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「若き勤務医」が取り組む日中「貧血対策」の民間研究

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都市・農村で格差ある中国「貧血事情」

 では、中国ではどうなっているのだろうか。もちろん、貧血は中国でも公衆衛生上の重大な問題だ。だが、その状況は日本と異なる。

 まず、中国の貧血は国内格差が大きい。一般論としては、貧血は農村部で大きな問題となっている。復旦大学の研究者らの報告によると、上海近郊の徳清県における18~64歳の成人女性の貧血の有病率は54%であった。日本の約2倍である。

 一方、都市部の女性の貧血の頻度は少ないようだ。たとえば、上海市における20代女性の貧血の罹患率は3%、30代女性は5% だった。

 また、2010年から12年にかけて行われた調査によると、中国の34の大都市における18~44歳の女性の貧血の罹患率は14% だった。数値にばらつきがあるものの、おしなべて日本よりは低い。

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それを用いた料理。値段は30元(約500円。上海にて山本佳奈氏撮影)

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鶏の血液から出来ている豆腐。値段は3元(約50円)

 これは、都市部を中心にライフスタイルが急速に西洋化したからだろう。

 たとえば、肉類の消費は急増した。2012年の1人あたりの年間の食肉消費量は53.9キロで、既に日本(47.2キロ)を超えている。ヒトが利用しやすい有機鉄は、基本的に肉や赤身の魚に含まれる(焼き肉やカツオのタタキが茶色に見えるのは、火であぶられることで鉄が酸化されるせいだ)。食肉量の摂取が増えたことは、貧血対策にとって好ましい変化だった。

 さらに、鴨やアヒルなど家禽の血液を食材として利用する、中国固有の慣習の影響も見逃せない。山本医師も食べたそうだが、「血の臭みがなくて、美味しかった」という。後日、市場を散策したら、血液を用いた食材が手頃な価格で数多く売られていたそうだ。

 日本人は血液を忌み嫌う習慣があり、鳥獣の血液を食することはない。このような食習慣の差が、貧血の有病率の差に影響しているのかもしれない。

中国「都市部」貧血増加の可能性

 話を戻そう。このような点を考慮すると、現時点での中国の貧血は農村の栄養不足の一つの表現型であり、日本のような現代病ではないと言える。

 もっとも、中国の都市部で貧血が少ないことの本当の理由はわからない。かつては上海も中国農村部と同じく、貧血が蔓延していたはずだ。なぜ都市部で貧血が改善されたのだろうか。中国は、試験的に醤油に鉄を添加した時期があったが、醤油からの鉄摂取量は多く見積もっても年間に100 mg程度で、推奨量の3%にも満たない。これだけで説明することは不可能だ。

 また今後、中国の都市部で貧血がどうなるかも興味深いテーマだ。中国でも女性の美的意識が変化し、過剰なダイエットも社会問題化しつつある。コンビニも街中に見かける。コンビニ弁当が普及し、栄養が偏るとともに、ダイエット志向が高まり、鉄の摂取が減少する可能性は十分に考えられる。

 かつてアジアの製造業は、日本を先頭とした「雁行システム」(雁の飛行になぞらえ、後になり先になりながら進むこと)と言われた。日本で起こった変化が、やがて韓国や台湾、そしてアジア全域に拡がっていった。貧血でも、同じことが繰り返されるだろうか。

 欧米のように穀物に添加することは、貧血対策の特効薬だが、味に与える影響を考えれば、今となっては政治的に難しい。

自費で進めた「共同研究」

 どうすれば、中国の貧血を予防できるのだろうか。どうすれば、日本の貧血を改善できるのだろうか。

 日本と中国を比較すれば、さまざまな教訓を引き出すことができそうだ。特に、鉄分の摂取という観点から見た場合、食生活や社会環境が似ている東京と上海を比較することは興味深い。

 ところがこのような研究をするには、研究者が利用できるデータが足りない。特に英語で公開されたデータは皆無と言っていい。この問題に取り組むには、現地の研究者と協力して、実際に調べてみるしかない。

 今回の中国滞在の間に、山本医師は復旦大学と共同研究を相談し、合意に至った。現在、共同研究プロトコールの作成中である。研究結果が出た段階で、またご紹介させて頂きたい。

 今回の研究は、山本医師の強い希望で実現した。彼女は病院勤務医であり、大学の研究者ではないため、留学を支援する制度はない。有給休暇と欠勤扱いを用いて、自分で費用を用立てるしかなかった。

 そのためにコストを最小限に抑えた。上海での宿泊はホテルも利用したが、共同研究相手の郁雨婷さんの自宅にも泊めて貰った。彼女の父は、上海の病院の院長を務める。山本医師は、「日本とは桁違いの豪勢な自宅に驚きました」と言う。中国の富の偏在を実感したそうだ。

 そして研究以外の時間では、プライベートについてじっくりと話し合った。この過程で信頼関係が醸成される。「今度は福島に先方を招待します」と言う。こうやって、若き研究者の共同研究は発展していく。

 これからの国際共同研究の相手は、アジアが中心となる。グローバルな臨床研究を考える上で、山本医師のケースは示唆に富む。欧米と比べ、アジアは近い。そして物価も安い。

 かつて、国際共同研究は公的研究費がつき、海外主張などの制度が整備されている大学の独壇場だった。ところが山本医師のケースは、やる気とスキルがあり、留守を預かる先輩や同僚医師などの仲間がいれば、若き勤務医でも国際的な研究活動が可能であることを示している。日本の臨床研究は変わりつつあるのだ。

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