする」「権利ばかりを叫ぶ個人主義は行きすぎだ」という声の中で、被害者であるはずの労働者が虐げられている。その結果、企業の犯罪は見過ごされ、まっとうに労働基準法を守ろうとする企業が市場から排除さる。「労働力の窃盗」のうま味を知った経営者が経営する企業間では、法を守った正当な競争は行われず、日本社会そのものの活力が失われていく。
そうした下落を防ぐためにも、我々は「防犯」への機運を高め、「労働基準法違反は、犯罪である」という、ごく当たり前のことを多くの人が認識するよう、社会に対して訴えていく必要がある。

*1:<不払い残業代>08年度は196億円 前年度比3割近く減(毎日新聞)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091022-00000071-mai-soci
*2:<万引き被害届>簡素化へ 警視庁来月から、全件通報促す 警官が店へ出向き、手続き1時間内に(毎日新聞)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091022-00000003-maiall-soci
*3:穿った見方をすれば、警察は犯罪の認知件数を増やして検挙率を下げることによって、犯罪の急増という危機感を煽ろうとしているのではないか。それによって、予算や権限の拡大を狙っているように思えなくもない。

プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「「当たり前」をひっぱたく」。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。

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