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【赤木智弘の眼光紙背】不妊治療は夫婦にとって福音なのか?

前々回に「子供を愛する親が増えたからこそ」を掲載したが、それを読んだ知人女性が、私に連絡をしてきた。
彼女は、先月に香川県の病院で発覚した、受精卵取り違え事件に、憤っていた。

香川県の病院で不妊治療を受けていた20代の女性に、別の女性の受精卵を移植したミスが発覚。20代女性はやむなく子供を中絶し、県を提訴した。(*1)
県の発表によると、取り違えは医師が容器を間違えたという、とても単純なミスであったようだ。
受精卵が入れられた培養容器には、フタの側にしか識別のシールが貼られておらず、二つの検体を同じ作業台で開いてしまえば、どっちが誰の物か、分からなくなっても当然の状況だったという。(*2)

実は、私の知人も不妊治療の経験があるのだという。
子宮に注射をして採卵、夫の精子をとって人為的に受精を行う。そうしてできた受精卵を、再び子宮に戻す。
それで妊娠できればいいが、妊娠できなければ検査を行い、「卵管が詰まっている」「精子の量が少ない」と、体の欠陥を指摘されて、ホルモン注射等、体のコンディションを整えながら、やがて、再び採卵を行う。
こうしたサイクルを、妊娠するか諦めるかまで、続けることになる。

精神的、肉体的苦痛もさるものながら、金銭的な負担もそうとうなものだと言う。
彼女の例で言えば、体外受精の手術が45万円ほど、人工授精が1回2万円程度を数回。検査や治療も1回5、6万円かかり、毎日1本3000円ほどのホルモン注射を打つ。
彼女は100万円を使う程度で不妊治療をやめてしまったという。
さらに、その間に仕事ができなかったり、評判のいい病院へ通うための交通費で、なんだかんだで、医療費以外に、さらに50万円ほどかかったそうだ。

彼女が、そこまでの苦痛や負担をしながらも、不妊治療をしなければならなかったのは、やはり「自分たちの血を分けた子供が欲しかった」という素朴な感情である。
彼女が今回の取り違え事件について、もっとも憤っていたのは、取り違えが発覚した原因が、「いままで失敗を繰り返していた患者の経過が順調すぎたから」という部分である。
失敗すると分かっていながら、さまざまな負担をかけて人工授精させるとは、患者をなんだと思っているのかと。

確かに、子供が産まれない夫婦にとって、不妊治療は福音であったのかもしれない。
それまで、神様の思し召しでしかなかった妊娠をを、医学的にコントロールできる可能性が非常に高くなった。
しかしその一方で、妊娠できない夫婦に対して当たり前のように「不妊治療があるから」と口にしてしまう問題というのもあるように思う。
産めない夫婦が産めないことに思い悩む、つまり不妊治療に対するオーダーは、本人達の意思ではあるのだが、その意思の形成には「結婚をしたなら、子供を産み育てて一人前」という社会通念が大きく関わっている。また、本人達が子供を諦めようとしても、親や親戚から圧力を受けるケースは少なくない。
つまり、不妊治療に対するオーダー自体に「結婚をしたなら、子供を産み育てて一人前」という、極めて侮蔑的な社会通念が内包されてしまっている。
だからこそ、多くの子供の出来ない夫婦は不妊治療を受けざるをえなくなる。一方、多数の受精卵を扱う医者にとっては、生命そのものを根源を扱う不妊治療が、当たり前の日常になっていく。そして、当たり前の日常のなかで、医師は「たまたま容器のフタを間違えた」のである。
夫婦にとっては「正常な(!)人間であることの証明」として、必死にすがるように、身体や精神、そして金銭的な負担を伴いながら行っている不妊治療であるのに対し、医者にとっては不妊治療は仕事であり、夫婦はただの患者でしかない。
そのことが、実際に妊娠できて喜んだり、喜びを想像することができる不妊に苦しむ人たちの心情と、順調な経過を「順調すぎるからおかしい」と判断する医者の冷静な視線の温度差を生じさせる。彼女はその温度差に憤っていた。

彼女は、私に複雑な感情を吐露しながらも、不妊治療が医者にとっては、診療報酬の低い小児科や、患者が死亡するなどのリスクが低い婦人科と比べれば、機械的に儲かる「ドル箱」であり、また素朴な感情すらも、結婚すれば子供を産んで当たり前という、社会からの圧力から形成された心情であることに自覚的であった。
それでも不妊治療に望まなければならなかった彼女の心情は、未婚の自分には十分には理解できないものの、決して単純なものではなかったであろうことは想像できる。

どうして私たちの社会は、そこまで「子供を産む」ことを個人に望み、そのことに固執するのだろうか。
私はこの問題を、単なる医師のミスや、被害を受けたかわいそうな女性の話としてのみ、理解してはいけないと考えている。


*1 不妊治療で別人の受精卵…女性が香川県を提訴(イザ!)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/health/223818/
*2 受精卵取り違え マニュアルに防衛策なし 容器フタ捨て区別つかず(産経新聞)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090221-00000157-san-soci

プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「「当たり前」をひっぱたく」。

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。

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