記事
- 2008年10月24日 11:00
【赤木智弘の眼光紙背】モンスターは増えたのか?
最近「モンスターペアレンツ」や「モンスターペイシェント」など、個人の「モンスター化」が叫ばれている。
その中で、私は東京新聞のWebに掲載された記事に違和感を感じた。
「このキュウリ、食べたらまずかった」
千葉県内の大手スーパーに勤める男性店員(45)は、困惑顔だ。五十代の主婦が、レジ係にこうクレームをつけた。
青果担当の男性店員は呼ばれてレジに向かった。商品は国産品で、問題があったわけではない。味が気に入らなかったらしく「同じ価格帯の代替品を渡した」と言う。
食品を扱う小売店には、商品に問題がないのに「わがまま」とも思えるような客のクレームは日常的に寄せられる。(*1)
クレームによる消費者のモンスター化を指摘する記事なのだが、このくらいのクレームなら食の安全安心と関係なく、昔からあった素朴なクレームの1つではないか。モンスター例の最初として、この程度の「常識的な」クレームを上げる時点で、この記事は失敗している。
それに、「国産品で問題があったわけではない」というまとめ方も変だ。同記事で37歳の店員が言っているように、農作物なんて均一な品質を保てるはずがないのだから、国産品のキュウリだからといって、すべてが美味しいわけではなく、その中にハズレが混じっていてもおかしくはない。
もちろん美味いマズイは主観的な物に過ぎず、いくらでもマズかったと言い張ることもできるが、毎日のように不満を言って代替品を要求する人間ならともかく、本当にハズレを引いてしまって、さすがにこれはないだろうと思って不満を伝えた消費者がモンスター扱いされてしまっているという可能性を見過ごすべきではない。
あくまでもこの記事に書かれた「モンスターたちのクレーム」は、店員の実感に過ぎない。
ここから本題。
私は、こうした「モンスター」が、最近になって急増したとは考えていない。
むしろ、現代社会よりも人の倫理観が低かった高度経済成長の時代にこそ、モンスターは多かったのではないかと思っている。
しかし、それでもモンスターが、今になって急増したように見えてしまうのは、モンスターの側が増えているのではなく、店員の立場が低下した結果、相対的に処理できないクレーマーが増えてしまったということではないのだろうか。
個人商店が主体であった昔であれば、店の主は自ら客に対応し、その場で起きた問題を自己の責任として処理することができた。理不尽でないクレームなら、代替品を渡すこともできたし、あまりに酷ければ客を追い返すこともできた。
だが、クレーマーを優遇しすぎれば直接的な損失のみならず、他のクレームをほとんどつけない消費者から「あの店は声が大きい人ばかりを優遇している」という不満を持たれることになるし、客を追い返せばその客から売り上げを上げることはできないし、その話を客が自分の都合のいいように脚色して、他の客に伝えるかもしれない。
けれども、それらはあくまでも店主のオウンリスクであり、必要に応じてそうしたリスクの取り方を選択することができた。
しかし、いまのチェーンストアー主体の小売業では、主に客に接するのはバイトであり、客に対してハッキリとした態度をしめすことができない。これを評して「店員の教育がなっていない」と言う人もいるが、そうではなく、客に対して誠実な態度を示すことができるだけの権限譲渡が行われていないのである。代替品を渡すにしても、返金をするにしても、バイトは店長に判断を求めなければならない。
では、店長であれば、個人商店の店主のように、オウンリスクで判断を下すことができるのだろうか? それもまた不可能である。
まず、店長は多くのアルバイトを雇っている以上、彼らに対してちゃんと雇ってバイト代を支払うという責任が生じる。個人商店の店主であれば、客を追い払ってもその赤字はオウンリスクとして自分の収入と直結する。しかし、アルバイトの給料はあくまでも時給であり、収入リスクを彼らに負わせることはできない。(というか、してはならない)
また、赤字は決して店長の収入に直結するわけでもない。そこはチェーンストアーの本部にかかってくる。また、同じ名前のチェーン店では、1店舗の悪評が他の店舗に波及してしまうことがある。安直にクレーマーを遠ざけることは、チェーンストアー全体への迷惑になる可能性すらある。それはもはや、店長一人で背負うことのできるリスクではない。
だから店長もあまり自らの判断で客を追い出すようなことはできない。
では、チェーンストアーの本部であれば、クレーマーに対して強権的な態度を取ることができるのか。
これもまた不可能である。
店長と同じく、チェーンストアーの本部は、加盟店の収入に対して一定の責任を追わなければならない。また、店舗に出向く社員ならともかく、彼らの上司である本部のお偉いさんたちは、実際に客と接することが少なく、「顧客満足」とか「お客様は神様」ということを言いたがる。もちろん、店の心構えとして、客のことを考えるというのは必要なのだけれども、その一方で、実態としての客に、言い方は悪いが、裏で舌を出しながら対応するという態度も、本当は必要なのである。
だが、やはりその感覚は、実際に客と接している人間しか持つことのできない皮膚感覚であろう。結局、本部は本部で、「お客様」という理想論を店舗側に説くぐらいのことしかできないのである。
結局、チェーンストアーのような、多くのひとがそれぞれの立場で客と接するような形態では、誰も客への態度をオウンリスクとして自己決定できないということになり、相対的に、自分のお金をどこで使うかを自分で選ぶことのできる客の立場が高くなってしまう。それが「モンスターの急増」という言説の、本当のところなのではないかと、私は考えている。
*1:http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2008102002000098.html
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国画像を見る」
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。
その中で、私は東京新聞のWebに掲載された記事に違和感を感じた。
「このキュウリ、食べたらまずかった」
千葉県内の大手スーパーに勤める男性店員(45)は、困惑顔だ。五十代の主婦が、レジ係にこうクレームをつけた。
青果担当の男性店員は呼ばれてレジに向かった。商品は国産品で、問題があったわけではない。味が気に入らなかったらしく「同じ価格帯の代替品を渡した」と言う。
食品を扱う小売店には、商品に問題がないのに「わがまま」とも思えるような客のクレームは日常的に寄せられる。(*1)
クレームによる消費者のモンスター化を指摘する記事なのだが、このくらいのクレームなら食の安全安心と関係なく、昔からあった素朴なクレームの1つではないか。モンスター例の最初として、この程度の「常識的な」クレームを上げる時点で、この記事は失敗している。
それに、「国産品で問題があったわけではない」というまとめ方も変だ。同記事で37歳の店員が言っているように、農作物なんて均一な品質を保てるはずがないのだから、国産品のキュウリだからといって、すべてが美味しいわけではなく、その中にハズレが混じっていてもおかしくはない。
もちろん美味いマズイは主観的な物に過ぎず、いくらでもマズかったと言い張ることもできるが、毎日のように不満を言って代替品を要求する人間ならともかく、本当にハズレを引いてしまって、さすがにこれはないだろうと思って不満を伝えた消費者がモンスター扱いされてしまっているという可能性を見過ごすべきではない。
あくまでもこの記事に書かれた「モンスターたちのクレーム」は、店員の実感に過ぎない。
ここから本題。
私は、こうした「モンスター」が、最近になって急増したとは考えていない。
むしろ、現代社会よりも人の倫理観が低かった高度経済成長の時代にこそ、モンスターは多かったのではないかと思っている。
しかし、それでもモンスターが、今になって急増したように見えてしまうのは、モンスターの側が増えているのではなく、店員の立場が低下した結果、相対的に処理できないクレーマーが増えてしまったということではないのだろうか。
個人商店が主体であった昔であれば、店の主は自ら客に対応し、その場で起きた問題を自己の責任として処理することができた。理不尽でないクレームなら、代替品を渡すこともできたし、あまりに酷ければ客を追い返すこともできた。
だが、クレーマーを優遇しすぎれば直接的な損失のみならず、他のクレームをほとんどつけない消費者から「あの店は声が大きい人ばかりを優遇している」という不満を持たれることになるし、客を追い返せばその客から売り上げを上げることはできないし、その話を客が自分の都合のいいように脚色して、他の客に伝えるかもしれない。
けれども、それらはあくまでも店主のオウンリスクであり、必要に応じてそうしたリスクの取り方を選択することができた。
しかし、いまのチェーンストアー主体の小売業では、主に客に接するのはバイトであり、客に対してハッキリとした態度をしめすことができない。これを評して「店員の教育がなっていない」と言う人もいるが、そうではなく、客に対して誠実な態度を示すことができるだけの権限譲渡が行われていないのである。代替品を渡すにしても、返金をするにしても、バイトは店長に判断を求めなければならない。
では、店長であれば、個人商店の店主のように、オウンリスクで判断を下すことができるのだろうか? それもまた不可能である。
まず、店長は多くのアルバイトを雇っている以上、彼らに対してちゃんと雇ってバイト代を支払うという責任が生じる。個人商店の店主であれば、客を追い払ってもその赤字はオウンリスクとして自分の収入と直結する。しかし、アルバイトの給料はあくまでも時給であり、収入リスクを彼らに負わせることはできない。(というか、してはならない)
また、赤字は決して店長の収入に直結するわけでもない。そこはチェーンストアーの本部にかかってくる。また、同じ名前のチェーン店では、1店舗の悪評が他の店舗に波及してしまうことがある。安直にクレーマーを遠ざけることは、チェーンストアー全体への迷惑になる可能性すらある。それはもはや、店長一人で背負うことのできるリスクではない。
だから店長もあまり自らの判断で客を追い出すようなことはできない。
では、チェーンストアーの本部であれば、クレーマーに対して強権的な態度を取ることができるのか。
これもまた不可能である。
店長と同じく、チェーンストアーの本部は、加盟店の収入に対して一定の責任を追わなければならない。また、店舗に出向く社員ならともかく、彼らの上司である本部のお偉いさんたちは、実際に客と接することが少なく、「顧客満足」とか「お客様は神様」ということを言いたがる。もちろん、店の心構えとして、客のことを考えるというのは必要なのだけれども、その一方で、実態としての客に、言い方は悪いが、裏で舌を出しながら対応するという態度も、本当は必要なのである。
だが、やはりその感覚は、実際に客と接している人間しか持つことのできない皮膚感覚であろう。結局、本部は本部で、「お客様」という理想論を店舗側に説くぐらいのことしかできないのである。
結局、チェーンストアーのような、多くのひとがそれぞれの立場で客と接するような形態では、誰も客への態度をオウンリスクとして自己決定できないということになり、相対的に、自分のお金をどこで使うかを自分で選ぶことのできる客の立場が高くなってしまう。それが「モンスターの急増」という言説の、本当のところなのではないかと、私は考えている。
*1:http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2008102002000098.html
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国画像を見る」
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。



